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【企画】覆面小説家になろう〜雨〜 作者:覆面作者
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No.10 雨を降らせたのは誰?

「酷い雨ね」
 彼女の言葉に応える者はいない。
「まったく、本当に、酷い雨」
 彼女は呟きながら雨の中を歩く。
 ぼさぼさに乱れ絡みまくった金髪はぐっしょりと濡れ、顔に首に背中に胸にべっちょりと貼り付いている。
 着ている木綿のワンピースもびちょびちょで体に貼り付き、裾からは雨水が垂れ流れている。腰にはワンピースに似つかわしくない無骨な革ベルトを巻き、左右に銃身の長い回転式拳銃リボルバーを吊っている。
 土砂降りの中、彼女は歩く。腰の拳銃がカチンカチンと金属的な音を微かに鳴らすが、彼女の鼓膜を僅かに震わせる程度でしかない。雨粒が地を打つ音だけが聴覚を支配する。
「誰? この町に雨を降らせたのは?」
 彼女は誰も応えることのない言葉を呟きながら、ゆっくりと歩を進める。
 やがて、町の中心の広場に立った。真っ赤な広場に。
 真っ赤な水溜りにブーツを突っ込ませ、赤い水でワンピースの裾を赤く染めながら、彼女は再び呟く。
「誰? この町に血の雨を降らせたのは?」
 広場の中央に設えられた処刑台には四人の男女が首に荒縄をかけて吊るされ、体を穴だらけにされていた。吊るされているのは、白い髭の老人、ドレスの貴婦人、初老のスーツの男性、あどけない少女。
 広場は処刑台を中心にして、一面、雨と血の混ざり合った海で、その海にいくつもの死体が横たわる。多くは男で、その数は数十人。中には女子供、老人も含まれる。
 家々は焼け焦げ、崩れ、蜂の巣のように穴だらけになり、人々の屍が転がっていた。
 むせ返るほどの、雨の湿っぽい臭いと血の香り、微かな腐臭。
 彼女はゆっくりとした足取りで処刑台に上がり、吊るされた人々を自身が血塗れることも躊躇わず一人ずつしっかりと抱き締め、冷たい肌に、動かない唇に、開かない瞼に、何度もキスする。
 一人を抱き締め、口付けする度に、びしょ濡れの顔でその名を呼ぶ。
「あぁ……、祖父上、母上、父上、妹……」
 彼女はいつまでもいつまでも死体を抱き締め、キスをする。

