一章十八話目
レインはゆっくりと目を開ける。
すると辺りの様子はすっかり様変わりしていた。
辺りの木々は黒く焼け焦げ、石造りのあちこちの壁にも黒い焼けた跡がついている。
地面に転がった木の幹は真っ二つに裂け、炎と煙を漂わせている。
地面には黒いローブをまとった男が二人、倒れていた。
もう一人の姿はすぐそばには見られない。
レインは痛む頭をさすり、かろうじて起き上がる。
それに先ほどの轟音。
レインは痛む頭で考えを巡らせる。
以前、法術実技の授業の時間に、イヴン先生が行った雷の法術を思い出す。
イヴン先生は大気中の静電気を集めて雷の法術を行ったが、もっと上級の法術の使い手になると天候を変化させて、意のままに操ることができるらしい。
イヴン先生は実際に弱い雷撃の法術を実演して見せた。
その時には、祈りの言葉を唱え、杖を掲げると、次の瞬間には落雷が轟いていた。
白い小規模な稲妻は、的の魔水晶に当たり、白い煙を立てた。
「本来ならば、雲を呼び、天候を操らなければならない法術だが。大気中の静電気を集め、収束させることにより、小規模な雷撃を生み出すことができる」
イヴン先生はそう説明していた。
レインはようやく納得がいった。
なるほど。先ほど男達がレインに対して使ったのが、その小規模な雷撃なのだろう。
そして、今リタ・ミラが使ったのが、天候を操り、天の雷を落とす大規模な法術。
――でも、まさか、そんな神の奇跡級の法術を、この目で見ることができるなんて。
レインは辺りの光景を見まわし、目を丸くする。
『レイン。早く今のうちに温室へと来い』
リタ・ミラの声に促されるまま、レインは元来た道を戻り、温室の前に立つ。
壊れている錠に一瞥をくれ、温室の扉に手を掛ける。
――鬼が出るか、蛇が出るか。
レインは古い鈴牙国の言葉を思い出す。
温室の扉に力を込め、勢いよく開け放った。
「あれ?」
温室の扉はあっけないほど容易く開き、室内の温かい風がレインの頬を撫でていく。
「え? ええっ?」
レインは温室内を見回す。温室の中は特に変わったところもなく、様々な植物が室内に植えられている。
ジョゼ神学校は辺りでも植物の研究に特に力を入れている。優秀な研究者を招き、研究を任せ、数々の成果を上げている。
レインがこの学校を希望した理由の一つには、そういった植物研究の業績があったからだ。
密かにレインも生徒ながら、その研究の手伝いが出来るのではないか、と少し期待したところがあった。
実際にはもちろん生徒などお呼びではなく、研究の手伝いどころか、研究室に近づくことさえ出来ない。
かく言うこの温室も、研究場所の一つだった。
レインは温室内を見回し、感嘆の声を上げる。
「すごい、すごいよ」
青い目を輝かせる。
温室内を少し歩くと、レインが図鑑でしか見たことのない珍しい植物が生えていて、赤や青や白い花をあちこちで咲かせている。
温室内は温かく、湿気が充満し、様々な花の匂いが漂っていたが、レインはそれさえも気にならなかった。
近くにあった薔薇の垣根に近づき、その青い花をしげしげと眺める。
「すごいよ。これ、栽培がものすごく難しい薔薇、ブルーホワイトだよ。それをこんなに元気に、大輪の花を咲かせることができるなんて」
目の前で咲き誇っている薔薇をつぶさに観察する。
「う~ん、やっぱり土壌の関係かな? それとも肥料? 温度、湿度、日当たりなのかなあ」
故郷の北方群島でも、一度辺境伯夫人がこの薔薇を育てようとして、失敗していた。
この薔薇は、専属の庭師でも育てるのが難しいものなのだ。
レインはその緑の葉や茎を見回し、あれこれとつぶやいている。
『おい、レイン』
大地母神リタ・ミラの低い声が頭に響く。
「え? あ、はい。す、すみません、リタ・ミラ様。つい」
レインは何もない空間に向かって頭を下げる。
他人が傍から見ていれば、きっと変な人だと思われてしまうことだろう。
しかし運のいいことに、温室に他には人はいない。
『こっちだ』
声に促されるままに、草木を掻き分け、温室の奥へと歩いていく。
『ここだ』
言われて、レインは立ち止まる。
温室の奥の、開けた場所に一本の枯れ木が植えてある。




