第三話 助っ人現る
朝、アレンが目を覚ますと、そこはまだなじみのない部屋だった。ノックス村冒険者ギルドでの二日目の朝である。
目覚めはすっきりしていた。とりあえず一階に下り、外へ出て井戸端へと向かう。そこで顔を洗い、水を少し飲み、体全体を目覚めさせる。
「おはよう、アレン」
ちょうどクレアも起き出したところだった。
「おはよう、クレア」
井戸端で挨拶を交わし、場所を譲る。クレアも顔を洗って水を飲む。
「じゃあ、着替えたら、朝食に行きましょ」
「ああ、分かった。じゃあ、後で」
そして一旦部屋に戻る。外出着に着替えて、また部屋の前で落ち合う。
朝食もギルドの隣の料理屋で取る。スクランブルエッグとサラダとスープ、それにパンとジャム。定番のメニューだが、これはこれでおいしい。お代は銅貨七枚と当然だが夕食よりは安い。
食事を終えるとギルドに戻る。そして掲示板を見て依頼を確認する。残念なことに、やはりレベル一でも受けられそうな依頼は少ない。レベルの高い冒険者向けのものが多かった。
「僕達にできそうなのはこれとこれかな」
ジャイアントホーネット三体、そしてヒュージスパイダー一体。この二つの依頼なら何とかなりそうに思えた。その二つの依頼書を持って受付へと向かう。
ギルド職員のアリサがいつも通りに応対してくれる。
「この二つですね。分かりました。どうかお気を付けて」
そう言って二人を送り出してくれた。
「よお、ルーキー、今日も頑張れよ」
「無事に勝って戻って来いよ」
他の冒険者から声が掛かる。アレンとクレアが軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。いってきます」
そう言って、二人はギルドを出る。
すると、暇そうにしていた冒険者の一人が立ち上がった。
「どうしたライル、何かあったのか」
「いや、ちょっと興味が湧いたんでね。二人の様子を見てくる」
ライルと呼ばれた短い茶髪をした青年の男が返事をした。彼は軽く笑みを浮かべると、二人の跡を追って外に出ていった。
二人は村に一軒しかないパン屋で昼食を買い出すと、そのまま森へと向かった。
森の中を、依頼書に書かれた場所を目指して分け入っていく。目撃情報を元に造られた依頼書は正確で、迷う必要がないのでありがたい。
かなり森の奥まで入ったところで、大きな蜂型の魔物を見つけた。情報通り数は三体である。
ジャイアントホーネットは体長六十センチくらいの、蜂型をした小型の魔物だ。当然耐久力も低く、剣や槍の一撃で十分に倒すことができる。ただし当たれば、である。蜂型なだけに、空中を飛び回る動きは不規則で、狙いをつけにくい。振りかぶってから振り下ろしたのでは大概間に合わない。最短の動きで一気に突くなり斬るなりする必要があった。
「よし、やるぞ。クレアは背後を頼む」
「分かったわ。ホーリーシールド!」
クレアが魔法の楯を展開させる。そしてアレンの背後を守る態勢を取る。
そのアレンはジャイアントホーネットの群れに接近していく。
一体のホーネットが接近してきた。アレンが剣を構えて迎撃の態勢を取る。そして真っ直ぐに剣を突き出す。
ホーネットはその動きを読んでいたかのように軽々と避けた。そしてアレンに尻の針を突き刺そうと迫る。
「させない!」
クレアがシールドでその攻撃を弾いた。次の瞬間、今度は両側から一体ずつのホーネットが迫る。
クレアが警告を発した。
「アレン、回避!」
クレア自身も一体の攻撃をシールドで防ぎつつ、もう一体の攻撃を体ごと避けた。アレンも態勢を立て直し、軽くステップを踏むようにして攻撃を回避した。ホーネット二体の攻撃を、片方はシールドが防ぎ、もう片方は空振りさせることに成功した。
最初のホーネットが再び迫ってくるのを見て、アレンがまた迎撃の態勢を取る。近づいてきたところで剣を突き出す。しかし、またもや空振りしてしまう。
「当たらない、何でだ」
「アレン、焦らないで。十分引き付けて」
背後を守るクレアの負担もかなりのものだ。不規則に飛び回る動きをしっかりと見切らなければ、攻撃を防ぐことはできない。しかし、その動きを捉えるのが案外難しいのである。
