三章十九話目
リシェンは迷っていた。
――本当に、こんな人に着いて行ってよかったのかしら?
空船に揺られている数時間の間、終始リシェンの心は落ち着かなかった。
リシェンが生まれて初めて乗る空船に緊張していたこともあるのだろう。
鼻歌交じりに空船を運転する自称ラスティエ教国の教皇という男性は、リシェンから見たら信用の置けないような印象を受けたのだ。
――つかみどころがないというのか、心の内が読めないというのか。
リシェンは空船の座席でまんじりともせずに男性の一挙一動に目を光らせていた。
「こんなぼろ船ですまないねえ」
男性はリシェンの視線を受けて、苦笑いをしながら答える。
――ぼろ船? この船がぼろ船ですって?
思わずリシェンは自分の座っている座席の周りを見回す。
その空船はぼろ船とは程遠いもののようだった。
よく磨かれた床や天井、座り心地の良い座席、床に敷かれた高そうな絨毯、あちこちに取り付けられた調度品はどれもよく手入れされていて、とても高そうだ。
それらの豪華な調度品に囲まれて、リシェンは居心地が悪かった。
――この船がぼろ船なら、わたしの住んでいた家は犬小屋じゃないの!
喉まで出かかった言葉を、リシェンはかろうじて飲み込む。
軽く頭を振る。
村を出る前に勉強した、ローラシア大陸の国々の文化について思い出す。
――そ、そもそも、文化が違うのよ。き、きっと、この人の住んでいるところは、ものすごく豊かな国で、これがぼろ船と仮に呼ばれていて、本当にいい船はきっと黄金で出来た船とかで。
異文化に接することで、そこに不都合が出てくることがあるかもしれない、という兄エトスの言葉を思い出す。
――こ、これは、そう。異文化コミュニケーションというやつなのよ。
無理矢理理由をつけて納得しようとする。
悩んでいるリシェンを、男性は振り返る。
「もし暇だったら、部屋を出て船内を自由に見てもらってもいいよ。図書室もあるから、君たちの使う言語、古代ノウル語で書かれた本もあると思うから、読んで時間をつぶすといいよ」
そう男性に言われたが、リシェンは慌てて首を横に振る。
「い、いえ、おかまいなく」
今のリシェンのやるべきことは、この男性を見張ることで、少しでも怪しい言動をしたら、すぐにでもサライとともに脱出するつもりでいた。
リシェンは深緑の瞳で食い入るように男性を見つめている。
「そんなに見つめられると、照れるなあ」
男性は再び振り返り、恥ずかしそうに笑う。
「君は、わたしの初恋の女性に似ているからね。君がわたしを好いてくれているのなら、お付き合いしてもらいたいくらいだけれど」
レインと同じ顔で言われ、リシェンはどきりとする。
「い、いえ、遠慮しておきます」
リシェンの方が赤面する。
即答したリシェンに、男性はやや落胆した様子だった。
「そうだよねえ。やっぱり、こんな爺よりも若い子の方がいいよねえ」
「い、いえ、そういう訳ではなくて」
相手を傷つけてしまったと思ったリシェンは、何とか慰めようとする。
「べ、別に、若い人がいいという訳ではなくて。あなたも十分素敵だと思いますが、わたしはそういったお付き合いとかに興味がないだけで」
赤面しながらしどろもどろに言い訳する。
男性は首を傾げる。
「じゃあ、竜の民だから、人間の異性よりも竜の相手の方がいいのかな」
「竜の民だから、特別な意味で竜が好きという訳ではないのですが」
「じゃあ、別に好きな相手がいるとか。そう言えば、わたしと初めて会ったとき、ずいぶんと驚いた顔をしていたね。その好意を寄せている相手と言うのは、もしかしてレイ」
「違います!」
男性が言いかけたところに、すかさずリシェンが怒鳴る。
座席から立ち上がり、運転席へと近寄ると、男性の胸倉をつかむ。
「ち、違います。断じて、違います。わ、わたしは別に、レインのことは何とも思ってなくて。でも、守り手となる相手ですから、興味がないわけではなくて。ど、どんな人なのか、くらいは興味があって」
顔を真っ赤にして、男性の胸倉をつかんで揺さぶる。
男性は揺さぶられながら訴える。
「わ、わかったよ。若い子をからかおうとした、この爺が悪かった。だ、だから、もうやめて」
リシェンははっとして、男性の服を放す。
「ご、ごめんなさい」
恥ずかしさに顔を赤らめる。
男性はつかまれた服を直し、肩をすくめる。
「いやあ、こんな美人な子を前にしたら、ジュリアーニじゃなくても、つい口説きたくなっちゃうよね。ちなみにさっきの話、もし君がその気になったら、こちらはいつでもお付き合いするから」




