四章一話目
昼休みに植物に水を上げていたレインは、ホースを持ったまま盛大にくしゃみをした。
「風邪、かなあ」
辺りを見回す。
――だれかが、うわさしたのかもしれないよ?
頭の中に声が響く。
レインは苦笑し、その言葉にうなずく。
「案外、そうかもね」
鉢植えの植物に水をかけながら、のんびりと応じる。
社会見学から帰ってきてから数日、こうしてリタ・ミラの種が心に頻繁に語りかけてくる事態にもようやく慣れた頃だった。
最初は戸惑ったものの、相手が自分の体の中にあるリタ・ミラの種だとわかっているため、この事態も割とすんなりと受け入れることが出来た。
むしろ植物と話せる貴重な機会に、レインは感動さえしていた。
ただ下手をしたら、独り言の多い変な人物と見られかねないので、レインは極力人前で話すことは避けていた。
一通り鉢植えの植物に水を上げ終わったレインは、ホースを元の場所に戻す。
昼の光に照らされ、水に濡れ緑がいっそう鮮やかになった鉢植えの植物を眺める。
レインは園芸部に所属しているものの、授業後の部活には自分から進んで参加しないため、こうして昼休みの水やりを代わりに請け負っていた。
「水を与えられて、この植物たちは喜んでいるのかな?」
好奇心から聞いてみる。
すぐに返事は返ってくる。
――どうだろう。ここにいるのは、ぼくみたいにはっきりしたことばでしゃべらないからよくわからないけど。きもちよさそうにしているのはたしかだよ。
「そうか。教えてくれて、ありがとう」
レインは満足げに笑う。
校内に植わるスミニア杉の木々の間に見える校舎の時計を見上げ、間もなく昼休みが終わる時間だということに気付く。
「次はシェーラ先生の薬学の授業だっけ。急がないと」
きびすを返し、校舎へと走る。
教室へ戻り、荷物をまとめ、薬学の教室へ急いだ。
「あんたがレイン・アマナギ?」
その日の放課後、レインは同じクラスの男子生徒から呼び止められた。
「そうだけど」
授業が終わり、オルグとリャンと一緒に教室を出ようとしていたレインは戸惑う。
男子生徒の顔をまじまじと見つめる。
その男子生徒との面識はほとんどない。
その男子生徒は同じクラスにいても、口も利いたことの無い生徒だった。
――確か名前は、シェス・スミルノフ、だっけ?
レインはいつも出席を取る時に呼ばれている男子生徒の名前を思い出す。
男子生徒はレインを興味もなさそうに一瞥する。
決して不機嫌な様子ではないのだが、相手を威圧する眼光が潜んでいる。
「な、なに?」
レインはたじろぐ。
男子生徒は短く淡々と用件を伝える。
「姉さんが、呼んでる」
レインの腕をつかみ、引っ張る。
オルグとリャンが目を丸くしている前で、レインは強引に教室の外へ連れ出される。
「え? ちょ、ちょっと」
腕を引っ張られ、男子生徒の後ろを歩かされる。
「いったいなんだって言うんだ?」
前を行く男子生徒の背中に抗議をする。
男子生徒はちらりとレインを振り返る。
冷淡に話す。
「さっきも言っただろう? 姉さんが呼んでいると」
レインは目を向く。
――だから、その姉さん、って誰?
その男子生徒とはほとんど面識もなく、レインはその生徒に姉がいることさえ知らない。
廊下を振り返ると、オルグとリャンが教室から心配そうに顔を覗かせている。
男子生徒に引っ張られていくレインに、二人がそろって手を振る。
「じゃあね、レイン」
「また寮でな」
二人とも笑顔でレインを見送っている。
男子生徒の強引さに、二人ともほとほと呆れているようだった。
さすがにレインと男子生徒の間に口を挟む気も起きないのか、ただ見守っていることしか出来ないようだった。
かくいうレインも、黙って男子生徒に手を引かれて廊下を歩いていく。
校舎を出て、渡り廊下を通り、隣接する大聖堂へと向かう。
その大聖堂は、普段は全校生徒の朝の祈りの場として使われている場所だった。




