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【企画】覆面小説家になろう〜雨〜 作者:覆面作者
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No.13 未来への絶望

 ……あなたは絶望という名の意味を、知らなかったかもしれません。
 でも今日、気がついてしまったのです。幸ある未来を予見出来ない現実が、影のように迫っていたことを。

 薄霧がたゆたう朝景色。この季節、幾たび迎えても好きにはなれません。
 湿り気を帯びる風はブロンドの髪をいじめて、重く垂らしてしまいます。

「まったくはっきりしない天気。うっとうしいったらないわ。どうしてこんなにべたつくの!」
 艶色の唇から、似つかない言葉の弾丸が周囲へと放たれます。

 叔父の移住先、ジャパンなのかニホンと呼ぶべきか。そんな不明瞭な国に留学してきて、二年あまり。あなたは駅へと続く道を歩きながら、日本人より正確に紡がれる発音で、この国特有の気候に不満をまき散らしていました。

 傘に収まりきらない肩幅を持つ男性が、濡れたスーツを気にするでもなく、あなたに怪訝な目を向けます。ですがそれは一瞬のこと。攻撃的な青い瞳を認めた途端に、ホームまで繋がる階段へと足を伸ばし始めるのです。

「なによ。言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどう」
 あなたは上目遣いに視線を飛ばし、煮え切らない態度で去りかけている男性へ、対応を促しました。
 ねずみ色をした背中がビクッと跳ねます。男性が驚いた様子で肩をすくめたのです。そしてそのまま叱られることを恐れる子供のように、急ぎ足で階段を上がっていきました。

「ハッ、だれもかれも、これだから日本人は」
 回りの幾人もに気づかせるような、ことさら大きな声。湿り気を帯びる大気でも滞らず、無残にも消えていきます。
 あなたは苛立ちを隠すことが美徳の国にあって、悲しいほどの無視に耐えるほかありませんでした。届いてるはずのあなたの言葉に、例え表面上でも意識を向ける人はいなかったのです。

「おはようございます。キャシーお姉
さま」
 唇を噛みしめるあなたに、同じ制服を着た女生徒が駆け寄ってきました。
「お姉さま、遅刻してしまいます。下らないサラリーマンなんか放っておきましょうよ」
「そう、ね。あんな(やから)に付き合っているほどヒマじゃないわね。こんなことで遅刻したら、目も当てられないわ」

 あなたは肩口に並んだ後輩、ユイ=サトミを従えて、いつもの電車が待つホームへとつま先を向けました。
 分かってはいるのです。この国の人々は感情を表に出すことを良しとしないことを。
 自らの考えを主張することに躊躇する人種の集まり。出る杭を沈めることだけ考えて、しかもその際だって表立った行動はしません。

 従順な子羊たちの群れ、群れ、また群れ。狼たちに追われるように電車に乗り込む臆病な羊たち……。あなたは渦中にあって苦虫を噛み潰した表情のまま、今さらながら流れに身を任せることへ、憤りを覚えてしまいました。

 ふとユイが身もだえして、苦しそうにあなたを見上げてきました。個々の存在は微動だに出来ない、揺れる車中です。どこか怯えた伏目がちな瞳が、訴えを放ちま
す。イラつく心中を察しされまいと、あなたは背後の扉に身体を預けて、遠くに視線を逸らしました。

 平均的な女子高生よりも小柄なユイは、押し潰されまいと抵抗を張るというより、ただひたすら時が過ぎるのを待っているようにも見えます。あなたにとって慈しむ存在のユイではありますが、こればかりは手助けなどかなわないのです。
 視線の先に設置された簡易モニターでは、昨日のニュースでしょう、ひたすら国会で謝罪を繰り返す(ような)、存在感が希薄で小柄な首相が映っていました。

「んん、お姉さまぁ……」
 気だるさを含むように、ユイが吐息を漏らします。ひたいの中ほどで丁寧にまとめられた髪が、張りついています。
「もう少しの我慢でしょ。少しぐらい」と、そこで初めてあなたは後輩の異変に気がつきました。
 決して発育が良いとはいえない、丸みの小さな体躯。折れそうなほどに線は細く、もろく壊れそうな少女は、声を震わせます。わずかな隆起を主張しているのでしょうか? 小ぶりな胸が激しく上下していました。
「んあ、ううう」
 もたれかかってくるユイ。あなたの元へと逃げるように。求めるように。
 ひざ下で揃えられてるはずのスカート。そこには何者かによって強制された、(いびつ)な波が刻まれていたのです。

「ユイ、あなたまさか」
 うなづくようにユイが瞳をうるわせます。
「手が、手がぁ……」

 混雑する中にまぎれ、己の欲望を行使する不逞な者が、あなたの愛してやまない少女をなぶっていたのです。
 あなたは即座に後輩を包み込み、その場で強引に360度回って体を入れ替えました。
 その余波を受けた乗客たちが迷惑そうな視線を飛ばします。

 文句があるなら言ってみなさい―― 意志を込めた尋常ならざる青眼で、あなたは回りを黙殺させました。
 どうして日本人はこうも道理ならない所作を、しかも隠れながらするのでしょう。
 あなたにしがみつくユイは、色気という一点から計れば胸もなく、腰の肉付きも弱く、まだまだ官能の女神に微笑まれていません。そんなユイよりも、雄大なロッキー山脈のように連なるバストを誇り、重力に逆らい続けるヒップを持つ自分にこそ、手をかければよいのに。

 もちろん、その代償は三倍返しで支払わせるつもりのあなたですが、どうせ欲望の赴くままの衝動をたぎらせるのであれば、少女というより幼女に近いユイより、女のあなたに挑んでこそ、大和魂を誇る日本男子と呼べるのではないでしょうか。

 あなたは未だ怯えるユイに優しく微笑むと、強く抱きしめ、淡いリップクリームが残る唇へと自らの舌をすべり込ませました。
「あ、んんん……」
 ゆっくりとユイの口内を味わい、なぐさめます。周囲の目など気にすることなく……。
 あなたとて失望したくないのです。これからも小さなこの国で過ごすのであれば、まず手始めに身近な人間を強く支えようと決意しました。

 下車した先では陰鬱とさせる雨が変わりなく、降り続いています。
 ユイを支えながら、あなたは水たまりを避け、大きな通りに。そこで背後から車のクラクションを浴びせられました。車道を睨みつけて振り返った先では、黒塗りの大きな車体が止まっています。

 政治臭が匂ってくるようなその車から、どこかで見覚えのある小柄で初老の男性が、あなたへと近づいてきました。
 その男性の周囲には大柄な一様のスーツを着た数人が、まるで小柄な男性を守るように寄り添っています。

「ホワイ? なんなのアナタたち」
 あなたの問いかけを慣れたようにスルーして、その初老の男性は口を開きました。

「これから日本はどこへ向かえばいいのでしょうか……」

 ――この国は、末期だわ。

 勢いよくため息をついて、あなたは男性を無視して先を急ぎます。政治からして自
信の持てないこの国は、どうしたものでしょう。
 にわかにあなたの胸中を支配してくる、絶望というの名の嫌悪感。

 ――もうこんな国、嫌いよ。

 それでも絶望から逃れたいあなたは一縷(いちる)の望みをかけ、後輩とモーテルにしけこみ、ニャンニャンするべく行動を起こしました。
 取り残された要人がポツンと、所在無さげに佇み、二人の女子高生を見送っていきます。


 結局この国の未来は、煮え切らない雨がこの先もしばらく続くように、影が降りかかる運命なのかもしれません……。


〜了〜
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