二章五話目
しかし樹木の中には、一万年を超えて生き続ける大樹もあるのだから、千年と言う月日は必ずしも木にとっては長いものではないだろう。
その年月を思うと、レイン一人の一生など、些細な月日でしかない。
大樹にとっては一瞬の出来事だろう。
レインは金の髪の女性を見る。
その端正な横顔に見とれる。
本当に、こっそりと、女性に聞き取られないほどの小さな声でつぶやく。
――僕が、こうして大樹の前にいて、リシェンさんのことを少しでも好きだと思うことも、大樹同士の千年に一度の恋に比べたら、どうせ大したことないんだろうな。
肩をすくめる。
どんどん自分が卑屈になっていくような気がする。
彼女と会うのも、これっきりだと思うと寂しく感じる。
「どうか、したのですか、レイン」
リシェンがこちらを振り返る。
深緑の瞳で、じっとレインを見つめる。
レインはどきりとして、大樹に視線を戻す。
――い、いいえ。リタ・ミラ様の御子を宿しているなんて、とても信じられなくって。そんなすごい現場に立ち会えるなんて、僕は何て幸運だと思って。
照れ隠しに、首の後ろをかく。
するとリシェンの表情が陰る。
悲しげにつぶやく。
「そうでも、ありませんよ」
――え?
レインは息を飲む。
リシェンの白い頬に金の髪が一筋落ちる。
その深緑の瞳には、深い憂いの色が見える。
「千年に一度、ラスティエ様とリタ・ミラ様の間に御子が生まれる年は、世界が戦乱に包まれる年と言われています。現に千年前、今のローラシア大陸は、地上のゴンドワナ大陸と離れ、天上へと上がりました。その原因は、地上での度重なる戦争、世界中に蔓延した疫病、度重なる自然災害、人間の環境破壊、だとも言われています」
急に重い話になってしまった。
レインは言葉を失う。
――ええと。
短い黒髪をかく。
確かに千年前、ラスティエ教の聖典には、大陸が空に上がったと書かれている。
その時に起こった神々や人同士の戦いがその原因だとも言われている。
――もしかして、鈴牙国が無くなったことも、関係しているのですか?
レインは問う。
リシェンは答えない。
ただ悲しそうな顔をして、うつむいている。
「そして、これから話すことは、あなたにも深く関係しています」
リシェンは顔を上げ、ひたとレインを見据える。
その視線が痛い。
――ええ?
レインは困り果ててしまう。
「まず、大体のところは、事前にリタ・ミラ様から聞いているでしょうが。御子を宿した以上は、その御子を無事に育てなくてはなりません。どうやって育てるのかなど、詳しいことは文献を当たってみないとわかりませんが。多くの者が、その御子を無事に育てることが出来なかった事実を伝えておかなければなりません」
レインは言葉を失う。
――無事に、育てられなかった?
リシェンは悲しげにレインを見つめている。
――ど、どうして、ですか? リタ・ミラ様の御子を育てるのは、そんなに難しいのですか?
リシェンは小さくうなずく。
「ええ」
深緑の目を伏せる。
レインは愕然とする。
普通の樹木の種子でも、育てるのが難しい種類はあるが、それだって土が合わなかったり、日光や水が足りなかったりと、様々なちゃんとした理由がある。
いくら育てるのが難しい樹木でも、庭師の腕によっては立派に育てることが出来る。
では、多くの人が種子を育てるのに失敗している原因は何だろう。
レインはその理由が知りたかった。
腰の横に置いた両の拳を握りしめる。
真っ直ぐにリシェンを見つめる。
――リシェンさん。リタ・ミラ様の御子を育てるのに、皆が失敗した理由は何なんですか? よかったら、その理由を教えてくれませんか?
二人の間を風が吹き抜ける。
風は、わずかな湿り気と、濃い緑の香りを含んでいる。
恐らくは、近くに森や湖があるのだろう。
レインは無意識のうちにそう考えた。
リシェンはふっと息を吐き出した。




