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No.09 一面の雨

 雨が降っている。

 遠い空から落ちてくる、水。

 結城亜矢華ゆうきあやかは、そっとため息をついた。

 別に、雨が嫌いなわけではない。どちらかというと、好きだ。

 誰にでも平等に、何にでも均等に降る雨。

 そう、嫌いではないのだ。

 たとえソレが、憂鬱という心の闇を運んできたとしても。

 灰色に埋めつくされた空はそれだけで憂鬱の材料になるものだ。

 だから、亜矢華はなるべく気にしないふりをしていた。気にしすぎると、気が塞いで、しなくても良い暴言を、家族に対して吐いてしまう。そして、それがまた、憂鬱をうむ。

 悪循環の出来上がりだ。

 亜矢華はそれが嫌いだ。だから、雨の運ぶ憂鬱に背を向ける。

 見るのは、平等で均等なところ。

 どんなモノにも平等で均等な雨。

 ナニに対しても、雨は降りそそぐ。そして、すべてをさらって、キレイにしていく。

 だから、嫌いではないのだ。

 今の亜矢華にも、雨は降り続いていた。

 制服はじっとりと濡れて重い。

 少しだけした化粧はもうすべて落ちている。もともとが、友人たちがしてるから、との理由で、ほんの少しファンデーションをつけて、色のつくリップクリームをしているだけだから、気にはしていない。

 でも、きっと、今の自分は最低に醜い。と亜矢華は思う。

 閉じた瞼の奥、困ったような、あきらめたような、先輩の姿。

 見たくなかった場面。

 知りたくなかった場面。

 それを亜矢華は見てしまった。

 だから、雨に濡れたまま、公園のベンチに座り込んで、動けないでいる。

 傘は持っていたはずだった。

 でも、鞄と一緒に学校に置き去りのまま、公園まで来てしまったのだ。

 滑稽すぎて、笑いも起きない。

 もっとも、こんな状態で笑っていたら、交番につれて行かれてもおかしくはない。そのまま病院行きだろうか。

 亜矢華は憂鬱に背を向けながら、憂鬱なことしか考えてなかった。

 器用だな、なんて自嘲してみる。

 そんなことをしても、事態の変化はないし、先輩が探しにきてくれるわけでもない。

 理解したくない現実を置いて、亜矢華はずぶ濡れのまま、そこを動かない。




 白いカッターシャツの背中。見慣れた黒髪のツンツン頭。

「先輩」

 と声をかけようとして、亜矢華は気付いた。先輩の向こう側。見知らぬ女の姿。

 知らないだけで、この学校の生徒なのはわかる。亜矢華と同じ制服姿。

 違うのは、長い黒髪。

 規律が厳しくて、髪を染める生徒はいないから、皆黒髪なんだけど。

 でも、ほんの少しの化粧は、先生に見つからないようにしていた。

 亜矢華と違って、キレイで凛とした女生徒。

 亜矢華は肩で切り揃えた髪をくしゃり、とかきまぜた。

 誰?

 女生徒は、先輩と親しそうに話している。

 何で?

「あの後輩ちゃんと、いつまでままごとしてるつもり?」

 女生徒の声が聞こえた。否、聞こえる距離まで亜矢華が移動したのだ。

 二人は亜矢華に気付いていない。

 ままごと?

「本気じゃないんでしょ?」

 声は嫌なことを伝えてくる。

 先輩、違うって言って。

 亜矢華の願いは叶わなかった。

「そうだね。どうしようか、悩んでるところ。いい加減、君のことに気付くと思ってたんだけどね」

 な、に、言ってる、の?

 ガサリ

 亜矢華が踏んだ足元の草。

 音の発生源を求めて、先輩が亜矢華を見る。そして、女生徒も、視線を動かした。

 亜矢華は動けなかった。

 声も出せなかった。

 何で?どうして?

 疑問符だけはとりとめもなく溢れ出て。でも、それも声にならなきゃ伝わらない。

「あらあら、盗み聞き?」

 女生徒のバカにした声。

 それさえも、素通り。

 先輩は何も言わず、どうしてか、困った表情。

 知られたくなかったの?知るまで、騙し続ける気だったの?

