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第30話 帰路

リューベルを出たのは、朝だった。


出発前にギルドへ寄り、前日の調査結果だけは聞いた。


三人の魔族の遺体は確認されたが、ミゼリアは見つからず、あの衝撃の原因も分からないままだった。


宿を引き払い、必要な食料を買い足し、五人はベルハルトへ続く街道を歩いていた。


しばらく進んだところで、ロディオが後ろを振り返る。


リューベルの町は、もうかなり小さくなっていた。


「結構長くいたな」


「そうだな」


エイルも振り返った。


来た時には、ダンジョンへ潜ることしか考えていなかった。それから何度も中へ入り、下層まで進み、妙に強い魔物と戦い、人間に化けた魔族に狙われた。最後には四天王まで出てきた。


ロディオが前へ向き直る。


「ベルハルト着いたら、すぐ神殿?」


「そのつもり」


エイルが答えた。


「せっかく転職できるようになったんだし」


ロディオが少し笑う。


「何になるんだろうな」


「まだ候補も見てない」


メルディアが言った。


「だから気になるんだって」


「ロディオは何がいいんですか?」


ルシエラが聞く。


「速いやつ」


「今でも十分速いと思いますけど」


クラウスが言う。


「もっと速い方が便利だろ」


メルディアが横を見る。


「また壁にぶつかる」


「ぶつからないよ」


「前に曲がりきれなかった」


「あれは最初だけ」


エイルが笑った。


「エイルは?」


ロディオが聞く。


「剣は使いたいかな」


「メルディアは聞かなくても分かる」


「何が?」


「魔法」


「うん」


「ほら」


クラウスが少し笑う。


「僕は候補を見てから考えます」


ルシエラが四人を見回した。


「皆さん、どんな職業になるんでしょうね」


その声は少し楽しそうだった。


ロディオがルシエラを見る。


「ルシエラは変わらないんだよな」


「はい」


ルシエラも自分の状態を確認する。


《光と闇の聖女》Lv43。


四人に出ていた上級職への表示は、自分にはない。


「私はこのままみたいです」


「特殊職だから」


メルディアが言う。


「最初から私たちと違う」


「そうですね」


ルシエラはそのまま頷いた。


それからしばらく歩いたところで、ロディオがまた口を開いた。


「昨日さ」


エイルが横を見る。


「何?」


「生きて帰ってこられただけで十分って思ってたけど」


ロディオは少し間を置いて続けた。


「強くなったら、次にあの四天王が来ても、今度は倒せるかな」


今度は誰もすぐには笑わなかった。


エイルが前を見たまま答える。


「倒せるくらいにはなりたいな」


クラウスが言う。


「できれば、次は会いたくありませんけどね」


「それは俺も」


ロディオがすぐに答えた。


メルディアは前を見たまま言う。


「でも、向こうからまた来る可能性はある」


「ああ」


エイルが頷く。


「だったら、今よりは強くなっておきたい」


ルシエラが自分の手首を見る。


「次は、中まで入られないといいんですけど」


ロディオも頷く。


「そこなんだよな」


エイルは何も言わず、少しだけ歩調を変えた。


メルディアが言う。


「転職して、どれくらい変わるかは見たい」


「俺も」


ロディオが答えた。


少し間が空いたあと、前を歩いていたロディオがふと首を傾げる。


「でも、あの人結局どこ行ったんだろ」


メルディアの目が少し動いた。


「まだ気になる?」


「そりゃ気になるだろ。目の前から消えたんだぞ」


「《風走》を使った直後だった」


「速すぎて見えなくなっただけとか?」


「それなら、どこかにはいるはず」


「遠くまで行ったとか」


「かもしれない」


メルディアは少し考える。


「でも、その直後にあの衝撃が来た」


ロディオも黙る。


ルシエラが胸元へ触れた。


「この石も、あの時光っていました」


その指先にあるのは、淡い緑色の石がついた《地護りのペンダント》だ。クラウスもそちらを見る。


「強い風や衝撃を受けた時には、前にも光っていましたね」


「じゃあ、あの衝撃に反応したんでしょうか」


ルシエラが聞く。


メルディアは少し考えた。


「それなら今までと同じ」


「ミゼリアが消えたこととは関係ない?」


