二章二十二話目
社会見学の目的地のその街にレイン達が着く頃には、既に神学校の生徒達は街の大聖堂の前に集合していた。
あの後レインは男に頼んで、社会見学の街まで白い竜で送ってもらった。
男は快く了承し、街のすぐ傍の林にレインを降ろしてくれたのだ。
レインが息を切らせて大聖堂の前にたどり着くと、生徒達の好奇な視線と、先生達の責めるような視線に同時にさらされる。
先程までも夢ともつかない不思議な気持ちはどこへやら。
レインは急に現実に引き戻されたようだった。
「レイン・アマナギ! お前、今までどこに行ってた!」
生徒指導のマムーク先生が眉をつり上げてレインを睨んでいる。
「す、すみません」
レインは強面のマムーク先生に頭を下げる。
「すまない、じゃ済まされないだろう! 学校の外に出たからと言って、遊びじゃないんだぞ? その年にもなって、そんなのでどうする!」
レインはひたすら頭を下げ続けている。
「すみません」
蚊の鳴くような声でささやく。
「あれって、誰?」
「ほら、あの鈴牙人の」
「あぁ、噂で聞いたことのある奴」
「どうしてあんな奴がこの学校にいるんだ?」
「鈴牙人なら、どこか他の学校に行けばいいだろ?」
生徒達の間からひそひそ話が聞こえてくる。
そのささやきがレインの背中に突き刺さる。
いくら神学校に入ってからずっと言われ続けてきたこととはいえ、なかなか慣れることは出来なかった。
――こんなことなら、もう少し待ってから、こっそりと戻れば良かったかな。
レインは頭を下げながら考える。
しかし少し待ってから戻っても、皆に迷惑を掛けるだけだと考え直し、その案を却下した。
「大体お前は普段から」
マムーク先生が拳を振り上げて、さらに怒鳴ろうとした時だった。
「ちょっとすみません」
すぐそばから声が上がる。
レインが顔を上げると、一人の男が立っていた。
「何だ、お前は?」
マムーク先生は不審そうな目で、男を見つめる。
レインもすぐには男が誰なのかわからなかった。
白い竜に乗っていた時は、顔をゴーグルで覆っていたからだ。
焦げ茶の短い髪に、深緑の瞳をした、がっちりした体格の男だった。
男は涼しげな笑みを浮かべる。
「そこの生徒を勝手に連れ出したのは、わたしです。何分空賊の船に追われていたので、周りのことにかまっている余裕はなかったんです」
そう言って、男は肩をすくめる。
「空賊の船だあ?」
マムーク先生は疑わしげに男を見つめている。
男の人を食ったような態度は変わらない。
涼しげな笑みも崩さない。
「申し遅れました。わたしはラスティエ教国の、アンリ・アザンクールと申します」
優雅に一礼する。
胸元から身分証らしきものを取り出し、マムーク先生に見せる。
するとマムーク先生の表情が一変する。
先ほどの堂々とした態度がまるで嘘のように、猫の前のネズミのように怯えている。
「そ、そんな偉い方が、うちの生徒に、な、何の御用で?」
マムーク先生の声は明らかに裏返っている。
しかし男は気にした様子もなく、その場にいた先生達を一瞥して、
「これはこれは、お久しぶりです、イヴン先生」
法術実技のイヴン先生に親しげに話しかける。
大股で歩み寄る。
イヴン先生は男を見て、見るからに嫌そうな顔をしたが、男は意に介さないようだった。
渋い顔のイヴン先生に男は涼しい顔で話しかける。
「今回のことは申し訳ありませんでした。彼、レイン君と言いましたっけ? あの少年を連れ出したのはわたしです。すべてはわたしに責任があります。つきましてはまだ空賊の連中が近くにいるかもしれません。彼らがわたし達を狙って、あなた方に危害を加えるとも限りません。そこでレイン君は今日一日わたしと行動を共にしていた方が安全だと思うのですが。いかがでしょう?」
男は申し訳なさそうに話す。
しかしレインの頭には別の声が響いてきた。
――あなたともあろう方なら、わたしの任務もご存知ですよね? 実は訳あって、あの生徒と二人で話がしたいのです。その理由も、彼のことも、あなたならもちろんご存知でしょう? なあに、今日一日でいいのです。学校にあの生徒を送っていきますので。連れ出す許可を、実質学校を管理しているあなたにいただけませんかねえ。




