一章十九話目
どこかの木の枝をそのまま切って持ってきたような雑な植え方に、レインは眉をしかめる。
その枝には一枚の葉もなく、若い芽も生えていない。傍から見たら、ただの枯れ木として処分されてしまいそうな枝だった。
「リタ・ミラ様、これは?」
レインは尋ねる。
おもむろに土の上にしゃがみ込み、その枝に手で触れようとする。
『触るな!』
鋭いリタ・ミラの声が頭に響く。レインは伸ばしかけていた手を止め、驚いて顔を上げる。
『周囲に、法術の結界が張ってある。無暗に手を伸ばせば、地中に埋まっている魔水晶によって、法術が作動する仕組みだ』
レインはぱっと手を引っ込める。
『法術の威力は弱いが、小動物や害虫を感電死させるほどの威力はある』
――それは、人間でも十分通用するのでは?
青ざめながら、レインは立ち上がる。
どこからどうみてもただの枯れ枝だ。その枯れ枝が彼女にとってそれほど大事なのだろうか。
レインは首を傾げるばかりだった。
そこへリタ・ミラの声が響く。
『レインには、その枝を持ち出してほしい』
「へっ?」
レインは温室の天井をふり仰ぐ。
天井は聖堂の屋根のように丸く、ガラス張りになっている。そのガラスを通して、柔らかな朝の日差しが差し込んでいた。
レインは額に手を当て、ため息をつく。
「この枝に法術が施されている以上、僕には持ち出すどころか、手も触れられませんよ?」
声に険を含ませながら答える。
――一体、地母神リタ・ミラ様は僕に何をやらせようというのだろうか。
もちろん表立ってそんなことを考えれば、すぐにリタ・ミラに考えを読まれてしまうだろう。
レインは心の隅でひっそりとそんなことを考えた。
するとリタ・ミラの返事はすぐに返ってきた。
『大丈夫だ。鈴牙人で、庭師見習いのお前なら、何とかできる』
「はあ」
いまいち根拠のわからない彼女の励ましに、レインは気のない返事をする。
『私がここにいること。お前がこの温室の前を通りかかったこと。私の声が聞こえる時点で、お前はもう無関係ではいられないのだぞ』
「え?」
レインは口をあんぐりと開け、その場に立ち尽くす。
リタ・ミラのつぶやいた、無関係ではいられない、という言葉が何度も頭の中で繰り返される。
「えええええぇぇぇぇぇ!」
レインは頭を抱える。
「な、何ですかそれ! 声が聞こえた時点で、もう駄目なんですか? 無関係じゃいられない、ってどういう意味ですか? も、もしかして、もう元の生活に戻れない、とかですか?」
矢継ぎ早に彼女に質問する。
それにはさすがのリタ・ミラも動揺する。
『お、落ち着け、レイン』
「やっぱり、僕が鈴牙人の血を引いているのが駄目なんですか? 鈴牙人で生まれた時点で、人生終わってるってことですか?」
『だから、落ち着けって』
レインは涙目で騒ぎ立てる。
「こんなことなら、温室なんて見に来るんじゃなかった。オリヴィエ先生に怒られてもいいから、朝礼ぎりぎりの時刻に出しに行けばよかったんだ」
『落ち着け!』
鋭い彼女の叱咤に、レインは一瞬で黙り込む。
『お前、鈴牙人だろう? 私の知っている鈴牙人には、そんなやわな男はいなかったぞ! 土地が浮力を失い、国の存亡の危機にあっても、彼らは決して動じなかった。お前はその者達の子孫なんだろう? それならばもう少しシャキッとしろ!』
レインは青い目を見開き、呆然として立ちつくしている。
『わかったなら、返事は?』
慌てて地面の上に正座する。
「……はい」
まるで母親に叱られているような心地がして、レインは冷水を浴びせられたように大人しくなった。
『わかったなら、いい』
レインの頭に響く彼女の声には、まだ怒りの響きがあった。そのまま鼻でも鳴らしそうな雰囲気だった。
レインは土の上に正座をしたまま、恐る恐る口を開く。
「あの、リタ・ミラ様。差し障りがなければ、リタ・ミラ様のおっしゃった、声が聞こえたら無関係ではない、というところと、鈴牙人について、詳しく教えてくれませんか?」