三章十七話目
「いくらですか?」
ユキエばあさんに金額を尋ねる。
するとベアトリクスはその金額に驚いたようだった。
「アンリ、あなた、いったいどれほど飲み食いしたんですか」
「そんなに食べてないよ~」
アンリはにこにこと笑っている。
「す、すみません。僕が食べました」
レインは黙っていられず、正直に手を上げる。
するとベアトリクスの口調が途端に和らぐ。
「レインさんはいいんですよ。成長期ですからね。どうぞたくさん食べて下さい」
次いでアンリの方を見る。
「あなたはそろそろ中年太りが気になると常々言っていたではないですか。自分の体調くらい自分で管理してくださいね。あんまり重くなるとイサクがあなたを乗せるのを嫌がりますよ?」
溜息一つ、ベアトリクスは財布を取り出し、ユキエばあさんに勘定を払う。
「あなたには今までのことを後できっちり説明してもらいますから」
アンリの首根っこをつかみ、引きずっていく。
「ユキエばあさん、ごちそうさまです」
「また来てちょうだい」
ユキエばあさんは笑顔でレイン達に手を振る。
レインはユキエばあさんに頭を下げて、店の戸口を出て行った。
外に出ると、庭の木々が橙色に色づいていた。
西の地平線近くに真っ赤な太陽がかかり、遠くの小麦畑が茜色に染まっている。
「レインさん、確かジョゼ神学校の社会見学でこの街に来てるのですよね? 時間は大丈夫なのですか?」
「あっ!」
ベアトリクスの問いに、レインは声を上げる。
制服のポケットから懐中時計を取り出す。
「も、もうこんな時間だ。集合時間は四時半のはずなのに」
現在時計の針が差している時間は四時十五分、集合まで後十五分しかない。
ベアトリクスに引きずられているアンリが気楽そうに話す。
「大丈夫だよ。お優しいイヴン先生がいるから。きっと何とかしてくれるよ」
ベアトリクスは厳しい顔でアンリを振り返る。
「イヴン大司祭も、そこまであなたの尻拭いは出来ないと思いますよ」
ベアトリクスはしばらく考える素振りをして、アンリの首根っこを放す。
「仕方がありません。レインさんは私が送っていきますから、あなたはヒサクに乗って合流場所まで行ってください」
ベアトリクスはアンリに指示し、うやうやしくレインへと頭を下げる。
「レインさん、どうぞこちらへ」
「あ、ありがとうございます」
人に丁寧に接してもらうことに慣れていないレインは、戸惑いながらベアトリクスについていく。
そして今更ながら、知らない人にはついて行かないように、という学校の先生の言いつけを思い出した。
ベアトリクスについて庭の生け垣のところまで行く。
庭の緑の生け垣の外には、ベアトリクスの乗って来たらしい小さな乗り物が置いてあった。一見したところ形は自転車によく似ていたが、エンジンや翼など複雑な機械が取り付けられているようだった。レインはその構造をしげしげと眺めている。
見慣れない機械に、レインはベアトリクスに尋ねる。
「あの、これは?」
ベアトリクスはこともなげに答える。
「小型の空船です。まだ一般には出回っていない試作品なんですよ」
少し誇らしそうに答える。
「レインさん、ちょっと離れててください。今組み立てますから」
そう言って、ベアトリクスは小さく折りたたまれていた翼を広げる。
すると翼は道幅いっぱいに広がる。
ベアトリクスが胸元から赤い宝石のついた鍵を取り出し、エンジンの穴の部分にはめ込む。
するとエンジンが動き、辺りに風が巻き起こる。
ベアトリクスは座席に座り、ハンドルをつかむ。
「レインさん、私の後ろの席に座ってください」
促されるままにレインはベアトリクスの後ろに座る。
「私の体にしっかりつかまっていて下さい」
ベアトリクスはレインの腕をつかみ、腰に回させる。
レインは困った顔で前に座るベアトリクスをうかがう。
「ほら、早くしないと集合時間に遅れてしまいますよ。私はこう見えて、あなたくらいの娘がいますから、しっかり抱きついてもらっても全然気にしませんよ」
そう言われて、レインはしっかりとベアトリクスの腰に抱き着く。
「行きますよ」
ベアトリクスはハンドルを上に倒す。
すると下から強い風が翼を押し上げ、二人の体が宙に浮かぶ。
「わ、わわっ」