 馬蹄が地を蹴り、水を弾き飛ばすいくつもの音が重なって鳴り響き、それと同時に二〇騎ほどの青い軍服を着込んだ騎兵隊が雨のカーテンを突き破って姿を現した。
 全員が無地の短衣を着込み、無地のズボンを履いている。少し上面が前に傾斜したキャップの前面には交差したサーベルのバッジを付け、騎兵用カービン銃と拳銃、サーベルを装備している。
 先頭を駆ける大尉が片手を挙げ、部隊を止める。大尉の軍服も他の騎兵と外見ではさして大差はなく、襟に付けた鉄製の階級章でのみ大尉と判別できた。
 大尉は処刑台に一人佇む彼女を認め、彼女の名を問う。彼女は答え、大尉は拳銃を腰のホルダーから抜いた。続けて、騎兵たちも銃を彼女へ向ける。
 自らに向けられた二〇以上の銃口を見つめながら、彼女は口を開く。
「聞いてもいい?」
「いいとも。しかし、手短に頼むよ。我々も暇ではないのだ。今度は君を吊るさなければならないからな。巡回判事はまだ隣町にいる」
「何故、雨が降っているの? 何故、この町に血の雨が降っているのかしら?」
「彼らが公正に国民と国家と憲法の名の下に行われた裁判の結果を否定し、法廷を侮辱し、判事を攻撃し、政府軍に刃向かったからだ」
「その裁判っていうのは?」
「解放軍幹部を匿ったその家族を国民への裏切り、国家への謀反、憲法の冒涜、政府への反逆、安寧の妨害、秩序の破壊、まぁ、その他諸々の罪状により絞首刑に処すというものだ」
「一五歳の少女も?」
 その言葉に大尉は視線を一番左端に吊るされた少女、いや、屍へ向ける。何人かの騎兵もちらっとぶら下がる小さな死体を見る。中には不憫そうな顔をする者もいた。
「確かに不憫ではある。しかし、法は、法だ。解放軍の軍人を匿った者は、例え、誰であろうとも。老人だろうが女だろうが子供だろうが赤子だろうが神父だろうが天使だろうが悪魔だろうが絞首刑となることに定まっている」
「そんな下らん法律なぞで私の町に血の雨は降ったの? 私の家族は吊るされたの?」
 彼女は雨でずぶぬれになって、顔に張り付いた金髪の合間から大尉を見て尋ねた。
「下らなくても法は法だ」
「どーせ、首都のスーツを着たノータリンどもが葉巻片手に捻り出した糞でしょうが」
「法とはそのようなものだ」
 大尉は軽く苦笑してから、拳銃をくいっと動かして指示した。傍らの騎兵が頷く。
「さて、お喋りは止めにしようか。君だって風邪をひきたくはないだろう? 捕らえろ」
 大尉の指示で騎兵が二人馬から下りた。地面に溜まった水を跳ね上げ、蹴り上げながら、カービン銃片手に彼女へと歩み寄る。
「大人しく法廷に出てもらいたいものだ。君にも裁判を受ける権利はあるからな。君は明日、新聞に載るだろう。解放軍ゲリラの女王捕まる。そして、次の日の新聞にはこういった見出しが躍る。解放軍ゲリラの女王吊るされる」
 兵士が処刑台を登る間に大尉は満足そうに笑いながら言った。
「そして、その記事の隣には大尉殿の名前が? 来週には勲章貰って少佐に昇進?」
「そーいうことだ」
 彼女の皮肉に満ちた言葉に大尉は微笑み、彼女も笑みを浮かべる。
 彼女の左右に兵士が立った。
 しかし、彼女は笑みを浮かべたまま。どころか、ますますその笑みを深める。
「……私も一つ聞いていいかね?」
 怪訝な顔をした大尉は暫く逡巡してから尋ね、彼女は微笑みながら「どうぞ」と促した。
「何故、君は笑っているのかね?」
 騎兵の誰もが不可解な彼女の表情に、驚き、訝り、気味悪く思っていた。彼の問いは全員の疑問だった。
「君は我々が来てからずっと笑っている。何故、君は家族を吊るされ、故郷を血塗れにされても、そんなにも愉快そうに笑っているのだ?」
「何だ。そんな簡単な質問か」
 彼女はせせら笑いながら答える。
「社会の安寧を乱しても、政府軍の勇敢なる兵士や無垢の市民を殺めても、家族を吊るされても、故郷が焼かれても、あたしが笑っていられるのは何故か?」
 せせら笑いは深い笑みになり、唇の両端が吊り上がり、三日月を形作る。
「それは、それがあたしの快感だから」
 どこか恍惚とした表情で語る彼女に大尉と騎兵たちは気味の悪そうな表情を浮かべて彼女を見る。
「人の不幸は蜜の味」
 うっとりとした顔で彼女は続ける。
「あらゆるものや人や命が奪われ、失われ、犯され、殺され、心は絶望に彩られる。その絶望と苦痛と不幸を考えると私の魂はぞくぞくと奮えてしょうがない。例え、その絶望に彩られる心が自分のものだとしても。全ての不幸は蜜の味。世界が地獄ならばいいのに。楽園なんか糞食らえよ」
 彼女はにんまりと満足そうに笑い、騎兵たちを眺めた。
「理解できないようね」
「全く理解できないな。理解したくもない。とにかく、確かに確信できることは、そのような不愉快で穢れた貴様の魂もこれまでということだ。明後日には貴様はお望みどおり地獄の門の前だ」
 大尉の言葉に彼女はふふんと鼻で笑った。
「お断りよ。地獄に行く前にもっと色々な絶望と苦痛と不幸を見たいからね。それから、大尉殿。貴方はあたしらを分かっていらっしゃらないようだ」
「何?」
「女王アリがいたら、働きアリが一〇人はいるってことを存じていらっしゃらない」
 家々の中から裏から屋根の上から、何人もの農民やカウボーイ風の格好をした男たちが姿を現す。彼らの手には小銃や拳銃があった。
 騎兵隊が呆気に取られた一瞬のうちに、彼女は腰のホルダーから二挺の拳銃を抜きながら撃鉄を親指で引き起こし、銃口を左右に向けたと同時に引き金を引く。
 彼女の左右にいた兵士の頭が吹き飛んだ直後、大尉は悪態と共に銃をぶっ放した。他の騎兵たちも彼女や周囲に向かってカービン銃や拳銃の引き金を引く。
 しかし、彼女は撃った直後、大きく後ろに下がって、処刑台から飛び降りていた。銃弾は雨粒を切り裂きながら彼女の頭上を飛び抜けていく。
 彼女は水溜りの中に飛び込み、転がりながら両手の拳銃をぶっ放す。
 何発かの銃弾は血の混ざった水溜りに波紋を作りながら音速で飛び、何本かの馬脚を撃ち抜いた。悲鳴を上げながら何頭かの馬が倒れる。
 次々と騎兵たちは狙撃され、雨と共に水溜りへと落ちていく。水溜りが更に赤く染まる。
「奴を捕らえろっ! 生死は問わん! 死体でも首一つでもそいつを引き摺って来い!」
 大尉は怒声に何人かの騎兵が馬首を彼女へ向け、馬腹を拍車のついた軍靴で蹴った。
 泥だらけな彼女は、
「やれやれ、私にも裁判を受ける権利はあるんじゃなかったっけ?」
 などと、呟きながら、自身へと向かってくる騎兵を見て、まず、左手の銃を向けた。銃弾が頬を掠めたが、瞬き一つせず引き金を引く。一発二発、三発目は出なかった。
 それから半歩右へ移動した。そのすぐ左を馬と人間の死体が転がっていった。
「危ないな。ちょっと余裕ぶり過ぎた」
 それを横目で見ながら、弾倉から空薬莢をバラバラと落とす。
 その間にも彼女の頭の上を銃弾が通過していくが、命中弾はない。騎兵たちの使うカービン銃は元々命中精度が著しく悪い。揺れる馬上からの射撃では尚更だ。
 騎兵も何発撃っても当たらない上に単発式のカービン銃に痺れを切らし、左腰に吊るされたサーベルを鉄の鞘から抜き放つ。すれ違い様に彼女のすっ首目指して一閃させる。サーベルは彼女の髪を切ったが、皮膚には届かず、騎兵は銃弾を受け取った。
 サーベルを避けるために体をバランスが崩れるまで倒した彼女はそのまま泥の中に飛び込み、ごろごろと転がる。その上を銃弾が飛びぬけていく。
 彼女の目前まで迫っていた騎兵は誰かにこめかみを狙撃されて、横様に吹っ飛んでいった。
 それから彼女はよっこらせっと立ち上がり、悠然と辺りを眺めた。相変わらず激しい雨が降っている。広場には死体が十数体増えていた。
「ジェームズッ! 何人殺ったっ!?」
 彼女の怒声に近くの家の屋根の上にいた髭面の男が吼えた。
「一六だっ! 残りは逃げたっ!」
「大尉殿はっ!?」
「そこに転がってるっ!」
 彼女は指差された方向へと歩いて行った。

