表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/320

四章四話目

 レインの頭にその時の映像が流れ込んでくる。

 緑の匂い、木々のざわめき、鳥の鳴き声が鮮明に思い出される。

 いつか見たスミニア杉そっくりの巨木が、目の前にそびえている。

 その巨木の周囲には小さな柵が作られ、祭壇にはお供え物と白い紙の飾りが置かれている。

 巨木の前には見慣れない服を着た、頭を下げる大勢の人々がいる。

 レインはその服を見て、思い出した。

 ――この人たち、鈴牙国の人たちだ。

 彼らが来ているのは、いつか本で見た鈴牙国の祭祀の時に着るという衣装そっくりだった。

 頭を下げる人々の先頭には、レインと同じくらいの年頃の若い娘がいる。

「千歳を生きると伝えられる椙津姫命様、どうか我ら鈴牙国の民をお導き下さい」

 若い娘が顔を上げる。

 そのあまりに鮮やかな黒髪と紫の瞳に、巨木の根元で見ていたレインはどきりとした。

 ――これが、鈴牙国? リタ・ミラの木は鈴牙国にあったんだ。それに、僕と同じくらいの女の子が神事を司っているなんて。そう言えば、鈴牙国には国の神道をまとめる一族がいると聞いたけれど。

 レインの目の前の映像は変わり、今度は葉が落ち、枯れ木のようになったリタ・ミラの木が現れる。

「鈴牙国だけで、リタ・ミラの木を独占するなんて許せません」

「鈴牙国は、リタ・ミラの種を軍事利用しようとしているのではないですか?」

「平和国家が聞いて呆れたものだ」

 巨木を取り囲む柵の前で、大人達が押し問答をしている。

 柵を背に、大勢の人々を押しとどめているのはこの鈴牙国の神事を司る一族の者だろう。

 柵を取り囲む人々は、血走った目で柵の中へ入ろうと躍起になっている。

 人々を押しとどめている者の中で、一番の長老らしき男性が声を張り上げている。

「やめて下さい。これ以上先は、神域の森です。本来ならば、祭祀の時以外、人が立ち入るのを禁じている場所です。それにリタ・ミラの木の種も樹皮も、サンプルはすべて外交を通じて国際機関に提出したはずです。これ以上、樹皮をはがしたり、根を掘り返したりすると、木自体が枯れてしまいます!」

 しかし柵を取り囲む人々に怯んだ様子はない。

「あら、わたくしは外交を通じてこうしお願いに来ていますのよ。リタ・ミラの種一つぐらい、どこかに落ちているんじゃないかしら?」

「私を追い返したら、外交問題になりますよ。鈴牙国としても、それは困るんじゃないですか」

 レインはなす術もなく、その光景を見ていた。

 頭には、リタ・ミラの声が響く。

 ――やめろ、やめろ。これ以上、私から奪うな。たった一人の子どもだけでいい。せめて私の枝に残しておいておくれ。

 リタ・ミラの嘆きに、レインの中の種が呼応する。

 ――かあさん。なかないで。

 レインの目に涙が溢れる。

 涙は頬を伝い、地面へと落ちる。

 様々な映像が切り替わり、鈴牙国の人々の嘆きや悲しみが流れ込んでくる。

 やがてレインとそっくりの銀髪の男性が巨木の根元にやってくる。

 一族の長老に丁寧に頭を下げる。

「わたしが来るのがもう少し早ければ、リタ・ミラの木を守れたかもしれませんが。お力になれず、申し訳ありません」

「いいえ、木守であるあなたが謝ることではありません。うちの寿美礼姫命もすっかり落ち込んで、最近は人の前にめっきり姿を現しません」

「しかし、このままでは、鈴牙国は法力の不足で、浮力を保つことが出来ないのではないのですか?」

「すでに国民には国を捨てるよう、通達してあります。儂の代で国を失うことになるとは、国を造って来られた先代たちに、本当に申し訳なく思っております。しかしこれも運命、我らは謹んでこの事態を受け入れる覚悟です」

「残された民を、出来る限り我がラスティエ教国で受け入れましょう。そして二度とこのような悲劇を繰り返さないように、努力いたしましょう」

「感謝いたします、椙津上命の木守の方。出来れば、うちの椙津姫命の木守である、寿美礼姫命の後見もお頼み申したいのですが」

「わたしに出来ることならば、なんなりと。ようやく自分が生かされてきた理由がわかりました。大樹の代替わりを見守るために、わたしは千年の時を生きてきたのですね」

 銀髪の男性は穏やかに、悲しそうに微笑む。

 さらに映像は変わり、今度は神学校の校舎が映し出される。

 温室の中でリタ・ミラの種を両手で受け取るレイン。

 リタ・ミラの言葉が温室に響き渡る。

『どうか、我が子を守ってやってほしい

 私の命はもうすぐ尽きる

 新しい芽生えを見守ってほしい』

 その言葉を聞いて、レインは思い出した。

 彼はリタ・ミラの言葉に導かれ、温室を訪れた。

 そこでリタ・ミラの種を受け取って、種をその身に宿したのだ。

 五色の光が弾け、強力な法力がレインの体に取り込まれた。

 しかしその言葉を聞いた直後、レインの記憶は途切れる。

 ――れいんは、だれかにうしろからあたまをたたかれたの。それでじめんにたおれたの。

 リタ・ミラの種はその時の様子も映し出した。

 地面に倒れたレインを、誰かが見下ろしている。

 その人物は黒いフードを目深にかぶり、顔は判別できない。

 レインの上にかがみこみ、その体を調べる。

「リタ・ミラの種は取り込まれてしまったか。もう直接心臓を開いて、種を取り出すしかないのか?」

 声から判断するに男性のようだった。

 その言葉を聞いて、レインは過去の映像であるのにぶるりと身震いする。

 黒いフードをかぶった男は、手に短剣を握っている。

 その銀色に光る刀身を、レインの体に突き立てようとしている。

 ――き、君って、僕の心臓にいるんだ。し、知らなかったなあ。

 話すことで、怖さを紛らわそうとする。

 温室を静寂が支配し、短剣を握った男性はその姿勢のまま微動だにしない。

 そこへ静寂を破って一つの足音が駆けてくる。

 面をかぶった白装束の少年が、抜き身の太刀を黒いフードの男性に投げつける。

 男性は慌てて飛んできた太刀を弾き返し、立ち上がる。

 白装束の少年は懐からもう一本の太刀を取り出し、男性に切りかかる。

 二つの刀身の間に火花が散り、銀色の剣戟が数度繰り返される。

 今目の前で起こっていることではないのに、レインははらはらとして固唾を飲んで見守っている。

 ――が、がんばれー、白いの!

 思わず応援してしまう。

 お互い一進一退の攻防が続き、お互いが離れた時だった。

「お前達、神学校の温室で何をやっている!」

 温室内に響き渡るほどの大声が二人の間に割って入る。

 温室の入口のそばに立っていたのは、大司祭の法衣をまとったイヴン先生だった。

 すかさず黒いフードの男性が温室の出口向かって走り抜ける。

 イヴン先生は黙ってその男性が駆け抜けるのを見送る。

「まったく、貴重な植物が駄目になったら、どう責任を取ってくれるつもりだ」

 イヴン先生は腰に手を当ててまなじりをつり上げている。

 温室の入口の向こうに消えた男性を見、白装束の少年は怒りの声を上げる。

「イヴン先生、聖イストア皇国のスパイを逃がしてどうするんですか! 生かして捕まえれば、色々と情報を聞けたものを」

 白装束の少年が面を外すと、レインと同じクラスの弟だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