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ノーリミットアビリティ  作者: 桐地栄人
第二章 挫折の果てに

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第48話 失意と憧れ

あの戦いから二週間弱。

日に日にシャーリーの心は衰弱していった。

あれだけ滾っていたのが嘘のように消沈していた。

ルームメイトの奈落山の励ましや誘いの言葉が全く耳に入ってこない。

今まで強くなるためにひたすら走っていたツケが、一気に重くのしかかって来た。


疲れを感じたのはいつ以来だろうか。

ただ歩いているだけ、座っているだけで異常なほど疲れが溜まってくる。

学校に行かないという選択肢はない。

彼女自身の生真面目さがそれを許さない。


学園でシークと会うたびに自分がしたことを思い出し、さらに落ち込む。


泣いたのはいつ以来だろうか。

自分はあんなに涙もろかっただろうか。

レイシアが突っかかって来た時、ヒツジの言葉を思い出してつい涙が出てしまった。

その時自分の前に立ち塞がってくれたのは……シークだった。


そしてまた自責の念に駆られるのだ。

重要なのは血筋じゃない。

幾ら親が優秀で人格に優れた人物でも、それが子どもに引き継がれるとは限らない。

重要なのはジンを守るという意志である。

自分はそれを知っていたはずじゃないか。

なのに、血筋という本人にはどうしようもないものを持ち出して、シークを見下し、貶めた。

恥ずかしくて死にたくなる。逃げ出したくなる。


そんな日々が続き、とうとうシャーリーは屈してしまった。

己を責める自責の念に潰れてしまったのだ。

せめて、こんな自分にも優しく接してくれた奈落山には伝えておこうと置き手紙を用意し、学園を去ろうとした。


あまり多くない荷物をまとめ、行きよりも重く感じるカバンを持って部屋を出て行った。


(ああ、お父様はお怒りになるだろうか……)


当たり前だ。期待していた娘が醜態を晒して家に帰ってこようとしているのだから。


(家を追い出されたらどうしようか……。物乞いでもして生きていこうか。愚かな私には妥当な結末だな)


自嘲気味に笑う。

それは暗く、とても儚い笑みだった。


列車が来た。

そして列車が止まる。降りてくるのは作業員と物資のはずだ。

しかし、それにしては様子がおかしい。あまりに人気がないのだ。列車からも何か嫌な気配が感じ取れる。


(いや、私が落ち込んでいるからだな)


そう思っていると、シャーリーがいる位置よりも後方のドアが開く。


(ほらな。馬鹿な考えだった)


そう思った矢先の出来事だった。

列車から降りて来たのは二十人近い黒装束の人間。どう見ても作業員じゃない。


シャーリーは即座に物陰に隠れる。


「さあ、我が同志たちよ!セントラルにつきましたデェス!」


周りと同じ黒装束を着た顔色の悪い禿頭の男が突然そう叫ぶ。

人とは違う、悪い意味で心を震わせるような声だった。

見た瞬間、この男は悪、敵であると分かった。

震えが止まらない。奥歯がカチカチと音を鳴らし、立っているのがやっとなほど足が痙攣しだす。


(に、逃げないと……。ここから……)


それ程までに悍ましい気配を纏いながら、その男はさらに両手を広げ、叫ぶ。


「我らの目的はただ一つ!ヴァリエールの次期当主たるジンを殺す事デス!」


その言葉を聞いた途端、シャーリーの足はピタリと止まる。


(今……なんと言った?ジン様を殺す?)


鼓動が早くなる。長らく聞いていなかった心臓の鼓動が胸を打つ。

まるで今まで動いていなかったかのごとく静かにか細くなっていた息遣いを急に意識し出した。


それ程までにその言葉は衝撃的で、絶対に見過ごすことのできない発言だった。


「さぁ行くのデス!我らの為、あの愚か者を抹殺するのデス!」


そう叫ぶと、その禿頭の男は悠々と歩いて行った。


「まっ……待て!」


飛び出した瞬間、自分のミスを悟る。

このまま隠れて助けを呼ぶべきだった。

そんな考えが頭をよぎるが、出て行ってしまったものはしかたがない。

なけなしの勇気を振り絞り叫ぶ。


「お前なんかに、お前なんかにジン様を殺させない!」

「はぁい?貴女……誰デスか?」


首だけをぐるりと回して振り向いた禿頭の男の虫を見るような目を見る。


「ヒッ……」


口の端から無意識に恐怖の声が漏れる。

それ程までに冷たく、そして恐ろしい眼差しだった。


(ダメ……私なんかじゃ……)