 亜矢華は声にならない非難で先輩を見つめる。

 やがて、あきらめた表情の先輩が亜矢華の瞳に映る。

「ひどいよっ!」

 それだけ言って、亜矢華は走った。

 そのまま、何も持たずに校門を出て……。

 気付いたら、雨が降りはじめていた。

 あの場所に行ったのは偶然だった。

 昔、先輩に告白した場所。

 ただ、懐かしくて、ただ、それだけで、あの場所に足を向けていた。

 でも、辞めれば良かった。あんな場面、あんな先輩、知りたくなかった。

 亜矢華の顔は雨と涙で濡れる。肩で切り揃えた髪からも、ポタポタと水が落ちている。雨と混じりあって、もう何がなんだかわからない。

 ままごとだったの?

 つまり、遊びってこと?

 わかりたくない現実を、亜矢華はゆっくり考える。

「亜矢華!」

 ふいに聞こえたのは、親友の声。

「三咲」

 疲れたような亜矢華の声に、桐生三咲きりゅうみさきはため息をつく。

「何が有ったの?ずぶ濡れじゃない。鞄も何もかも置いたままどこか行っちゃうんだもん。探したよ?」

 三咲がかかげてくれる、彼女のピンクの可愛い傘。

「傘、意味ないね。家行こう?服着替えないと、風邪ひくから」

 亜矢華の鞄も持ったまま、三咲は亜矢華を立ち上がらせる。

 三咲に従いながら、亜矢華は何も考えてなかった。

 示される方向に、ただ足を向けるだけ。

「終わっちゃった……」

 ポツリとつぶやいた。

「終わっちゃったの」

 もう一度、ゆっくりと。

 三咲は何が?とは聞かなかった。

「そう」

 一言うなずいただけ。

「知って、いたの?」

 知ってるわけない、と思いながら、亜矢華は問いかけていた。

「知らないよ。ほら、お風呂入って。服は適当に出しておくから。話は後。いくらでも聞くから」

 三咲はそう言って、亜矢華をお風呂場にいざなう。

 温かいシャワー。

 さっきまでの、体温を奪う冷たい水じゃないのに、亜矢華はホッと息をはいていた。

 そういえば、三咲の家を濡らしてしまったな、といまさらながらに思う。

 でも、彼女は何も言わないだろう。三咲はそういう子だ。

 三咲の出してくれた彼女の乾いた服を着て、三咲の部屋に行く。

「ちゃんとあったまった?」

 三咲は温かいココアを差し出しながら聞いてくる。

「うん」

 亜矢華の沈んだ声。

「ごめん。ありがとう」

 それだけ言うのがやっとだった。

「気にしないで。で、どうしたの?」

 三咲の部屋。柔らかいクッションにもたれかかって、亜矢華は何度目かのため息をつく。

「うん。あのね、先輩、二股だったの。気付かなかったの。他に付き合ってる人がいるのに。でも、なのに、先輩は私にOKをくれたの。もう、わかんない」

「そう」

 支離滅裂な亜矢華の説明に、三咲はそっとうなずいた。

「雨、降ってるね」

 亜矢華は関係ないことを言う。忘れたいから。何もかも。

「そうよ。それであんたはずぶ濡れになったんじゃない」

 三咲もそれに乗ってくれる。

「制服……」

「乾かしてるよ」

 三咲はなんでもないかのように答える。

「ありがとう」

「それ二度目だよ」

 笑う三咲につられて、亜矢華も笑った。

「雨が全部流してくれるから、全部忘れちゃえ」

 三咲の優しい言葉に、亜矢華はそっとうなずいた。

 そう、雨は何もかもをさらっていってくれる。きっと、何もかもが、キレイになる。

「明日は晴れるって」

 三咲が言う。

「じゃあ、新しい明日になるね」

 亜矢華は答える。

 大丈夫だよ、と。三咲がいるから、大丈夫なんだ、と。

「そう。新しい明日だ」

 三咲がいてくれて、救ってくれて良かったと、亜矢華は思う。

 明日からは、新しい私。

 そう誓った。



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