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三章二十七話目

 アグラダは一瞬驚いた顔をする。

 クリスティーノはアグラダが宮殿の外で使う偽名だったが、以前にどこで会ったかを思い出そうとした。

 ぽんと手を叩く。

「あぁ、あの時の小さな少年か。ずいぶんと大きくなったものだ。姉のファティマは元気かい?」

 アグラダは五十近くの男性を前に、じろじろと眺めまわす。

「教皇様」

 イヴンに肘でつつかれ、まだ頭を下げたままでいるリシェンに向き直る。

「と、とと、色々とすまなかったね。謝るのはこちらのほうだよ、リシェンさん。わたしもリシェンさんにとても失礼なことをしたと思っているんだ。どうか頭を上げてくれないか? そちらのソファにかけて、お茶とお菓子でも食べてゆっくりしてくれ。話はそれからだ」

 アグラダは手を叩く。

 扉の外に呼びかける。

「誰か、五人分のお茶とお菓子を用意して、部屋に持ってきてくれ」

 扉の外に控えていた大司祭たちが扉を開け、恭しく頭を下げる。

「承知いたしました。すぐにお持ちいたします」

 部屋にいた五人のそれぞれがテーブルを囲んでソファに腰かける。

 アグラダは向かいに座ったリシェンを見る。

「そ、その、あれだ。竜の民には出来るだけの援助をするようにとの、アンリとの約束だからね。それを広く国内の教会に通達しておいて良かったよ。そうでなければ、リシェンさんもここまで来ることはできなかっただろうからね。ムスタファ司祭には、感謝の言葉もない」

 その隣に座るムスタファ司祭を見る。

「私は当然のことをしたまでですよ」

 ムスタファ司祭は穏やかに笑う。

「教皇様、あたしにはお褒めの言葉はないのですか?」

 フェデリコ大司教がアグラダの方へ身を乗り出す。

「あぁ、ありがとう、フェデリコ大司教。気持ちはうれしいが、いくら女性が苦手だと言っても、若い娘さんに怪我をさせるのは感心しないなあ」

「そ、そんな、教皇様ひどいわ! あたしだって好きでやったことじゃないのに!」

 フェデリコ大司教は憤慨する。

 そうこう話しているうちに、茶器一式を持った大司祭たちが部屋に入ってくる。

紅茶と切り分けられたパウンドケーキがテーブルの上に置かれる。

「こちらはクルミのパウンドケーキです。今朝、修道女たちが腕によりをかけて作ったものです。できれば感想なども、教皇様から直々にお伝えいただければ、修道女たちも喜ぶのですが」

 茶器を運んできた大司祭の一人はそう説明する。

「それならば、後で厨房へ行って修道女たちにお礼を言わなければな」

 アグラダは大司祭から紅茶を受け取る。

 湯気の立ち上る紅茶の香りをかぐ。

「うん、イッカム産の高級な雲上茶葉の香りがするな」

 大司祭は破顔する。

「さすが教皇様、ご名答です。こちらは雲上茶葉の希少種、夢色殿上でございます。わざわざ華南から取り寄せた一級品でございます」

 アグラダはそれを聞いて、苦笑いを浮かべる。

「そんな高い物を、わたしのお茶として出す必要はないよ。わたしはせいぜい、鈴牙国でよく飲まれていたほうじ茶で十分だ。元はまずい茶葉だが、炒るとあれがなかなかうまいお茶が入るんだ。今度わたしの炒ったほうじ茶を、お前達にも飲ませてあげるよ」

「もったいないお言葉でございます、教皇様」

 大司祭は恭しく頭を下げる。

 リシェンは黙ってそれらのやり取りを聞いていた。

 ――この人が、このラスティエ教国を長きに渡って統治する教皇様?

 目の前の青年をじろじろと眺める。

 いくらフェデリコに説明されたからと言って、すぐに信じられるものではなかった。

 このどこから見ても二十代にしか見えない青年が千年近く生きているなど、到底信じられなかった。

 湯気の立つ紅茶の入ったカップを持ったアグラダが顔を上げる。

「わたしの顔に何かついているかい、リシェンさん。リシェンさんのような美人にそんなにじっと見られると、照れるなあ」

 アグラダは困ったように笑う。

 リシェンは頬を赤らめ、慌ててそっぽを向く。

 アグラダの顔を見るたびに、ついラスティエの大樹の下で出会ったレインのことを思い出してしまう。

「あ、あなたは、外見だけではなく、性格もレインにそっくりなんですね」

 ついそんな言葉が口をついてしまった。

 レインとは一度会っただけだったが、アグラダを見ているとつい彼と重ねてしまう。

 二人が他人同士とはとても思えなかった。

 イヴン枢機卿の眉が跳ね上がり、アグラダはカップを口に当てたまま渋い顔をする。

 ムスタファ司祭とフェデリコ大司教はのんびりと紅茶とケーキをほおばっている。

 イヴンとアグラダの間に漂う不穏な空気を、リシェンは敏感に感じ取った。


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