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四章六話目

「一応は、相手の残した何らかの痕跡がないか調べてみますが、恐らく探知は無理でしょうね。相手もその道のプロならば、痕跡は残さないでしょうから」

 姉は杖の先を地面にこつりと打ちつけ、もう片方の手で空に文字を書いた。

「天空神と地母神の名において」

 虹色に光る文字が空に描き出され、姉は歌うように祈りの言葉を唱える。

 レインを肩に背負う弟は小さく息を吐き出す。

「じゃあ僕は姉さんが犯人の探知と、結界の張り直しをしている間に、こいつを保健室に連れて行くよ。また何かあったら連絡して」

 弟は気を失っているレインの体を背中に背負う。

 言うが早いか、弟は足音も立てずに走り出した。

 温室を出ると、地面を蹴り、空高く飛び上がる。

 温室のそばの校舎の屋上に降り立つ。

 屋上に降り立ったレインを背負った弟は、屋上の扉を開け、中に入る。

 階段を降り、保健室を目指す。

 その間、誰ともすれ違わなかった。

 弟は保健室の扉を叩き、小声で呼びかける。

「シェーラ先生、いますか?」

 中から返事があり、保健室の扉が開かれる。

「あら、シェス君」

 保健室の中からシェーラ先生が顔を覗かせる。

「中へ入っていいですか?」

 シェーラ先生は笑顔で応じる。

「えぇ、誰もいないわ。構わないわよ」

 弟は保健室の中に入る。

シェーラ先生が扉を閉める。

「彼は?」

 弟は背負ったレインを保健室のベッドに寝かせ、シェーラ先生を振り返る。

「リタ・ミラが最後に種を与えた生徒です。今は気を失っています」

 シェーラ先生は少し驚いた顔をして、目を細める。

「そう、なの。では、リタ・ミラは最後の種を見送って、枯れてしまったのね」

「そうです。最後にリタ・ミラの声が聞こえたから、大樹のしもべである五竜に託すと言っていたから、大樹はもう枯れてしまったと思います。後はラスティエが種をどう導くか、僕を含め子ども達がどう種を育てるか、これからが重要です」

 弟は着ていた白装束を脱ぎ、この神学校の制服姿に戻る。

「シェーラ先生は彼をお願いします。僕はもう少し、校内の結界に異常がないか見回ってみます」

 弟はそう言い置いて、保健室を出ていく。

 シェーラ先生は弟の背中を見送る。

 小さな溜息を吐く。

「あの子もせっかちな子ね。リタ・ミラの種を育てるのに、最低で十年はかかると言うのに。そんなにせっかちじゃ、いつか息が詰まるわよ。まああの子にはあのお姉さんがいるから、よっぽど大丈夫だと思うけれど」

 そこで映像が切り替わり、レインが保健室のベッドから起き上がり、シェーラ先生に礼を言って寮の自分の部屋へと戻っていく光景が映し出される。

「あれ? 僕はあの時、いつの間に寮に戻ったんだ?」

 レインは首を傾げる。

――あのとき、ぼくがれいんのからだをうごかした。よりあんぜんなばしょにいどうするために。

 リタ・ミラの種が答える。

「安全な場所? 保健室が危険だって言うのかい?」

 レインは驚いて聞き返す。

 ――きけんではないけど、あんぜんでもない。

「シェーラ先生がいるのに?」

 ――あそこはおおくのにんげんがではいりするから、おちつかない。

 リタ・ミラの種の物言いに、レインはぷっと吹き出す。

「そうだね。多くの生徒や先生が出入りするね。確かに落ち着かないや。かく言う僕も、昼寝するなら静かな場所が良いからね。それで、寮まで行ってどうしたの? 確か体調が悪いと伝えてくれたのも、君なんだよね?」

 ――とおりかかったにんげんに、きぶんがよくないといったら、そうしたらねているといいといわれた。だからねていた。あのときは、れいんのからだにはいったばかりでつかれていた。れいんのからだになれるためにも、ねむることがひつようがあった。だからねていた。

 レインは植物にも睡眠が必要なんだ、と納得した。

 そこでふとシェーラ先生が大聖堂で言った言葉を思い出す。

「それで、君のお母さんのリタ・ミラが最後に託した願い? えっと、千年の記憶、とか、力ってなんのことなのかな? 君知ってる?」

 レインの問いに、リタ・ミラの種は黙り込む。

 ――それをしりたいの、れいん。しりたいなら、かあさんのことをおしえてあげる。でも、ながくなるよ。

 その言葉をきっかけに、レインの頭に膨大な記憶が流れ出す。

 それは大樹リタ・ミラがこの世に生を受けてからの千年の記憶だった。

 その膨大な記憶が頭に流し込まれ、レインの体はそのまま大聖堂で倒れた。

それから一週間の間、寮のベッドから起きられなかった。




 一週間後、レインは痛む頭を押さえて、かろうじて起き上がれるようになった。

 まだ周囲の景色がぼやけて見えたが、気持ち悪いのだけは何とか収まった。

 レインの頭に流し込まれた千年の記憶は、まだ頭の中で整理されず、断片的な記憶が浮かんできては、白昼夢のように目の前を通り過ぎて行った。

「うぅ、ひどい目にあった」

 レインは壁に手をつきながら、ふらふらと自分の教室へと向かう。

 時々見える幻を無視し、教室の前の廊下にたどり着いた時だった。

「よお、レイン」

 教室の扉の前に、二人の生徒が立っていた。

「久しぶりだな、レイン」

 レインはその二人を見て、嫌な顔をする。

 その二人は一年生の頃レインをいじめていた、のっぽのウルベールと太っちょのミゲルだった。

 せっかく二年生になってクラスが別々になっていじめられる心配がなくなったと安心していたと言うのに。

 ――この二人か。

 レインは心の中で舌打ちする。

 気分が良くない時に限って、こんな厄介な二人と遭遇する不運をかみしめる。

「お前、社会見学の時、どこ行ってたんだ?」

「あの怪しいおっさんと、人には言えないようなことしてたんじゃないのか?」

 二人はにやにやと笑い、レインに近付いてくる。

 レインは痛む頭を押さえ、二人を睨みつける。

 ――それはお前達だろう? 先生に隠れてタバコ吸ったり、いかがわしい店に入ったり。誰も知らないと思ったら大間違いだぞ。

 心の中で悪態をつく。

 太っちょのミゲルがせせら笑う。

「まあ、鈴牙人のお前のことだから。おれたちに隠れて、どんなに悪いことをしてたとしても、不思議はないけどな」

 のっぽのウルベールが後を続ける。

「そうそう。血が血だしな。鈴牙人は、悪いことをしてラスティエ様の怒りを買ったから、国を失ったと聞いているからな」

 ――なにを!


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