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第35話 剣聖レイヴァン

リゼルから南へ街道を進み、メルクに到着した五人は、まず冒険者ギルドへ向かった。掲示板には、周辺の魔物討伐や採取、護衛などの依頼がずらりと並んでいる。


「この辺りも結構仕事あるな」


ロディオが依頼書を眺めながら言った。


「しばらくは困らなさそうだな」


エイルも隣で掲示板を見る。メルディアは魔物討伐の依頼書に目を留めていた。


「私は討伐依頼がいい」


「新しい魔法を試したいんだろ?」


「うん」


ロディオが笑った。


「相変わらず分かりやすいな」


「ロディオも《疾駆》を試したがってたでしょ」


「まあな」


そんな二人を見ながら、ルシエラが口を開いた。


「そういえば、リューベルの異変についても聞いておきませんか?」


メルディアが顔を上げる。


「それは聞きたい」


「魔神復活の噂か」


エイルも、ベルハルトの神殿で聞いた古い伝承を思い出した。魔神が復活する前には世界の力が乱れ、人や魔物が普段とは違う力を発揮するようになるという話だ。


「ここでも同じことが起きているなら、知っておいた方がいいな」


五人は受付へ向かった。


◇


「魔神復活、ですか?」


受付の職員が聞き返した。


「はい。リューベルで変わったことが起きていたんです」


ルシエラが説明する。


「魔物の強さが急に変わったり、冒険者の魔法がいつもより強くなったりしていたそうで」


「それが魔神復活の前兆じゃないかって噂もあるんです」


メルディアが続けた。


「この辺りでは何か報告はありませんか?」


職員は少し考えた。


「いえ、そういった報告はありませんね。メルク周辺では、特に変わったことは起きていません」


「そうですか」


メルディアが頷く。ルシエラは少し安心した顔になった。


「よかった。どこでも起きているわけじゃないんですね」


「ただ、神魔大戦に関する話なら一つありますよ」


「神魔大戦?」


メルディアが反応した。


「ええ。グランデル山脈に、神魔大戦時代の遺跡があるという噂です」


「遺跡が?」


「アーデル方面から来た冒険者が話していたんです。ただ、実際にあるのかどうかまでは分かりません」


「その冒険者は、どこにあるか知っているんですか?」


「詳しいことは聞いていませんね。名前は分かりますけど」


職員がその名前を告げると、ロディオが顔を上げた。


「え、あいつ?」


「知り合いですか?」


ルシエラが聞く。


「ああ。アーデルの近くで知り合った奴だよ。昔から山の方にもよく行ってたな」


メルディアがすぐに聞いた。


「じゃあ、直接話を聞ける?」


「アーデルにいればな」


「行きたい」


「早いって」


ロディオが笑う。エイルは少し考えた。


「ロディオの故郷も近いんだろ? だったら次はアーデルでもいいんじゃないか」


「俺は構わないよ」


クラウスも頷いた。


「まず情報を聞いて、本当に遺跡があるのか確かめてから考えましょう」


「そうだな」


エイルが答える。メルディアも納得したようだった。


「じゃあ、次はアーデル」


「まだここの依頼も受けてないんだけどな」


ロディオがそう言った、まさにその時だった。


外から悲鳴が聞こえた。続いて、激しく鐘が鳴り始める。


「ワイバーンだ!」


ギルドの外で誰かが叫んだ。


「南門の方だ! ワイバーンが来たぞ!」


◇


五人が外へ出ると、町の南側の空に大きな影が見えた。広げた翼と長い尾を持つワイバーンが、町の上空を旋回していた。


「何でこんなところに……」


エイルが呟く。ロディオはすぐに周囲を確認した。


「門の近くに人がいる! あっちへ行こう!」


五人は南門へ向かって走った。門の近くでは、荷馬車を置いたまま逃げる人や、立ち尽くしている人がいた。エイルは大型盾を構え、逃げ遅れた人々の前へ出る。


「こっちへ! 建物の方へ逃げてください!」


クラウスとロディオも避難を手伝い始めた。メルディアは空を見上げる。


「あの高さだと魔法が届くか微妙」


「降りてきたら撃てるか?」


「撃てる。でも町の中だと危ない」


ワイバーンが大きく翼を動かした。南門へ向かって高度を下げ始める。ルシエラは逃げ惑う人々を見た。


「皆さん、気をつけてください!」


杖を掲げる。


「《光と闇の祝福》!」


周囲へ祝福が広がった。五人はいつものように強化を受け、避難誘導を続ける。


◇


南門の外。


一人の男が、空を見上げていた。両手にはそれぞれ一本ずつ剣を持っている。男はワイバーンの動きを見ながら、静かに構えた。その姿を見つけた兵士が、突然大声を上げた。


「あれはレイヴァンだ! 剣聖のレイヴァンだぞ!」


周囲がざわめいた。


「剣聖!?」


「本物か!?」


レイヴァンは周囲の声を気にすることなく、ワイバーンへ視線を向けた。敵はまだ空中にいる。普通に剣を振っても届かない。だが、飛ばす斬撃なら届く。レイヴァンはワイバーンとの距離を測った。高度を下げてきたところを狙えばいい。