「一体だけでも倒せれば」
アレンは焦らないよう自分に言い聞かせながら、繰り返し剣を突き出していた。しかし、何発放っても空振りに終わってしまう。クレアが必死にシールドで守りつつ、アレンを励ます。
「大丈夫、絶対倒せる。落ち着いて」
「分かった。頑張る」
三体のホーネットとの戦いは長引きそうだった。攻撃してきた瞬間、最大の隙ができるのだが、どうにもその隙をうまく突けないでいた。
「よお、苦労してるな」
そんな二人に、不意に声が掛かった。近づいてきたのは短い茶髪の若い男性だった。何者だろうと思いつつ、アレンがその男に言葉を返す。
「こっちのことはいい。それより魔物三体と戦闘中だ。近づくと危ないぞ」
茶髪の男が首を傾げた。
「危ないのはそっちだろ。まあいい。一体倒してやるよ」
そう言うと、男が魔法を発動させた。
「ウィンドカッター」
初級の風属性魔法である。真空の刃が対象を斬り裂く。薄く輝く刃が宙を飛び、一体のホーネットを見事に斬り裂いていた。そのホーネットが魔石を残して霧状になって消えていく。アレンが驚く。
「あなたはメイジだったんですか」
「そういうこと。それより、後二体、何とかしないと」
男に言われ、アレンとクレアが意識を戦闘に戻した。
「後二体なら、倒せるはず」
アレンが迎撃の姿勢を取る。そのアレンにホーネットが迫る。今度は間合いギリギリまで剣を突き出さず、尻の針が眼前に来るまで待った。
「今だ!」
針が自分に突き刺さろうとする直前、アレンが剣を突き出した。今度は見事にホーネットを貫き、地上に落とした。そのホーネットが霧状になって消えていく。これで残り一体。
魔物にはやはり知性はないのだろう。味方が倒されても構わずに襲い掛かってくる。
今度はアレンも剣を突き出すタイミングをしっかりつかんでいた。
ホーネットが目前に迫ったところで、アレンが剣を突き出す。まるで自分から剣に突き刺さりにいったかのように、ホーネットが剣に貫かれる。そして霧状になって消えていった。
「クレア、大丈夫か」
「私は平気。アレンは?」
「僕も大丈夫だ。何とか片付いたな」
二人で無事を喜ぶのも束の間、アレンが助けてくれた男に礼を言う。
「助けて頂いてありがとうございました。僕はアレン、魔法戦士です。こっちはクレア、ヒーラーです。お名前をお聞きしても構いませんか?」
男が軽い笑みを浮かべて答えた。
「知ってるよ、ルーキー。ノックス村に新人冒険者が来るのも久しぶりだからな。俺の名前はライル。ご覧の通りメイジだ」
そう言うと、軽い口調で言葉を続けた。
「二人が依頼を受けているのを見てな。大丈夫だろうとは思ったんだが、やっぱり心配でな。一応様子だけでも見ておこうと思って、跡をつけてきたんだ。そしたら案の定、ジャイアントホーネットに苦戦してただろ。いらん世話だとは思いつつ、つい手を出しちまった。勘弁な」
「いえ、おかげで助かりました。でも、僕達、ライルさんに支払う報酬がないんですけど」
申し訳なさそうにアレンが言う。ライルが構わないと両手を振った。
「報酬欲しさに助けたわけじゃないさ。そうだな、依頼が終わった後、少しだけ魔物を討伐して、その魔石代を山分けにするってことでどうだ。二人にとっても悪い話じゃないと思うが」
「確かにそうですね。戦闘経験が積めるなら、レベルアップも近くなりますし、ライルさんの援護があるなら、安全に戦えると思いますし、ぜひお願いしたいです」
「よし、決まりだな。で、次の依頼は何だっけ?」
「はい、ヒュージスパイダーです」
「分かった。じゃあ、ご一緒させてもらうよ。二人共よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
そして魔石を回収すると、三人はさらに森の奥へと入っていった。
ヒュージスパイダーは、牛よりやや大きいくらいの蜘蛛の形をした魔物である。八本足に頭部、胸部、腹部と体は三つの部位に分かれている。
