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No.12 アマゴイ

「今日も暑いねえ」

 お隣さんは、今日も私たちの上で輝いている太陽を見つめそう言った。

 真夏の太陽は容赦ない。空気も、大地も、海さえも熱くするくらいメラメラ燃える。

 もう時刻は5時を過ぎているのに、今日の太陽はなかなか沈もうとしない。

 暑いのが苦手な私は、夏が来なければいいのにと毎年のように思う。一年中春ならばどんなに過ごしやすいだろうかと。

 けれど季節は当たり前のように廻ってきて、夏にはその暑さで私の体を燃やそうとするし、冬にはその寒さで私を凍らせようとする。季節や天候の神様というのは本当に、意地が悪い。

 聞いた話では遠い異国では一年中夏だったり、一年中冬だったりするところもあるという。まあ、それに比べたら、もしかしたら自分は幸せな方なのかもしれない。春の風の匂いや、秋の実りの喜びを知らぬ国に生まれていたなら、自分の世界はもっと味気ないものだっただろう。

「天気が良いことはいいことですけど、雨が降らないのは困りものですね」

 私はまだ太陽を見詰めたままのお隣さんに向ってそう言った。

「そうです。その通りですよ。雨が降らないってのは困りもんですよ。朝夕必ずと言って良いほど降っていた雨が、ここ3日ばかり降らないんですからね。このままの状態が続いたら、ここいら一帯干からびてしまうんじゃないですかね」

 お隣さんはそういうと「困った、困った」とつぶやいてまた太陽を見詰めた。

「本当にどうしたんでしょうね」

 私は深く頷いて、お隣さんと一緒になって空を見上げた。

 晴れ渡った空には雲ひとつない。さわさわと私の体を優しくなでる風の中にも、雨の降る気配は微塵もない。

「ところで大丈夫ですか? あっしなんか暑いの得意な方ですけど、おたくさん……確か夏は苦手だって言ってませんでしたっけ?」

 お隣さんが心配そうに尋ねた。

「え?」

 私はビックリしてお隣さんを見詰めた。

 なぜかって、私はお隣さんのことを「陽気でちょっぴり抜けてる」と思っていたのだ。だからこんな風に私のことを心配してくれるなんて本当に予想外だった。

「あ、ありがとうございます。大丈夫ですよ。確かに暑くてぐったりしてますけど、この間雨が降ったときにたっぷり水を取っておいたので……」

 私がそう答えると、

「そうですか。そりゃあ良かった。なんだかいっつも雨が降ると、私ばっかり水を貰っているような気がしてちょっと気になっていたんですよ。それに、なんていうか、おたくさん……あっしに気つかってるのかなって思ったんですよ」

 お隣さんは苦笑いをした。

 それを見て、私はまたやってしまったと思った。どうも私は遠慮しすぎてそれが裏目に出るというか、親しい方々をさみしがらせてしまうところがあるようなのだ。

「その、ごめんなさい」

 私が謝ると、お隣さんはビックリして「そうじゃなくて、そうじゃなくて」と言った。何やら、あわてているようだ。

「責めたわけじゃないんですよ。いや、あっしの方こそごめんなさいです。おたくさん、本当に堅いというか……控え目なんですね」

 そう言ったお隣さんの声はとても優しかった。

 私は不思議な気持ちになってお隣さんをまじまじと見つめた。

 背が高くて、体もがっしりしているお隣さん。夏の暑さに負けないで堂々と立っている姿は、太陽に負けないくらいに眩しい……

 私がぼんやりしていると、

「雨、降るように歌でも歌いましょっか?」

 ふいにお隣さんがそんなことを言った。

「歌ですか?」

「雨乞いの歌ですよ。何もしないよりは良いかもしれないし、それにおたくさん声が奇麗だから、雨が降るかもしれない」

 私はお隣さんの発言にあわてた。すぐにそんなことはないと否定すると、お隣さんはくすくす笑いながら「奇麗ですよ」と言った。


 ……奇麗?


