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四章十三話目

 レインが呼びかけても、リタ・ミラの種からの反応はない。

 どうやらレインの件で完全に頭に血が昇ってしまったらしい。

 ――へえぇ、植物にも感情があるんだ。それはそうだよな。植物も喜んだり、悲しんだりして当然だよな。

 素直に感心する。

 そこで自分の置かれた状況に思い至り、慌てる。

――っじゃなくて。おお~い、僕は無事だから、大丈夫だよ。確かにちょっと痛い思いはしたけど、お姉さんもこうして無事だし、後は先輩と先生の到着を待てば万事解決するはずだよ。

レインはそう言ったものの、学校に報告しに戻った先輩と先生が、果たしてこの場所を探し出せるのかは疑問だった。

下手をしたら、またミゲルとウルベールに難癖付けて殴られるかもしれない。

一緒に捕まっている姉にまで危害が加えられるかもしれない。

レインはかつてアンリから聞いたルーカスの話を思い出す。

ルーカスはかつてリタ・ミラの種の力を抑えきれず、教室を燃やしてしまった。

クラスメイトにも大怪我を負わせてしまった。

その罪深さに耐えきれず、ルーカスは学校の屋上から飛び降りた。

それを苦に自殺してしまった。

もしここでミゲロとウルベールを含む多くの人達を傷つけてしまったら、レイン自身がルーカスと同じ道を選ばないとも限らない。

レインは最悪の事態を想像し、真っ青になる。

――リタ・ミラの種は、僕の言うことを聞いてくれない。一体、どうしたらいいんだ?

レインの周囲の法術の力はますます強くなるばかりだ。

 首を巡らしてみると、少し離れた場所に数人の人影が見える。

 ぼんやりとした明かりに照らされて、人数ははっきりしなかったが、その中にミゲロとウルベールもいるようだった。

 こちらの異変に気付いていないのか、小声で何事か話している。

 ――ゆるさない!

 リタ・ミラの種の声がレインの頭に響く。

法術の奔流が彼らに向かう。

 ――もう、駄目だ。

 レインは固く目をつぶる。

 放たれるであろう法術の衝撃と轟音に備える。

 しかし思っていたような衝撃も轟音も、レインの耳には届かなかった。

 ぱちん、と何かが爆ぜる音と、渦巻いていた空気が霧散していくのがわかったくらいだった。

 ――あ、あれ?

 レインは驚いて目を開け、辺りを見回す。

 リタ・ミラの種の拍子抜けしたような声が聞こえる。

「レインさん、大丈夫ですか?」

 不意に背後から女性の声が掛けられる。

「手酷くやられたね、レイン君。でも、我々が来たからには、もう大丈夫だよ」

 聞き覚えのある男性の声が聞こえる。

 首を巡らせてみると、社会見学の時に会ったアンリとベアトリクスがそろって立っている。

 アンリは手に黒い宝石を持っている。

「まさかブラックオパールが、こんなところで役に立つとは思ってもいなかったよ。レイン君の法術が完成していれば、大変なことになっていただろうね。いやあ、種の力は恐ろしいねえ」

 笑いながら肩をすくめる。

 ベアトリクスは人の背丈ほどの長い棒を取り出し、先端を地面にこつりと当てる。

「元はと言えば、レインさんたちを誘拐した彼らが悪いんですよ。彼らには教育的指導をきっちりとしてあげないと」

「そう言えば、君の息子のルーカスもいじめに合っていたと最近分かったんだろう? あんなことがあったから、ますます彼らのことが許せないんだろうけれど、彼らにも両親がいる。彼らのことを心配している人々がいる。その人のためにも、ほどほどにしておくんだよ?」

 ――ベアトリクスさんが、ルーカスの母親?

 レインはまじまじとベアトリクスの顔を眺める。

 ベアトリクスは沈痛な顔で答える。

「わかっています」

 小さくうなずくと、若者たちの集まる方へと歩いていく。

「やれやれ」

 アンリはベアトリクスの後姿を見送り、レインのそばにしゃがみ込む。

 レインの縛られている縄をほどく。

 口に噛まされていた白布を解くと、ようやくレインは自由を取り戻した。

 次いでアンリは姉の縄をほどく。

「あ、ありがとうございます」

「礼には及ばないよ。種を持つ二人が誘拐されたからには、聖イストア皇国の仕業かとも思って心配したけれど。君の怪我も大したことないみたいだし、二人が無事でよかったよ。しかし最近の高校生は過激だねえ。君たち二人を誘拐してしまうんだから」

 アンリは笑いながら応じる。

 起き上がった姉がアンリに頭を下げる。

「アンリさんでしたか。助けていただき、ありがとうございます。それとわたしがいながら、レインさんを危険な目に合せて申し訳ありません」

「いやいや、それは構わないよ。それにしても、過保護な君の弟君はどこにいるのかな。弟君がいれば、そもそも君はこんな目には合わなかったんじゃないのかい?」

「それなんですが」

 姉は言いにくそうにうつむく。

 ジョゼ神学校での一連の出来事を説明する。

「そうなのかい?」

 レインもアンリに聞かれ、時々相づちを打ち、話を聞いていた。

 少し離れた場所からは、ミゲロとウルベールを含む若者たちの悲鳴が聞こえてくる。

 それに続いて、ベアトリクスの「教育的指導!」「しつけがなってません!」「あなたのお父さんとお母さんは泣いてますよ?」などと叫ぶ声が聞こえてくる。

 そのためレインはちっともアンリと姉の話に集中できなかった。

 二人の話が終わるころには、声はすっかり聞こえなくなっていた。

「終わったみたいだね」

 アンリがのんびりと言って、ベアトリクスのいる方へと歩き出す。

 レインと姉もその後を付いていく。

 荷物の向こうには、地面に座らされているミゲロとウルベール、レイン達をここに連れて来たらしい数人の若者がいた。

「先生方が来るまで正座をして、反省していなさい!」

 ベアトリクスが棒を地面に叩きつけ、厳しい声で叱る。

 地面に正座させられた者たちがびくりと肩を震わせる。

「か、勘弁してくださいよ~。俺達、そいつらに誘われただけなんですってば」

「そうそう。金で誘われただけの無関係なんで、そろそろ解放してくださいよ」

「問答無用! 大人の世界では、知らなかったとは言え、犯罪を手伝った者は同様に罪に問われるのよ。覚えておきなさい!」

「そ、そんな~」

「警察沙汰になるのだけは、勘弁~」

 口々に言い訳をする若者とは対照的に、ミゲロとウルベールは渋い顔をしている。

 ふんと鼻を鳴らす。

「こんなことをして、ただで済むと思うなよ。うちの父親はこの辺りを治める大司祭だぞ? こんな手荒な真似をしたとうちの父親が知ったら、お前たち、ただじゃ済まないぞ?」

「そうそう。それにうちの父親は有能な弁護士だから、お前ら裁判の場で言い逃れも出来ないしな」

 二人は反省した様子もなく、意地悪く笑う。

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