シャーリーは気迫で既に相手に負けていた。


「まあいいデス!取り敢えず、死になさい」


その瞬間、殺気とともに不可視の何かが自分に迫ってくるのを感じた。


シャーリーは死を感じると共に走馬灯のように昔を思い出していた。




辛くてどうしようもなかった日々。

そんな日が数年続いたある日、彼女は父親に連れられヴァリエール家主催のパーティー会場に行った。

ここには、数百年の間ヴァリエール家に仕えた家臣の一族の極少数の者のみが集められていた。

パーティーの趣旨は次期当主の顔見せである。

その場には、代々ヴァリエール家に仕えている一族の子息が集まっていた。

シャーリーのように女の子もいればシャーリーよりも年下の子どももいる。


そんな中で一番最後に登場した人物を見た瞬間、何かに自分を包み込まれているような気がした。

優しく、それでいて気高く、それでいて力強い覇気を纏っていた。

ジンである。

少し恥ずかしそうにしながらも、堂々と柔らかな笑みを浮かべながら歩いてくるジンを、その場にいる誰もが微動もせずに見守っていた。


父親に読まされたヴァリエールの歴史、栄光の数々を記した本を見て、シャーリーは思っていた。


こんな事できるわけがないじゃないか、と。


ある時は空を舞う天使の軍団に勝利をした、と。

ある時は敵味方の兵を一兵も殺さずに戦争を終わらせた、と。

またある時は、寡兵で三十倍以上の敵を打ち破った、と。


そのどれもがお伽話。

幼いながらにネガティブな考えをしていたシャーリーはずっとそう思っていた。


だが、扉の向こうから現れたジンを見て、確信する。

そのどの話も真実である、と。


それ程までにジンは強烈で、シャーリーの心に刻まれた。


「お父様……私は、あのお方の横に居られるでしょうか?」


シャーリーはポツリと呟くように聞いた。


「当たり前だ」


シャーリーの父は断言する。


「お前はこの私の娘だ。そして、ここに居る子ども達は将来ヴァリエールの侍従になる可能性のある、才能溢れる子ばかりなのだ」

「それは……」


それはつまり……。


「お前をこの場に呼んだのはジン様だと言うことだ」

「!!」


その瞬間、一気に涙が溢れでる。

何故か報われた気がした。

努力して来てよかった、と思ってしまった。

こんな凄い人に仕えられる自分が誇らしくなってしまった。


そんな様々な感情が入り混じり、涙となって溢れてくる。


「やあ、グレン。元気そうで何よりです。そ、それで彼女は泣いているようですが……」

「ははは、ジン様にお会いできたのが嬉しくて感極まってしまったようです」

「そ、そうですか。それは気恥ずかしいですね。あ、これを使ってください」


そう言って胸のポケットから綺麗なハンカチをさしだす。


「よろしいのですか?」

「ええ、構いませんよ。その代わり、大切に使ってくださいね」

「ありがとうございます。ほら、シャーリー、お前もお礼を言いなさい」

「……」


この時のシャーリーは感極まってしまって何も言えなくなっていた。

でもジンは、そんなシャーリーを気遣い、笑顔で頭を撫でてから去っていった。


後にお父様に聞いた話だが、子どもの方から見たいと言うまでヴァリエールの過去は伝えないように、と言われていたそうだ。

個々の家の教育方針には口を出さない。シャーリーが厳しく育てられたのは、見方を変えれば将来エリートになる為の必要な教育と取れなくもないからだ。


だから別の言い方で……。


実際にヴァリエールを見て、そしてその歴史を知って、それでも辞めたいというのであれば諦めるように、と。

忠誠を誓っていない部下などいらないという建前で配下の子どもを持つ者達に伝えた。

それが、子ども達に選択を与えるという、ヴァリエール家からの精一杯の温情だった。


「お父様、強く……なります。あの方を守れるように」

「ああ、なれるよ。お前ならばきっとな」




瞼の裏に焼きついたあの時の記憶。

それを思い出した瞬間、全身の血が沸騰するような感覚がする。

この数日間、何に対してもやる気が起きず、いつもの数倍は重かった身体に血が巡る。

心臓の音が頭の内側から聞こえてくる程に興奮し、シャーリーのモチベーションは即座にマックスまで高められていく。


(そうだ……私は、私は!)


手の震えもいつの間にか収まっていた。

シャーリーの目に光が宿る。

目の前に迫り来る不可視の何かを自身の周りを掌握する事で防ぐ。


エンストした車のようなボンっという音が目の前で鳴る。


「あれぇ〜、私の能力が防がれるとは、もしかして貴女……空間系デスね?」

「だとしたらなんだ?私がお前らの野望を打ち砕くのは変わらない!」


その間も全力を持って両手に空間を溜めていく。


「死ねぇーーーーー!」


自分に今打てる最大級のパワーを込めた『空間槍』を思いっきり放つ。


轟音を放ちながら地面を抉り、真っ直ぐと飛んでいく『空間槍』の奥で確かにシャーリーは聴いた。


「惜しいデスね。そしてさよならデス!」

「カハッ!」


腹部に衝撃を受ける。


(何が……?ジン様、お逃げください。……シーク)


それを最後にシャーリーは意識を失った。

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