ワイバーンが翼を広げた。レイヴァンは足を踏み込み、両手の剣を構える。そして、二本の剣を一気に振り抜いた。


その瞬間だった。


ゴォォンッ!!


凄まじい音が響いた。二本の剣から放たれた斬撃が、空気を引き裂いて飛んでいく。レイヴァンの目が見開かれた。


(……何だ!?)


斬撃は明らかに速く、しかも大きかった。普段の技とは比較にならないほどの勢いで、空を突き進んでいく。ワイバーンが回避しようと翼を動かした。予想よりもずっと速く身を捩る。


だが、斬撃の方が早かった。


ザンッ!!


二つの斬撃がワイバーンを切り裂いた。だが、そこで終わらなかった。斬撃は勢いを失わず、そのまま背後へ飛んでいく。


「……おい」


レイヴァンが思わず声を漏らした。斬撃の先には、町の南に広がる森があった。


次の瞬間。


ズバァァァンッ!!


森の木々が、横一線に切り裂かれた。何本もの太い幹が同時に断ち切られ、木々がゆっくりと傾き始める。


ズズズズ……。


ドドドドドッ!!


次々と木が倒れ、大きな土煙が立ち上った。その手前では、真っ二つにされたワイバーンが地面へ落下していた。周囲が静まり返った。レイヴァンは二本の剣を振り抜いた姿勢のまま、動かなかった。目の前には倒れたワイバーン。その向こうには、大きく切り開かれた森が広がっていた。


「…………は?」


ようやく声が出た。レイヴァンは自分の剣を見る。


右手の剣。


左手の剣。


どちらも、いつも使っているものだ。技も同じだった。ワイバーンを斬るつもりで放った、いつもの遠距離斬撃。


それなのに。


「いや、待て……」


レイヴァンは森を見た。


「何であそこまで届いてるんだ?」


剣を振る力加減を間違えたわけではない。あの距離でワイバーンを仕留めるつもりだった。斬撃は対象を切り裂いた後、普通ならそこから急速に威力を失うはずだった。しかし、今の斬撃は森まで飛び、木々をまとめて切断した。


「……そんな馬鹿な」


二本の剣を見直す。自分の腕を確かめるように動かしてみる。特に変わった感覚はない。だが、たった今放った一撃は明らかに異常だった。


「俺、こんな技を使った覚えはないぞ……」


レイヴァンは呆然と森を見つめた。その背後で、ようやく歓声が上がり始めた。


「す、すげえ!」


「ワイバーンを一撃で!」


「見たか!? 森まで斬ったぞ!」


「剣聖って、あんなことができるのか!?」


歓声は次第に大きくなっていった。だが、当のレイヴァンは少しも喜んでいなかった。


(何が起きた?)


