二章十一話目
リシェンは笑うのを止め、深緑の瞳でレインを躊躇いがちに見つめる。
「本当に、わたしの父を探してくれるのですか?」
片方の手をサライの首に置いている。
その表情は固い。
今日会ったばかりのレインに対して、こんなことを頼んでいいのかという、慮と戸惑いがあるようだった。
レインは青い目を細める。
――うん。僕に出来るなら、ね。もし白い竜とお父さんを見つけたら、ええと、リタ・ミラ様の御子に頼めば、きっと何とかできると思うし。またリシェンさんに連絡を取れるようにします。
実際にはどうすればいいのか、レインにはさっぱりわからなかったが、まあ何とかなるだろう、という確信にも似た気持ちがあった。
そもそもレインが、このどこかわからない場所で、リシェンと会っているのさえ不思議なのだから。
「本当に、本当ですか?」
リシェンはまだ不安そうな顔で念を押す。
レインは苦笑する。
――本当に、本当だよ。鈴牙人の男は、一度した約束は破らないんですよ。
これはただ単にレインがお人好しのこともあるが。
鈴牙人であることはあまり関係がない。
それを聞いて、リシェンはようやく安心したらしい。
表情を緩め、花がほころぶような笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、レイン」
その両目はうっすらと涙がにじんでいる。
レインは照れくさそうに、黒髪を掻く。
――で、でも、僕も白い竜が空を飛んでいたら、その背中に男の人が乗っているかは確認できないし。それで、白い竜と男の人が別々にいたら、判断が尽きませんし。リシェンさんのお父さんは、具体的にはどんな人なのか、よかったら教えてくれませんか?
「父が、どんな人か、ですか?」
リシェンの眉間に皺が寄る。
難しい顔になって、考え込む素振りをする。
「わたしも、幼かったので、よく、覚えていないのですが。どんな人か、ですよね? 外見的特徴がわかればいいですか?」
レインは遠慮がちにうなずく。
――う、うん。できるだけ詳しく教えてくれるといいな。
「特徴、と言っても、普通の人ですけど」
リシェンは散々に首を捻る。
「髪は茶色で、瞳はわたしと同じ緑色で、背が高くて」
指を折りながら、順番に並びたてる。
「顔は、兄に似ていますね。あぁ、兄と言うのは、ラスティエ様の神官をしているのですが」
リシェンはきょろきょろと辺りを見回す。
大樹に目を留め、走り出す。
――え? り、リシェンさん?
大樹の方へと駆けていくリシェンの背中に、レインは慌てて声をかける。
リシェンは走りながら振り返る。
「レインはそこで待っていてください。兄がラスティエ様のすぐそばにいると思うので、すぐに連れて来ます」
言うが早いか、リシェンの背中が見る間に遠ざかっていく。
その走りは小鹿のようにすばしっこく、レインの足よりよっぽど早かった。
――はぁ。
一人取り残されたレインは、傍らで眠っている白い竜を振り返る。
リシェンの友達だと言う、竜のサライを観察する。
サライは、まるで白いトカゲを大きくしたようだった。
トカゲに羽を生やし、大きくすれば竜になるのかもしれない、とレインはふと考える。
レインは額に手を当て、軽く頭を振る。
何もかもわからないことだらけだったが、とりあえずリシェンに会えたので良いとしよう。
そう結論付けた。
レインは巨大な大樹を見上げる。
大樹は緑の葉を茂らせ、さわさわと風に揺れている。
小鳥がさえずる声も聞こえてくる。
隣で眠っている竜の寝息が、ごおごおと低いうなり声のようにも聞こえる。
レインの口からふうっと安堵の息がもれる。
まぶたが重くなる。
目の前の景色がぼやけてくる。
自然に下がってくるまぶたを押し上げ、レインは目をこする。
――だ、だめだ。寝ちゃいけない。
気を抜くと、立ったまますぐにでも眠ってしまいそうなほど眠い。
意識も朦朧としてくる。
――り、リシェンを待ってなきゃ、いけないのに。
足元がおぼつかなくなり、レインは支えを求めて手を伸ばす。
サライの背に置こうとした手は宙をかき、バランスを崩す。
とても立っていられなくなる。
レインは前のめりに草の上に倒れる。
周囲の景色がぐるぐると回って見える。
――リシェン。
レインは地面に倒れたまま、何とかして顔を上げようとした。
手を伸ばし、リシェンの消えていった先を見つめる。
抗いようのない強い眠気が襲い、レインはゆっくりと目を閉じる。
黒い幕が降りてくるように、視界はすぐに暗闇に塗りつぶされた。




