四章二話目
鮮やかなステンドグラスの光の降り注ぐ堂内には、荘厳なパイプオルガンの音が響き渡っている。
大聖堂の壇上には、太陽の子ナルダと聖なる竜の像が安置されている。
レインは腕をつかまれたまま、薄暗い大聖堂内を見回す。
大聖堂内に並べられている長椅子に座る人の姿はない。
良く目を凝らすと、祭壇の正面に立つ人の姿が見える。
黒髪の女生徒が目を伏せ、パイプオルガンの音楽に合わせて讃美歌を歌っているようだった。
静かで澄んだ歌声が堂内に響き渡る。
レインの腕をつかんでいた生徒は中央の通路を歩き、おもむろに長椅子に腰かける。
そこで手を離す。
「ええと」
レインが困って立っていると、男子生徒は鋭い目でレインを睨む。
「歌は黙って聞くものだ」
レインは大人しく男子生徒の隣に座り、壇上で歌っている女生徒の歌に耳を澄ませる。
――きれいな歌声だな。
堂内に響く歌声に聞きほれていると、レインの頭に別の声が響く。
――あんしんできるおと。がいいはかんじられない。
レインは長椅子の背もたれに背を預け、穏やかな気持ちになる。
短い讃美歌が終わると、隣に座っていた男子生徒が椅子から立ち上がり、拍手を送る。
「すばらしかったよ姉さん」
つられてレインも手を叩く。
「ありがとうございます」
壇上の女生徒は恥ずかしそうに笑い、頭を下げる。
レインは男子生徒に腕をつかまれ、女生徒のいる壇上へと上がる。
「姉さん。言われた通り、レイン・アマナギを連れてきたよ」
男子生徒は女生徒の前にレインを連れ出す。
女生徒は目を伏せたまま、杖を手にゆっくりとこちらを見る。
「あなたが、レインさんですか?」
女生徒は小首を傾げる。
男子生徒に肩を押され、レインは戸惑いながら答える。
「は、はい。僕がレインですが」
制服を見て、女生徒が一学年上であることがわかる。
女生徒は杖を支えに、優雅に一礼する。
「初めまして、レインさん。わたしはサラ・スミリャスカと申します。たぶん弟のことですから、何も言わずに連れてきたのでしょうね。弟の名前はシェス・スミルノフ。何も事情を話さずに、こんなところに連れて来てしまってごめんなさい」
女生徒は申し訳なさそうにレインに謝る。
「い、いえ、そんなことは」
レインはしどろもどろになる。
――れいん、きんちょうしてるのか?
頭の中に声が響く。
――女の子と話すのは、あまり得意ではないんだよ。
心の中で言い訳をする。
「あら、レイン君。また会ったわね」
女生徒の背後から、シェーラ先生がひょっこりと顔を出す。
「あ、シェーラ先生」
楽譜を手にしていることから、おそらくパイプオルガンはシェーラ先生が演奏していたのだろう。
シェーラ先生は女生徒の隣に立ってにこにこと笑っている。
「だったら、サラさんの歌も聞いてくれたのよね。サラさんの歌、上手でしょう? 今度ソロの歌い手として地方のコンクールに出るのよ。だからこうして合唱部とは別に練習していたの」
知っている先生がそばにいるせいか、レインは意識せず安堵する。
「そうだったんですか」
シェーラ先生はレインの背後に立っている男子生徒に目を向ける。
「あら、弟君。今日は剣術部の練習はいいの? いくらお姉さんが大事だからって、練習をさぼっちゃ駄目よ?」
レインは背後を振り返る。
部活のことを指摘され、男子生徒は不機嫌にそっぽを向く。
「今日は、帰りに姉さんと買い出しをする約束だから、剣術部には前もって休むよう言ってあります」
シェーラ先生は小さく息を吐き出す。
「あなた達も、寮に入れば家事をする必要はなかったのに。ただでさえ目の見えないお姉さんのお世話が大変なのに、家事もしながら部活もするんじゃ、勉強がおろそかになりかねないわ。ねえ、今からでも寮に入れるよう申請して」
――目が見えない?
レインは目を伏せているようにしか見えない女生徒をまじまじと見つめる。
「あ、あの、シェーラ先生」
女生徒が遠慮がちに口を挟む。
「わたし達が転校してきた時、わたしが目が見えないと言う理由で、寮の同室の子が嫌がったんです。だからわたしは寮に入ることを諦めて、学校のそばに家を借りて、自活しようと思ったんです。でも弟まで寮に入るのを断るとは思ってなくて。それで、もしよろしければ弟だけでも今から寮に入れるように申請してもらえないでしょうか?」
「姉さん!」
レインの背後から男子生徒の怒った声が聞こえてくる。
大股で姉である女生徒に歩み寄る。
「姉さんはそう言うけれど、目の見えない姉さんが家を借りて、本当に一人で生活できると思ってるのか? 確かに姉さんは身の回りのことは何でも一人で出来るようになったのだろうけれど、家事はどうするのさ? 一人で料理が出来るとでも?」
それに対して、姉は心外とばかりに頬を膨らませる。
「料理、ぐらい出来ます」
持っている杖を握りしめる。
弟は意地悪く笑う。
「じゃあ、洗濯は?」
弟は姉をじろじろと眺めまわす。
「最近は、洗濯をしてくれる機械ができたから、大丈夫です」
「掃除はどうするのさ。ごみが見えないんじゃ、掃除も出来ないんじゃないの?」
「す、少しくらい部屋が汚れてたって、問題ありません」
そんな押し問答が続く。
「ふうん」
弟はまだ納得がいかないように、何かを考えるようにあごに手を当てている。
二人のやり取りに、レインは口を開けて眺め、シェーラ先生は苦笑いを浮かべている。
「食べ物の買い出しはどうするのさ」
「街の店がどこにあるのかは覚えました」
「でも、荷物を持つ人間が欲しいだろう?」
「一人分の食糧ですから、一度にそんなに買い込みません」
「じゃあ、頻繁に街に出ないといけない訳だ。街で知らない相手に声を掛けられたらどうするのさ。目の見えない姉さんが、相手から逃げられるとでも」
「出来るだけ、にぎやかな道を通ります。大丈夫です」
「それはどうだろうね。姉さんに気付かれないように付いて来て、姉さんが玄関の扉を開けたと同時に中に入り込んで、口を塞がれたら、姉さんに勝ち目はないよ」
弟の言葉を聞いて、姉は頬を赤らめる。
「そ、そんな、ストーカーまがいの人は滅多にいないと思いますが。この学生街は、比較的治安がいい方です」
「わからないよ? 最近は物騒だから、姉さんも人知れずストーカーがいたりして」
「怖いこと、言わないで下さい」
姉は肩を抱き、そっぽを向く。