 なんだかその言葉がくすぐったくて、私はそれ以上言い返せなくなってしまった。

 お隣さんが奇麗だって褒めたのは声だけなのに、なんでだろう? 体が熱くなってくる。それは夏の暑さに体温が上がるのとは違う、とても心地の良い熱さだ。

「私、音痴なんですが大丈夫でしょうか?」

 私が遠慮がちに尋ねると、お隣さんはかっかと楽しそうに笑った。

「大丈夫ですよ。ようは、思いがこもってりゃあいいんです」

 そしてお隣さんはお手本だと言って不思議な歌を歌った。


 雨よふれふれ 恵みの雨よ

 乾いた我らに 命の水を……


 野太くてほんの少ししゃがれたお隣さんの声は「奇麗」と呼べるものじゃなかったけれど、なぜか私にはその歌がとても心地良く聞こえた。

「さ。じゃあ次は二人で歌いましょう」

「はい」

 私はお隣さんに合わせて一生懸命歌を歌った。

 本当に私……音痴なんで聞けたものじゃないのだけれど、お隣さんは嫌な顔一つせずに――いやむしろ楽しそうに歌を歌った。

 こんなことをしたって、雨が降るかどうかは分からない。いいやきっと、降らない可能性の方が高いのは分かっている。でも、私は祈らずにはいられなかった。

 ……雨よ降っておくれ!

 ほんのちょっと、通り雨でもいい。今この瞬間に雨が降ったなら、私とお隣さんが一緒に歌った雨乞いの歌が本物になるから……

 すると、


 ドドドドド


 遠くから、雨が降る前の合図が聞こえた。そうそう、地面を揺らすドドドドドって音。その音が聞こえると、いつも雨が降るのだ。

 もちろん前触れなしに雨が降ることもあるけれど、この音は雨神様がやってくる時の足音だから特別だ。


 ――雨の神様。

 彼らは雨だけでなくてたくさんの命を私たちの大地に与えてくれる。

 そう、私にこのお隣さんをくださったのも雨の神様だった。


 私は信じられない気持でお隣さんを見た。

 するとあちらはこうなることを予想していたようで、にんまり笑うとこう言った。

「どうやら来たようですよ。今日は2……いや、3人みたいです」

 私より背の高いお隣さんは遠くからやってくる雨神様の姿が見えたようだ。私は精一杯背伸びして、彼らがやってくる様子を見た。

 カラフルな靴を履いた足。1、2、3……確かに3人分。

 ゆっくりとこちらにやってくる雨神様の姿が見えた。手には雨を降らせるあの魔法の道具を持っている。

 私が雨が降るのを今か今かと待っていると、一番はじめに私たちの所に着いた雨神様が、

「ひまわりさん、チューリップさん、たっぷりお水あげるからね〜」

 と言って魔法の道具から雨を降らせた。

 冷たい雨が私の体に降りそそぐ。

 命の水。雨。

 それに触れた瞬間、私は生きているんだと改めて思った。

「やっぱり歌を歌って良かったじゃないですか。こうして雨が降るなんてきっと、おたくさんの思いが雨神様のところに届いたんですよ」

 お隣さんはそういうと嬉しそうにほほ笑んだ。

 私はそれを見て、何だかしてやられたなあと思った。

 背高のっぽのお隣さんには、おそらく遠くにいた雨の神様の様子が見えたんだろう。こうしてここにやってくることも分かっていたのだ。


 ぱらぱらと雨が降る。

 命の水は、私たちの立っている地面にゆっくりとしみこんでいく。太陽もやっと空から落ち始め、風も少しだけ涼しくなってきた。

 雨神様は魔法の道具が空になると、雨を降らせるのをやめて走り去って行った。またドドドドドって地面を揺らしながら。

 夕日に照らされたお隣さんを見ると、ゆっくりと花びらを閉じ始めていた。私は葉だけの体をゆっくりと内側に閉じていく。

 もうすぐ夜が来る。そうしたらお隣さんにおやすみなさいを言って眠るのだ。

「ねえ、夕日がきれいですね。こりゃあ、明日も晴れますよ」

 お隣さんが楽しそうに言う。輝く太陽を見るのがお隣さんの日課だから、晴れるのが嬉しいのだろう。

 私はビルの向こうに落ちていく夕日を見つめながら、澄んだ空に沈んでいく夕日はお隣さんによく似ていると思った。

「晴れるのはいいですけど、暑いのは嫌ですよ」

 私がそういうとお隣さんはくすりと笑って、

「じゃあ、あっしの影にいるといいですよ。いくらか涼しいですから」

 と言った。

 本当に優しくて素敵なお隣さんだ。夏が終われば、お隣さんもいなくなってしまうと思うと寂しくて仕方がない。

 それに来年の春になれば、私の花をお隣さんに見せることができるのに! きっとお隣さんだったら、私の花を「奇麗だね」って言ってくれるだろう。

 けれど、ひまわりは夏にしか咲かない。私の嫌いなギンギラ太陽の燃える季節にしか花壇にやってこないのだ。


 こんな素敵なお隣さんに会えるなら、夏も悪くないかもしれない。

 真夏の太陽も好きになれるかも……


 私は小さく微笑み、

「ありがとう」

 そうお隣さんに囁いた。

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