二章十九話目
すかさずレインが突っ込む。
「いやいやいや、駄目に決まってるだろう?」
誰にともなくつぶやく。
すると前に座っている男が不思議そうに振り返る。
「何か言ったかい?」
レインは慌てて首を横に振る。
「いえ、何も」
それから少し考えて、男の背中に恐る恐る尋ねる。
「ええと、あの、リシェンのお父さん。あの空族の黒い船って、こちらから攻撃したら、やっぱり駄目なんですよね?」
「え?」
男は身じろぎする。
男の顔には明らかな動揺が浮かんでいる。
一体この少年は何を言っているんだ、とばかりに言いたそうな顔だった。
レインは風の音に負けないように話し続ける。
「例えばの話、ですけど。相手は空族ですし、強力な法術であの船を落としてしまえば、リシェンのお父さんも逃げるのが楽だと思うんですけど」
レインは男の顔色を窺う。
男は考える素振りをする。
レインの突拍子のない話に驚きつつも、真面目な顔で返してくる。
「う~ん、それはちょっと面白くない展開だねえ。空族、って奴は、仲間意識がとても強くてね。あの船を落としでもしたら、君もおれも一生空族から命を狙われる身になってしまうよ? 元々、おれがあの船の頭を怒らせるようなことをしたから、追われているのであって。君を巻き込んでしまった、そもそもの原因はおれだし」
「そうですか」
レインは溜息をつき、黙り込む。
頭の隅では、あの船を落とせば丸く収まるのではないかという考えも、なくもなかった。
男はレインを勢いよく振り返る。
「と言うか、君。もし、おれがいいと言ったら、あの空船を落っことすつもりなのかい? 君はいったいどんな強力な法力を持っているんだい? それとも最近の高校生は、空船を落っことす強力な法術を学校で習うのかい?」
男は驚いた口調で声を張り上げる。
レインは曖昧に笑う。
――そんな法術、学校で習うはずがないじゃないですか。
心の中で突っ込む。
「まさか。高校の授業でそんなこと習うはずがないじゃないですか。冗談で言っただけです」
肩をすくめる。
頭の片隅で、船を落っことしてもいいかも、と思ったことは、あえて口にしないで置いた。
それが鈴牙人が大切にする気遣いの習慣であることは、当のレインも自覚していなかった。
男は心底安堵したようだった。
「そうか。それは良かった。おれも出来ればことを穏便に済ませたいからね。あの空族の船を上手くまければいいんだけど」
男は背後に迫る黒い船をあごで示す。
つられてレインも後ろを振り返る。
黒い空族の船は、すぐ背後まで迫っている。
「要するに、逃げ切れればいいんですよね?」
レイン自身はあまり切迫した気持ちもなく、のんびりと考える。
列車から離れてから、いまいちこれが現実だという実感が沸かない。
まるで白昼夢を見ているかのようだ。
――白昼夢、白昼夢、か。
その言葉が妙に引っかかる。
レインの脳裏にぼんやりと学校の風景が浮かんでくる。
霧がかかった温室、壊れた錠、杖を持った司祭、制服の青い宝石、まばゆい稲妻、青いバラ、枯れた木の枝。
「そうだ!」
レインの頭が急にはっきりしてくる。
「ど、どうしたんだい?」
男が驚いた声を上げる。
レインは首元につけた青い宝石を握り締める。
「目くらまし、ですよ。あの船に強力な光を浴びせれば、目くらましになって逃げられるんじゃないですか?」
レインは男に詰め寄る。
男は困ったようにつぶやく。
「それは、いい考えだけれど。残念だけれど、おれは法術は苦手で、あまり頼りにしないでくれよ。そういう君は、目くらましの法術は使えるのかい?」
レインは自身を持ってうなずく。
「はい、この宝石には目くらましの法術が掛けられているので。あの船にこれを投げつければ」
男はちらとレインの握り締めている青い宝石に目を向ける。
「でも、それは本物の宝石ではないだろう? 船の目くらましになるほどの強力な法術は、込められていないと思うよ? と、そんなことを言ってる暇もないみたいだ」
白い竜が旋回し、レインの体が宙に浮かぶ。