剣を握り直す。まるで自分以外の誰かが放った斬撃を見せられたようだった。


「さすが剣聖だ!」


そんな声まで聞こえてくる。レイヴァンは、もう一度森を見た。今の一撃は、自分の知っている自分の技ではなかった。


◇


南門の内側では、エイルたちもその光景を見ていた。


「……すごいな」


エイルが呟く。ロディオは遠くの森を指さした。


「いや、すごいっていうか、あそこまで斬れるの!?」


「剣聖ですからね……」


ルシエラも驚いていた。


「ものすごく強い人なんですね」


メルディアは倒れた木々を眺めていた。


「遠距離斬撃が、あんな距離まで……」


エイルは南門の外へ目を向ける。二本の剣を持った男の周囲に、兵士や冒険者たちが集まり始めていた。


「あの人がレイヴァンか」


幼い頃、剣を持った英雄に憧れていた。目の前で見た一撃は、まさに物語に出てくる英雄の技だった。ロディオが横から聞く。


「エイルもガーディアンじゃなくて剣聖になればよかった?」


「選べるものじゃないだろ」


「まあ、そうだけど」


エイルは左腕の大型盾を見る。そして、避難していた人たちへ目を向けた。


「とりあえず、こっちは怪我人がいないか確認しよう」


「そうですね」


クラウスが頷いた。五人はそのまま周囲の人々の様子を確認し始めた。レイヴァンと直接話すことはなかった。


◇


その日のメルクは、ワイバーンの話でもちきりになった。


「剣聖レイヴァンが一撃で倒したらしいぞ」


「ワイバーンだけじゃない。後ろの森まで斬ったんだって」


「そんな技があるのか?」


「実際に見た奴が何人もいる」


噂は瞬く間に町へ広がった。そして、別の話も混じり始めた。


「そういえば、魔神復活の噂を聞いたか?」


「魔神復活?」


「世界の力が乱れて、人や魔物が突然強くなるって話だ」


「それがどうした?」


「今日の剣聖の技、普通じゃなかっただろ?」


「剣聖なんだから、あれくらいできるんじゃないのか?」


「いや、本人も驚いてたらしいぞ」


「……本人が?」


その話を聞き、黙り込む者もいた。


「グランデル山脈に古い遺跡があるって話も聞いたぞ」


「それと何の関係があるんだ?」


「知らんけど、神魔大戦の頃の遺跡だって」


「じゃあ、今日のワイバーンも何か関係あるのか?」


「だから知らんって」


別の男が口を挟む。


「でも、あの剣聖の技もおかしかったんだろ?」


「そりゃあな」


「だったら、本当に何か起きてるんじゃないか?」


答えられる者はいなかった。


◇


同じ頃。


メルクに潜伏していた魔王軍の密偵は、報告をまとめていた。グランデル山脈に、神魔大戦時代の遺跡が存在するという噂。情報はアーデル方面から流れてきたもの。


そして、メルクに滞在していた剣聖レイヴァン。ワイバーンを遠距離斬撃で撃破したこと。その斬撃が背後の森まで到達し、多数の木々を切断したこと。密偵も、その光景を自分の目で見ていた。


さらに、現地では魔神復活の前兆ではないかという噂が広まり始めている。密偵は、目撃した出来事と、確証のない噂を分けて記録した。剣聖の異常な攻撃が神魔大戦の遺跡と関係しているかどうかは分からない。


だが、どちらも魔王軍へ報告する価値があった。密偵は報告を送り、引き続きメルクでの情報収集に戻った。


◇


後日。


ドルガの魔王軍拠点。


ヴェルナーは各地から届いた報告を確認していた。その中に、メルクの密偵からのものがあった。


『グランデル山脈に、神魔大戦時代の遺跡が存在するとの噂あり』


ヴェルナーは目を留めた。ドルガでも神魔大戦時代の遺構が見つかっている。それが異常増幅の原因なのかは、まだ分かっていない。報告書の続きを読む。


『また、メルクにて剣聖レイヴァンがワイバーンを撃破』


『放たれた遠距離斬撃はワイバーンを切り裂き、その背後の森まで到達。多数の木々を切断した』


「……森まで?」


ヴェルナーはその部分を読み返した。剣聖が強力な職業であることは知っている。だが、ワイバーンを切り裂いた後、さらに遠くの森まで大規模に破壊したというのは、かなりの威力だ。


ドルガで起きた、ガルベルトの《ブラストフレア》による異常な破壊を思い出す。


「レイヴァン自身の力か、それとも……」


ヴェルナーは続きを読んだ。


『現地では、この現象を魔神復活の前兆と結びつける噂も発生』


「魔神復活……」


神魔大戦の遺跡。常識を超える斬撃。そして、魔神復活の噂。どれも気になる情報ではあった。しかし、今の段階では何一つ因果関係が確認されていない。ヴェルナーは別の書類を取り出した。ドルガの異常増幅に関する調査記録だ。


何度も試したが、異常は再現できなかった。神魔大戦の遺構があるだけで、必ず異常が起きるわけではない。だとすれば、グランデル山脈に同じ時代の遺跡があったとしても、それだけで答えにはならないだろう。


「まずは、遺跡が実在するかどうかだな」


ヴェルナーは報告書に印を付けた。同時に、剣聖レイヴァンの斬撃についても、別の調査事項として記録する。剣聖本人の能力によるものなのか。それとも、ドルガと似た何らかの現象なのか。今はまだ判断できない。


だが、ドルガ以外の場所で、これほど異常な威力の攻撃が目撃されたことは無視できなかった。ヴェルナーは報告書を閉じた。調査すべきことが、また一つ増えた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし作品を楽しんでいただけていましたら、ブックマーク登録や★評価をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


これからも『聖女は敵にもバフを掛ける』をよろしくお願いいたします。

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