二章十話目
リシェンを落ち着かせるために、反対に尋ねる。
レイン自身、何を言っているのか、何が聞きたいのか、よくわからなかった。
少し考える。
――七年前のことだから、よく覚えてないけど。男の人、だったかもしれない。
レインの問いに、リシェンは少し落ち着いたようだった。
リシェンはぱっとレインから離れる。
「ごめんなさい、取り乱してしまって」
胸の上に手を置いて、うなだれる。
「もしかしたら、十年前に出ていったわたしの父かもしれない、と思ってしまって」
――父?
リシェンのつぶやきに、レインは目を丸くする。
――白い竜に乗っていたのが、リシェンさんの父親、かもしれない、ということですか?
尋ねてから、レインははっとした。
聞いてはいけないことだったかもしれない、と考えた。
慌てて口を押える。
リシェンの様子を盗み見る。
――え、ええと。
リシェンは深緑色の瞳を伏せたまま、暗い顔でうつむいている。
その形の良い唇から、声を絞り出す。
「父は行方不明になる直前、白い竜に乗っていましたから。わたしは幼かったけれど、よくそれを覚えています。風の強い嵐のあの日、父は白い竜に乗って、隣の島の様子に行きました。隣の島の灯台守のおじいさんとおばあさんに、食料を届けに行ったきり、父は行方不明になったんです」
レインは青い瞳でリシェンを見つめている。
かける言葉もなく、沈痛な顔で黙り込んでいる。
リシェンは話し続ける。
「村の人達の話では、あの嵐に巻き込まれて、ここまで戻れなくなったんじゃないか、と。竜が翼を怪我して、飛べなくなったんじゃないか、と。わたしと兄と母は、十年経った今でも父の生存を信じていますから」
風が木々の葉をざわめかせ、リシェンの金の髪を揺らし、通り抜けていった。
リシェンのそばにいる白い竜は、気が付けば顎を地面につけ、目を閉じていた。
大きな寝息が聞こえてくる。
「あなたが会ったのがもし父ならば、父はどこかで生きているということです。この広い空の下、どこかにいるということです。きっと何らかの事情があって、村に帰って来られないのでしょう」
リシェンは顔を上げて、レインの顔を見る。
強い眼差しでレインを見つめる。
「リタ・ミラ様の御子を宿すあなたなら、あるいは父の行方が分かるかもしれません。リタ・ミラ様の御子を宿す者は、強力な力を得るという話ですから」
リシェンは少しばつが悪そうに、視線を彷徨わせる。
「こ、こんなことを、会ったばかりのあなたに頼むのも、申し訳ないのですが。他に頼める人がいないんです。村の人達は、父はもう死んでいて、帰って来ないと言っていますし。兄はラスティエ様の神官として、長老達の手前、勝手に力は使えないし。わたし自身、サライの背に乗って、探しに行ければ早いのだけれど。どこを探せばいいのか、わからないですし。つ、つまり」
話の流れから、レインはだんだん話がわかってきた。
つまり、リシェンはレインに父親を探して欲しいのだ。
レインは小さく頷く。
――リシェンさんは、父親を探してほしいと言うことですよね? いいですよ。
あっけないほどあっさりと承諾する。
「本当ですか?」
リシェンはレインに詰め寄る。
深緑の瞳が大きく見開かれる。
レインは黒髪をかく。
――僕にできることなら、喜んで、と言いたいところですが。力の使い方が、よく、わからないのですが。
照れたように笑う。
詰め寄るリシェンを見下ろす。
――良かったら、力の使い方を教えてもらえませんか? それと、リタ・ミラ様のことも色々と教えてもらいたいのですが。
リシェンは唖然としたように、目を丸くする。
口元に手を当てる。
くすくすと声を立てて笑う。
「レインは、変わった人ですね。会ったばかりのわたしに、父親を探して欲しいと頼まれても、驚かないなんて」
レインは困ったように頭をかく。
――うん、両親にも、よく言われます。僕はものに動じない、と。
リシェンは笑っている。
白い竜のサライは、寝息を立てて草原の上で寝入っている。
レインには、リシェンに鈴牙人と知られても、嫌われないのが何よりうれしかった。
たいていの人々は、レインが鈴牙人と知って、離れて行くのが普通なのに。
レインにとっては、リシェンの頼みを出来る限り叶えてあげたいと素直に思った。