二章十四話目
靴を脱ぎ、座席の上に座り込んでいる。
「早く雲海に出ないかな。おれ、列車が宙に浮いているところを見たいんだけど」
すかさずオルグが口を挟む。
「それはモド河を越えてからだよ。そこから大河を下って、雲海に出るんだ。もう三十分は掛かるんじゃないかな?」
リャンは口を尖らせる。
「ちぇー、つまらないの」
とても高校生同士の会話とは思えない。
それを言うなら、自分も珍しいものを前にして冷静でいられる自信はない。
――自分も同じ穴のムジナか。
レインは列車の中を見回す。
同じ車両に乗っている生徒達を見る。
見ると、男子学生達はそれぞれの席ではしゃぎ、女子学生達はおしゃべりに花を咲かせている。
――遠足ではしゃいでいるのは、みんな同じか。
レインは苦笑いを浮かべる。
列車内には、車内販売が回ってきて、生徒達はそれぞれお菓子や飲み物等を買っているようだった。
レインも一つ買うことにした。
車内販売の店員から、ナッツ入りのチョコレートをひと箱買う。
リャンとオルグは、アイスクリームと色とりどりの飴玉を買っていた。
三人でそれぞれお菓子を食べ、窓の外を眺めているうちに、モド河に差し掛かる。
深い青の水をたたえた大河が、陸橋の下をとうとうと流れている。
「おっ、いよいよだな」
リャンが興味津々と言った表情で、窓のガラスに顔をくっつける。
つられてレインも窓の外を見る。
リャンの視線の先を追うと、陸橋の先の線路が何もないところに続いている。
線路の下には崖があり、その先は白い雲海が続いている。
レインが見ている間に、列車の車輪が崖に差し掛かる。
宙に浮いている線路の上を通る。
――落ちる。
レインはどきりとする。
列車ががたんと揺れ、レインはわずかな浮遊感を感じる。
レインは反射的に目を閉じ、身を固くする。
しかしいくら待っても、列車が傾くことも、落ちることもないようだった。
車両内の生徒達は相変わらずおしゃべりを続けている。
――あれ?
レインはそうっと目を開ける。
窓の外の前の車両の車輪を見ると、ちゃんと宙に浮かぶ線路の上を走っている。
「不思議だな。いったいどうなってるんだ?」
窓にくっついているリャンが目を輝かせる。
すると座席にもたれていたオルグが声を立てて笑う。
「ははは、この列車は落ちはしないよ。レインも安心して」
眼鏡の奥の目が細められる。
今までずっとオルグに見られていたのかと思うと、少し恥ずかしくなる。
きっと列車が落ちるんじゃないかと、怖がっていたことまで、オルグにはすべてお見通しだろう。
するとリャンが座席にいるオルグを振り返る。
「なあなあ、オルグ。どういう原理で列車は宙に浮いているんだ? 頭のいいお前ならわかるだろう? 俺達にわかりやすく説明してくれよ」
その質問に、オルグは少し困った顔をする。
「ぼくも、どういう原理かは、よくわからないんだけど」
口ごもる。
「でもこの技術が、ラスティエ教国が誇る、最新技術だってことは聞いたことがあるよ」
「へええ」
リャンが感心したように声を上げる。
オルグは説明する。
「空船以外に、乗り物を空に浮かべる技術は、各国で研究が盛んなんだけど。いち早く、この技術を列車に応用したのは、ラスティエ教国が初めてなんだ。隣国のキエフ皇国でも、実用まであと一歩と言うところだったんだけどね。残念ながら実用の段階までは行かなかったんだ」
レインは黙ってオルグの説明を聞いている。
こういうことに関しては、オルグは妙に詳しい。
恐ろしいほど幅広い知識を持っている。
「ラスティエ教国の四名家が、鈴牙人の優秀な技術者を大勢引き抜いて、特別に開発させたという話を聞くよ。まあ、本当かどうかはわからないけれど」
鈴牙人、という言葉を聞いて、レインは急に胸が熱くなる。
国を失っても、差別されていても、なお世界中で活躍しているかと思うと、とてもうれしくなる。
――僕も、頑張らないとな。
同じ鈴牙人として、元気が出てくる。
レインは窓の外を眺める。