三章十九話目
「僕の持つ?」
イヴン先生はもう辺りを見回し、声をひそめてつぶやく。
「もうあのアンリと言う男から大体の事情は聞いていると思う。今更隠し立てするつもりもないのだが、そのリタ・ミラの種は世界に数百個しかないものでな。木の一部とともにその種をいくつか我が神学校で預かることになった。恐らくイラソ国のスパイはその情報を聞きつけたのだと思う」
そう言って、イヴン先生はレインを指さす。
「他の種は別の場所に隠したが、そのうちの一つはお前の体の中にある。リタ・ミラの木は種の宿主をお前に選んだのだ。理由はわからないが、お前の中に種があるのがその証拠だ。竜の民の伝承では、親木は自ら種を宿す人間を見つける。その人間が種を育てるのに相応しいか否か。そして種を宿すのも十代の少年少女に限られるらしい。そしてその種を宿した者は、強力な法力を身に宿すことになるとも」
レインは黙ってイヴン先生の話を聞いている。
レインは頭が悪い方ではなかったが、一度にイヴン先生にいろんなことを話されて、思考の整理が追いつかない。
頭の中で考えがまとまらないまま、ぐるぐると巡っている。
「その法力の強力さは、国のトップの法術師の法力を遥かに上回るほどだ。小さな国を揺るがすほど強力だと言われている。だからイラソ国は、いや聖イストア皇国はその種を喉から手が出るほど欲しがっている。そのスパイはいずれお前の命を狙ってくるだろう。リタ・ミラの種をお前の体内から取り出し、自分の国に持ち帰るだろう」
レインはごくりと息を飲み込む。
かろうじて答える。
「そ、それは、つまり」
――僕がそのスパイに殺されるかもしれない、と言うことですか?
しかも自分は殺された後に、その死体を暴かれ、体のどこかにあるリタ・ミラの種を抜き取られるのだ。
想像するだけで気持ちが悪くなる。
レインはうつむき、口を押える。
「大丈夫か?」
イヴン先生が気遣うように聞いてくる。
レインは青い目でイヴン先生を見る。
「は、はい、大丈夫です」
レインは気丈に笑おうとして、笑えなかった。
腹の底から何かが込み上げてくるような気持ち悪さを感じる。
レインは体を折り曲げ、石畳にへたり込む。
しかし胃液の代わりに口をついたのは、たどたどしい言葉だった。
「どうしてにんげんは、せっかくめをだすことができたぼくを、またほじくりかえそうとするんだろう。ひかりもみずもあるちょうどいいなえどこをうばおうとするんだろう。ぼくだってれいんのからだがきにいってるのにさ。きにいっていなかったら、そもそもちからをかしたりもしないのにさ。いまほじくりかえされたら、ぼくはすぐにでもかれてしまうのに」
レインは口をついて出た、自分の言葉を信じられなかった。
それはそばにいたイヴン先生も同じだったらしい。
大きく目を見開き、レインを信じられないといったような顔で見つめている。
「それは、どういうことだ? それは、まさか、リタ・ミラの種の声なのか?」
イヴン先生はまじまじとレインを見つめ、かすれた声でつぶやく。
レインは困惑する。
これは自分の言葉ではない。
列車の時と同じように、何者かがレインの頭に語りかけた言葉だ。
今回はそれがつい口をついて出たのだ。
その何者かはレインの口を使って話し続ける。
「そうだよ。ぼくはあなたたちがりた・みらのたねといっているものさ。ぼくはかあさんのみちびきで、れいんのからだにやどった。ぼくたちきょうだいのやどったにんげんは、だれもがとうさんとかあさんがそうだんして、ぼくたちきょうだいのことをおもってきめてくれたものだ。それをにんげんのかってなつごうでほじくりかえされたり、うえかえられたりされたらたまらないよ。にんげんはすぐにじぶんのつごうで、ぼくらをりようしようとするけれど、ぼくはそんなこをゆるしはしない。そんなことをすればぼくたちはかれてしまうし、ほかのきょうだいはしらないけれど、ぼくはそんなことをしたにんげんたちなんかにぜったいにちからはかさないから」
レインは自分の口にした言葉を信じられない気持ちで聞いていた。
うれしいような、悲しいような、そんな気持ちでレインは聞いていた。
「ありがとう」
レインは声の主、自分の体の中にあるリタ・ミラの種に向かって礼を言う。
リタ・ミラの種の言葉を聞いていたら、気持ちが楽になったような気がする。
レインは青い目を細める。
「ありがとう、僕も君が大樹になれるように頑張るよ」
十年と言う月日は今のレインにとっては途方もなく長く感じられたが、千年近く生きるリタ・ミラの種にとってはほんのまばたきするほどの月日なのだろう。
北方群島の辺境伯のところで庭師見習いとして働いてきたレインにとって、木の種を育てるのに抵抗はないが、ただ普通の樹木と違って、どう育てればいいのかはこれからよく調べなくてはならない。
何分種は自分の中にあるのだ。




