二章十三話目
それから特に何事もなく十日が過ぎた。
社会見学の一環として、学校の外に出る機会に恵まれた。
「その街の大聖堂には、かつて多神教を信仰したキリア人の石碑が残されています。市役所のそばに民俗資料館もありますので、お昼からはそちらにも足を伸ばしましょう」
レインのクラスの担任、ワン先生が駅のホームで集まった生徒達を前に話している。
その日は神学校の全学年がそれぞれ社会見学に出発する。
二学年の全クラスが、列車に一時間ほど揺られ隣の司教区にあるその街を目指すのだから、当然その列車は生徒達でいっぱいになる。
目的の街に着いたら大聖堂を見学し、お弁当を食べ、各自街のあちこちを巡る自由行動が許されている。
もちろんその街の歴史に関するレポートを提出する必要があるのだが、生徒達は何の関係もなくたまの自由を満喫する。
駅のホームでワン先生の話を聞いているレインは、憂鬱だった。
――また、社会見学の時期がやってきてしまった。
クラスの生徒達の浮かれようとは別に、レインは暗い顔をしている。
去年はまだこの行事のことを知らなかったので、憂鬱になりようがなかったが、今年はそうもいかない。
去年のことを思い出し、ますます憂鬱になる。
溜息をつく。
その理由は、社会見学の団体行動にあった。
ただでさえクラスで疎ましがられている鈴牙人のレインはと、行動を共にしようというものは誰もいない。
それが学年全体になると、さらに顕著になる。
普段は一緒につるんでいるオルグとリャンとは、この日ばかりは別行動を取る。
鈴牙人のレインと街を一緒に周ろうという者は誰もいなくなる。
――また、今年も一人か。
この時ばかりは、レインも自分が鈴牙人であることが嫌になる。
しかしそこは諦めの早いレインのことだ。
――まあ、仕方ないか。
開き直るのも早い。
事前に調べておいた街の名所をあれこれと思い浮かべる。
――一人の方が、誰にも邪魔されずにゆっくり回れるよね。最初はどこ回ろうかな? 大聖堂のロマスクス建築。キリア人からの伝統の飾り窓。水晶で造られたステンドグラス。キリア人の墓地も回ってみたいし。ローテム式庭園も見てみたいな。名物のチョナフも食べに行きたいし。
レインはその街名物のチョナフを思い浮かべる。
実際にはまだ食べたことがないが、ガイドブックによると、小麦粉で作ったぱりぱりの生地に、中には羊肉とひよこ豆、人参や玉ねぎ等がみじん切りになって入っている料理らしい。
香辛料でピリ辛に味付けされた、手軽に食べられる料理として観光客に人気の品らしい。
辛い物好きのレインとしては、ぜひとも食べてみたい料理だった。
売っている屋台によっては、辛さが調節できる店もあるらしい。
レインは今からその街に行ってチョナフを食べるのが楽しみになる。
――あぁ、チョナフ。どんな味なんだろう。楽しみだなあ。
そのことを思い浮かべると、口の中によだれが溜まる。
さきほどの暗い気持ちもどこへやら。
一転して、レインは明るい気持ちになる。
レイン達のいるホームに列車が近付いてくる。
最前列にいたワン先生が、ホームに入ってくる列車を見る。
「列車が来たようですね。みんな一列になって、降りる人の邪魔にならないように。降りる人がいなくなってから、乗り込みますよ」
生徒達はワン先生の指示に従う。
こう見えても、ワン先生は怖い。
一度怒らせると手が付けられなくなる。
レインは生徒達の後について、軽い足取りで列車に乗り込む。
「俺、窓際ね」
真っ先に乗り込んだリャンが窓際に座る。
「じゃあ、ぼくは通路側に」
そう言って、オルグはレインの隣に座る。
「すげーすげー、おい、動き出したぜ」
一人窓の外を見てはしゃぐリャンは、座席の上で飛んだり跳ねたりしている。
二人用の座席を一人で占領している。
「リャン、他の乗客の迷惑にならないようにね」
オルグがやんわりとたしなめる。
顔は笑っているが、有無を言わせぬ威圧感がある。
レインは窓際に座り、二人の様子を窺う。
オルグの対応は、レインと接する時と明らかに違っている。
――これって。
内心で冷や汗を流す。
ぼんやりと考える。
まるで猿回しの猿と、飼育員のようだ。
「わかってるって、オルグ」
リャンは上機嫌だ。




