二章二十話目
悲鳴を上げる間もなく、レインの体は強い風にあおられる。
着ている白い制服が風に膨らむ。
何もつかんでいなかったレインは、簡単に宙に放り出されてしまう。
「うわっ!」
レインは男の背に手を伸ばしたが、何もつかめなかった。
精一杯腕を伸ばしても届かず、体が風にあおられ白い竜から離れて行ってしまう。
それに気づいた男が、慌ててレインを振り返る。
「おい、君!」
男が腕を伸ばす。
しかしそれもレインには届かない。
白い竜から徐々に距離が離れていく。
――え? ちょ、ちょっと待って。
レインは必死に手足をばたつかせる。
水に泳ぐようにしてみたものの、距離は一向に縮まらない。
強い向かい風にあおられ、距離は離れるばかりだった。
絶望的な気持ちがレインの胸に広がっていく。
近くから空船のエンジン音が聞こえてくる。
レインは背後を振り返る。
すぐ間近に黒い空賊の船が迫っている。
このままいくと黒い空船に正面からぶつかりかねない。
レインは心の中で冷や汗を流す。
――いや、その前に狙撃されるかも。
自分の体が蜂の巣のように穴だらけになる姿を想像して、レインは身震いする。
――そんなの、冗談じゃない!
レインは必死に手足を動かしたが、空中で風の流れに逆らうことは出来ない。
強い風に押し流されてしまう。
「君、大丈夫か?」
白い竜が向きを変え、大きく羽ばたき、こちらに飛んでくるのが見える。
竜は見る間にレインに追いつく。
男がレインの腕をつかむ。
男はレインの体を竜の体に引き寄せる。
自分の後ろに座らせ、また向きを変える。
レインの腕をつかんだまま怒鳴る。
「君、しっかり捕まっていないと危ないじゃないか!」
レインはまだ助かったという実感がわかなかった。
青白い顔で震えている。
「す、すみません」
か細い声でかろうじて答える。
男を助けに来たつもりが、逆に助けられてしまった。
足手まといになってしまった。
――僕って、駄目だな。
レインはうなだれる。
唇を噛みしめ、青い目を伏せる。
このことのせいで、黒い空船に随分と距離を詰められてしまった。
黒い空賊の船が、すぐ間近に迫っている。
男は背後の黒い空船を振り返る。
溜息をついて、
「仕方がないな」
ぽつりとつぶやく。
上着の内側を探り、そこから緑色の小さな宝石を取り出す。
太陽の光を透かして、その宝石は輝いている。
「本当は使いたくなかったけれど。逃げ切るにはこれを使うしかないかな」
レインは目を丸くする。
「それは」
その緑色の透き通った宝石は、レインが持たされている青い宝石のような模造品ではなく、本物の宝石のように見えた。
宝石や金属は法術と相性が良く、法術を封じ、加工されて装飾品として一般的に売られている。
大体に置いて、そういった法術の封じられている宝石は値段が高く、宝石を儀式に使う聖職者か、一部の金持ちしか持っていないのが普通だった。
「エメラルド、ですか?」
レインは尋ねる。
男は笑って、
「これでも高かったんだよ。値段は、聞かない方がいいだろうね」
小さな緑色の宝石を握りしめる。
男が手の平を開くと、緑色の宝石がぼんやりと光を発している。
それを男は黒い空船向かって投げつける。
「そらっ、お前達の大好きな宝石だぞ!」
緑色の小さな宝石は、緑色の光を放ち、黒い空船に向かって飛んで行く。
小指の爪ほどしかない緑色の宝石は、すぐに青空に紛れ見えなくなった。
数瞬後、目もくらむような眩い緑色の光が、白い雲の間から放たれる。
それと同時に強い突風が吹き荒れ、辺りの雲を薙ぎ払う。