初めて対戦する相手の出方が読めず、アレンは警戒しながら接近した。
すると、足を器用に動かし、スパイダーからも接近してきて、前足で殴りかかってきた。アレンが剣でそれを弾く。
スパイダーの攻撃は最初は二本の足だけだったのだが、器用にも中足も使って、四本の足で殴りかかってきた。アレンが押されて後退する。
そして見事に一撃を胸元に受けてしまった。その打撃の勢いで、アレンが軽く後ろに吹き飛ばされる。
「アレン!」
「大丈夫、防具の上だ」
大した威力がないのが幸いし、アレンは無事だった。しかし、正面から切り結んでいては勝てないことが分かった。
「ライルさん、何かいい方法はありませんか」
ここは先輩の意見を聞くべきだとクレアは思い、即座に尋ねた。
「うーん、俺が手を出して良ければ簡単なんだが、せっかく二人で受けた依頼だろう。なるべく二人の力で倒したいよな」
「それはそうですね。可能なら自分達だけで何とかしたいです」
そうだろうとばかりにライルがうなずく。
「まず足を斬り落とせ。バランスを崩したら頭部に集中攻撃だ」
「分かりました。アレン、魔法を」
クレアがアレンに攻撃魔法を促した。
「分かった。ファイアボール!」
拳大の火球を放つ初級魔法だ。それがアレンの手から放たれ、勢い良くスパイダーの頭部に当たる。少しの間燃えて、スパイダーが目標を見失った。
「ホーリーシールド!」
クレアが魔法の楯を展開し、その楯ごとスパイダーに体当たりした。
スパイダーがクレアを敵だとみなし、足を振るって攻撃してきた。そこで大きな隙ができた。
「アレン、横から足を斬り落として」
「了解。いくぞ!」
正面を魔法の楯を展開させたクレアが受け持ち、攻撃を一手に引き受ける。がら空きになった側面からアレンが攻撃を仕掛ける。単純な作戦だが、スパイダーにはそれで十分だった。
アレンは慎重に狙いを定めると、剣を振るった。狙い違わず、スパイダーの足関節を斬り裂き、一本、また一本と足を斬り落としていく。見る間に片側四本の足を斬り落とすことに成功し、スパイダーがバランスを崩して腹を地面にこすっていた。
「やった、よし、とどめだ!」
アレンはすかさずスパイダーの頭部に回り込み、上段からの斬撃を浴びせた。一撃ごとに傷が広がり、三撃目で頭部を真っ二つに割った。スパイダーの動きが止まり、やがて霧状になって消えていった。
「アレン、さっき打たれたところ、本当に大丈夫?」
「ありがとう、クレア。ほら、胸当ても無事だし、僕自身も多少痛かったくらいで無事だよ。クレアの方は? たくさん攻撃受けてたけど」
「私も大丈夫よ。ちゃんとホーリーシールドで全て受けたから」
そこへライルが拍手をしながら近づいてきた。
「よくやった。誰だって最初はルーキーで、戦いには苦労するものだけど、ちょっとヒントを出しただけで、見事にヒュージスパイダーを倒せたな。二人には冒険者の素質があるんだろうな。きっと将来伸びるぞ。こうやって勝利を積み重ねていけばレベルも上がるしな」
二人が顔を見合わせ、軽く笑みを浮かべた。無事に魔物との戦いに勝利し、その上こうして褒められたことがうれしかったのだ。
「ありがとうございます。助言を頂いて、何とか倒せました」
「ライルさんは親切なんですね。おかげで助かりました」
二人が礼を言うと、ライルが生真面目に答えた。
「誰だって最初は弱い。それを何とかしようと努力するヤツを助けるのは当然のことだ。さ、魔石を回収して、次に行こうぜ」
その言葉で、アレンが剣を収めて、魔石を回収する。
「次ですか。でも僕達、ご覧の通り弱いですよ」
ライルが人の悪い笑みを浮かべた。
「相手はラージアントだ。昨日、二人も倒した魔物だから大丈夫だろう」
そう言われて、二人がほっとする。しかし、言葉には続きがあった。
「ただな、数がやたらと多いんだ。それはちょっと並の数じゃない」
二人が目を丸くした。五体のラージアントにも手こずったのに、それ以上の数がいるということなのか。それはかなりの驚きだった。
「ま、いいからついてきな」
二人は不安げに顔を見合わせ、ライルの後を追った。




