三章十八話目
レインはベアトリクスの体にしっかりつかまりながら慌てる。
二人の乗っている乗り物は地面からほんの少し浮かび上がる。
エンジンの静かな駆動音が聞こえてくる。
恐らくは周囲の法力を動力としているのだろう。
周囲に風が巻き起こり、土煙が舞い上がり、木々の葉がざわざわと揺れる。
レインの見ている前で徐々に進む速度が速くなり、庭の生け垣の高さを越え、ついには建物の屋根の高さに浮かび上がる。
上空まで来ると顔の横をごうごうと音を立てて風が流れていく。
山の端にかかった夕日がレインの顔を照らす。
レインは声こそ上げなかったが、眼下を、ユキエばあさんの家を振り返る。
ベアトリクスとレインの乗る乗り物は家の屋根を遥かに飛び越える高さまで来ていた。
「うわあ」
レインは口をぽかんと開け、青い目を見開く。
眼下を見下ろすと夕日に照らされた黄金色の麦畑が見える。
道を歩く人や、荷車を引くロバやその御者が小さく見える。
人々の家に明かりが灯り、屋根の煙突から夕食の支度をする煙があちこちから立ち上っている。
昼間にレインが馬車に乗ってやってきた畑や道が遥か下に見える。
「レインさんは、こういった乗り物に乗るのは初めて?」
前に乗るベアトリクスが尋ねる。
「え? はい、初めてです」
レインは素直に答える。
神学校に入学してから法術の授業で空を飛ぶ練習はしても、こういった乗り物に乗るのは初めてだった。
空を走る列車に乗ったのだって、今回が初めてだった。
「そう。なら、驚くのも無理もないかもね」
ベアトリクスは声を立てて笑っている。
「あなたは大丈夫だと思うけれど、景色に見とれて手を離さないようにくれぐれも気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
レインはベアトリクスにしっかりとつかまり、空から山の端に沈む夕日や、茜色に照らされた家々を見下ろしている。
ベアトリクスはわずかに目を伏せて憂いを含んだ目でレインを見つめている。
その目には深い悲しみの色がある。
ベアトリクスはすぐに前に顔を戻し、ハンドルを握りなおす。
「スピードを上げるので、しっかりつかまっていて下さいね」
そう言って、スピードを上げた。
それから五分と経たずして、目的の集合場所に到着した。
集合場所には既に神学校の先生や生徒たちが集まっていたが、空から降りてくるベアトリクスとレインを見て、一様に驚いた顔をした。
集合場所である広場の片隅に降りる。
地面に降り立つなり、レインは振り返りベアトリクスに頭を下げる。
「本当にありがとうございました、ベアトリクスさん」
ベアトリクスは笑って応じる。
「礼には及ばないわ。うちのアンリのせいで集合時間に間に合わなかったら、大問題だからね。間に合ってよかったわ」
イヴン先生を見て見ぬふりをしているが、先生や生徒たちは好奇な目でレインとベアトリクスを見つめている。
「私はアンリを迎えに行かなきゃいけないから。じゃあまたね」
ベアトリクスはそういって、わずかに夕日の光の残った空に再び飛び立った。
「さよなら。お気を付けて」
レインはベアトリクスの姿が見えなくなるまで手を振って見送っていた。
ベアトリクスの姿が建物の影に隠れて見えなくなると、レインは集合場所の広場を振り返った。
振り返ったレインは思わず硬直する。
先生をはじめ、大勢の生徒たちがじっとレインを見つめている。
「え? あの」
レインは小さくなる。
生徒たちの中からリャンが飛び出し駆け寄ってくる。
「なあなあ、あの女の人は誰なんだ? それに見たことないけどあの空飛ぶ機械は一体なんなんだろうな。首都で流行ってる最新式の小型の空船かな?」
矢継ぎ早に質問する。
すぐそばに苦笑いを浮かべるオルグもいる。
「レインは、色んな知り合いがいるんだね。見知らぬ男の人に、空船に乗った女の人。レインが今度会うのはどんな人なのかな?」
そこへ集まる生徒たちを押しのけて、イヴン先生が大股で歩いてくる。
「レイン・アマナギ!」
怖い形相で近付いてくるイヴン先生に、レインは委縮する。
「は、はい!」
反射的に返事をする。
イヴン先生はレインの前で立ち止まると、鋭い目付きでにらみつける。
「確かに学校への空船の通学は認めているが、小型の空船の二人乗りは認めていないぞ!」




