78、Unknown tragedy
あの化け物が歩いてくる。
ぐちゃっぐちゃっと湿った音を立てながら。
ゆらゆらと体を揺らし、糸のもつれた操り人形のように不安定に。
だがその歩みは一歩、また一歩と確実に俺へと近づいてくる。
あの嫌悪が、あの狂気が、あの悪意が、あの恐怖が。
「……っは!」
俺は肩を上下させながら大きく息をする。
どうやら無意識に息を止めていたようだ。
「……くそっ」
まずい、まずいまずいまずいまずい!
あの時、あれだけ苦労した奴が! それも三体も!
この体ではあんなもの到底倒せない!
だがここで倒さないとカコが!
いや、もしかするとこいつらがこれだけとは限らない。
それに、あんなものがカコの所に行ったら大惨事、いや、下手すると全滅。
だが今の俺が行って何が出来る?
「しっかりするんだリヒト!」
耳元で突如響き渡った大声。
耳に鳴り響いたそれは俺の混乱した思考を止めるには十分なものだった。
「……すまん」
「良いさ、それよりも今はあいつらを理解してはダメだ」
「……何?」
「あれはこの世にはあってはいけないものだ、この世界の住民が理解してはいけない」
「……」
「おそらく俺と同じように君もあいつらの言っていることが分かるんだろう。だけどあれはダメだ、理解しようとするな、その姿に思いを抱くな、その言葉に耳を貸すな」
「……考えてはいけない、と言うことか」
「俺はともかく君では耐えられない様だ、理解すると後悔するかもしれないよ」
「……後悔できたらってか?」
「その通り」
なるほどな。
つまりこいつらを倒すときはただ敵だと考えろ、と言うわけか。
……ん?
「なぁ、以前あいつらに鑑定魔法したことがあるんだが」
「その時は倒した後か、個体そのものが小さかったんじゃない?」
「影響が少なかったってことか」
なるほどな、確かにあの時も今と同じような恐怖は有った。
だが一つ疑問が残る。
「お前は、あれの事について知っているのか?」
「それは……来るよ!」
三体が不自然な動作で、まるで何かに操り人形のような糸を引っ張られているようだ。
そんな動きで触手を伸ばし襲い掛かってくる。
「ぐっ?!」
二本は躱すことのできた、だが最後の一本が当たってしまう。
それは腹に叩きつけられ、肺の空気が口からかひゅっと気の抜けるような音ともに絞り出される。
「wmgqz!」
そのまま俺は思いっきり壁に叩きつけられた。
星が視界でチカチカと瞬き、耳鳴りで全ての音が塗りつぶされる。
「大丈夫かい?」
だが俺の体の修復力はそんなにやわじゃない。
何とか内部のダメージを回復させながら未だに少しふらつく体で立ち上がる。
「……ああ、何とかな」
今ので肋骨が半分やられた。
ほとんど治ったがまだ痛む。
そして
「希望が見えてきたな」
確かに強い、人には十分すぎる速さと力だろう。
だが遺跡の時のあいつとは比べ物にならないほど弱い。
もしもこいつらがあの遺跡の奴と同じ力と速さを持っていたら、この体は今頃ショッキングなグラフィティになっていただろう。
「この程度なら今の状態でもなんとかなるかもしれない」
「pskwncjd!」
「リヒト!」
「っ! っと、危ない危ない」
もう少しで翻訳機能が働いてしまうところだった。
あいつらの言っている事には耳を貸してはいけない、あれはただの音だ。
……よし。
「良いよ! その調子だ! 絶対に耳を貸しちゃだめだからね!」
「分かってる」
もう恐怖も、絶望もない。
今考えるのはただこいつらを倒すことだ。
そして全てを終わらせる。
そしてレーナを助ける。
「約束通りレーナを助けて、最高のハッピーエンドでこの騒動を終わらせてやるさ!」
「qzmcprw!」
「mzpd!」
「msdwr?」
いよいよボス戦だ。