 大尉は仰向けになって全身で雨を受け止めていた。大自然を満喫している。といった感じではない。泥まみれで、腹は赤い。
「女王アリがいたら働きアリは一〇匹いる……か。覚えておこう」
 大尉は彼女をちらと見てから苦しそうに呟いた。
「新聞の記事は差し替えね」
「しかし、俺の記事は変わらんぞ」
「名誉の戦死で勲章授与。殉職で二階級特進で中佐? あら、少佐よりも上になれたわね」
「ああ、貴様のお陰だよ」
 二人はそれから、はっはっはっと仲良く笑い合った。それから大尉がゲフゲフと血を吐いた。彼女はその様子を冷め切った微笑で見下ろす。
「で、女王様はこれからどーするつもりだ?」
 口から血泡を吹き出しながら大尉は尋ね、彼女は笑顔で即答する。
「隣町に行って血の雨を降らせる。判事を吊るす」
「俺たちの真似か?」
 大尉は大して面白くもなさそうに血を吐き出しながら笑い、淀んだ目で彼女を見る。
「その前に止めは刺してくれるんだろうな?」
「勿論。先に地獄で待ってて頂戴」
「あぁ、貴様が来るのを楽しみにしてるよ」
 そして、大尉は目を閉じた。
 銃声が響き、大尉の頭が吹き飛んだ。

 大きな声で彼女の名が呼ばれ、彼女はそちらに顔を向けた。いつの間にか、雨は止んでいた。
「世間話は終わったか?」
「ええ」
 彼女は一瞬、吊るされた家族を見てから、仲間が連れてきた馬に慣れた様子で飛び乗る。ワンピースでも何のそのだ。
「OK! 行きましょう。いつまでも判事を待たせるのは失礼だからね」
 仲間たちが喚声と怒号を上げ、銃を高々と掲げる。
 その中で、彼女は口元に泥と一緒に誰かの血が微かにこびりついていることに気付いた。それを泥ごと舌でべろりと舐め上げ、ニヤリと口の端を吊り上げながら呟く。
「さぁ、血の雨を降らせよう。新しい不幸を。どれほど甘い蜜を味わえるかな?」



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