三章四話目
すぐそばから声がかけられる。
リシェンが声のした方をふり仰ぐと、上空に小型の空船が一隻浮かんでいた。
その小型の空船に操縦者の男と、もう一人青い聖衣をまとった人物が杖を手に立っていた。
その服装から、ラスティエ教国の聖職者だと思われるその人物は、リシェンとサライを見下ろしてにやにやと笑っている。
「あなたは、誰?」
リシェンは怪訝な顔でその青い聖衣の人物を見上げる。
その人物は大仰に肩をすくめる。
「おや、失礼。まだ名乗ってもいませんでしたね、竜の民のお嬢さん」
男とも女ともつかない人物は、黄金の杖でこつこつと小型の空船の床を叩く。
「私はブルゴス家のフェデリコ。人は私を、空船落としのフェデリコ、と呼びますかねえ。ラスティエ教国では大司教の任に就いております」
フェデリコはにっこりと笑う。
黄金の杖をリシェンへと向ける。
「さて、私は名乗りましたよ。次はあなたの名前を教えてもらいましょうか、竜の民のお嬢さん?」
リシェンは杖の先端をこちらに向けられ、びくりと肩を震わせる。
何となくフェデリコから嫌な予感しかしない。
白竜のサライも緊張して、低いうなり声を上げている。
「わたしは、リシェン」
深緑の目をフェデリコの周囲に向けながら、言葉を選ぶ。
「リシェン・ブラダマンテ。わたしはある人を探して、この大陸にやってきました」
「ふうん、リシェン、ねえ」
フェデリコは小型の空船の上からじろじろとリシェンの姿を眺める。
「そう言えば、あなたと同じような白い竜に乗ったあの男も竜の民でしたね」
――白い竜?
リシェンはその人物の言葉に反応する。
「父のことを知っているのですか?」
またがっていた白竜のサライが辺りの空気を震わせるような甲高い声を上げる。
それにはその背にまたがっていたリシェンが驚いてしまう。
「サライ?」
リシェンは手綱を握りしめ、サライをなだめようとしたがうまくいかなかった。
サライは大きく翼をはばたかせ、フェデリコに迫っていく。
「駄目、サライ!」
甲高い声を上げながら、フェデリコの乗っている小型の空船に体当たりしようとする。
小型の空船に乗っている操縦者が向かってくるサライに恐れおののく。
フェデリコはわずかに肩をすくめる。
「やれやれ、つくづく私は竜に好かれない性質のようですね」
手に持っていた黄金の杖の先をサライとリシェンに向ける。
「天空神ラスティエよ。この愚かなる者たちに天の雷を」
黄金の杖が白い光を帯び、杖のあちこちにはめ込まれた宝石が輝く。
フェデリコの持っていた黄金の杖の先端から、白い雷が走る。
その白い雷は放たれた矢のように、一瞬でサライの体を通り抜ける。
その轟音と衝撃がリシェンの耳にも届く。
目の前で光が散ったようだった。
サライの翼が力をなくし、その巨体がぐらりと傾く。
サライとリシェンは真っ逆さまに落ちていく。
フェデリコは小型の空船の上から見下ろし、つぶやいた。
「これでも手加減はしたつもりだったのですが。それにしてもあの男、一人で空賊の船を連れてくると言ったくせに、遅いですねえ」
その言葉は落下するリシェンの耳には届かなかった。
リシェンは耳元を通り過ぎる風音を聞いていた。
サライと共に落下しながら、リシェンはかろうじて意識を保っていた。
フェデリコの放った雷は、サライの体を通り抜け、その意識を失わせた。
サライに乗っていたリシェンもただでは済まず、あの雷をくらってから体がまったく動かせない。
今のリシェンには、このまま落ちるにまかせ、地面に叩きつけられるのを待つしかなかった。
――サライ。
リシェンは一緒に落ちていく意識を失った白い竜の巨体を眺める。
――サライ、ごめんね。
声を出すことも、唇を動かすこともできなかったので、リシェンは悲しげな深緑の瞳でサライの巨体を見つめていることしかできなかった。
――ごめんね。
リシェンは竜に乗るための専用の服を着こんでいたので、雷に打たれた時に全身がマヒするだけで済んだが、まともに受けたサライはただでは済まなかった。
もしかしたら意識だけではなく、心臓の鼓動さえ止まってしまったかもしれない。
もしそうならば、早急に措置が必要だった。
リシェンの体が自由に動き、ここが地上であれば、あるいはサライの意識を取り戻すことが出来るかもしれないのに。
あの時、サライがフェデリコに襲い掛かるのをリシェンが止めることが出来ていれば。