ロディオが聞く。


「そこまでは繋がらない」


「うーん」


ロディオが頭を掻く。


「本人がいれば聞けるんだけどな」


エイルが横を見る。


「聞きに行くのか?」


「行かないよ」


即答だった。


クラウスが笑う。


「それがいいと思います」


ルシエラも頷いた。


「私もです」


五人はそのままベルハルトへ向かって歩き続けた。


◇


数日後、魔王都の魔王城。


廊下を歩いていた兵が、向こうから来る人影を見て足を止めた。


「……ミゼリア様?」


赤い短髪に、前方へ湾曲した二本の角。黒と赤の軽装も見覚えがある。見間違えるはずはなかった。


ただ、いつもの姿とはまるで違っていた。鎧は何か所も裂け、腕にも脚にも傷が残っている。脇腹には布が巻かれ、その周囲には乾いた血がこびりついていた。


兵が駆け寄る。


「その傷――」


「グラディオは?」


「執務室ですが、先に治療を」


「その前に話す」


「ですが」


「大丈夫」


ミゼリアが一歩進むと、身体がわずかに傾いた。壁へ手をつく姿を見て、兵の顔が引きつる。


「……たぶん」


「やっぱり先に治療を」


「歩けるから」


壁から手を離す。


「あと少しだし」


そのまま廊下を進んでいった。


◇


ミゼリアが執務室の扉を叩く。


「入れ」


声を受けて扉を開けた。


机に向かっていたグラディオが顔を上げる。


その視線が止まった。


「ただいま」


ミゼリアが言う。


グラディオは返事をせず、椅子を指した。


「座れ」


「あら。おかえりは?」


「座れ」


「はいはい」


ミゼリアは椅子へ向かう。


腰を下ろした瞬間、小さく息を吐いた。


グラディオが彼女を見る。


「何があった」


「西の方はちゃんと見てきたわよ」


「そっちは後でいい」


グラディオの視線が脇腹へ落ちる。


「その傷は何だ」


ミゼリアも自分の脇腹を見る。


「ちょっと変なのに引っかかった」


「変なの?」


「リューベルに若い冒険者が五人いたの」


グラディオは黙って続きを待つ。


「後方の様子を見るついでに、三人ほどつけて見させてた」


「何かあったのか」


「その中に聖女がいてね」


ミゼリアは背もたれへ身体を預ける。


「五人ともダンジョンの下層まで潜ってて、戦いにも慣れてたみたい。通った後もずいぶん派手だったって」


「それだけか」


「それだけなら私も行かなかったわよ」


ミゼリアは少し笑った。


「広い攻撃を受けても、五人がいたところだけ何ともなかったっていうの」


グラディオが僅かに眉を動かした。


「聖女の魔法か」


「三人はそう見たみたい」


ミゼリアが続ける。


「それで、もっと近くから見ようとした三人が正体を見破られた」


「幻装を?」


「うん」


ミゼリアの口元に少し笑みが戻る。


「面白い見破り方だったわよ。メイジの子が、何もない頭の上を避けて歩いたのに気づいて」


指で自分の角を示す。


「そのあとスカウトに糸を張られて、粉を落とされた」


グラディオが数秒黙る。


「それで角が出たか」


「そう」


「不用意だな」


「私もそう思う」


「お前が選んだんだろ」


「そこは言わないで」


グラディオは何も返さなかった。


ミゼリアが続ける。


「正体まで知られたし、その聖女も気になったから、今度は私も行った」


「戦闘は避けろと言ったな」


「覚えてる」


「なら何をしに行った」


「見に」


グラディオがミゼリアを見る。


「本当に?」


数秒置いて、ミゼリアが答えた。


「最初は」


グラディオはそれ以上聞かなかった。


ミゼリアが少し笑う。


「呼び出して、まず三人と戦わせてみたの」


「五人を?」


「そう」


「結果は」


「三人相手なら普通に戦えてた。でも、私から見ればそこまでじゃなかった」


ミゼリアは指先で椅子の肘掛けを軽く叩く。


「だから次は私がやった」


「それで?」


「やっぱり五人そのものは、私よりずっと弱かった」


「でも、聖女が《絶対防御領域》を使ったら、私の攻撃が通らなくなった」


ミゼリアの目に少しだけ興味が戻る。


「短剣も、水も、風も駄目」


ミゼリアは少し笑う。


「外から駄目なら中からならどうかと思って、入ってみた」


「入れたのか」


「普通に」


ミゼリアは自分の手を見る。


「中からやっても傷一つつかなかった。でも、聖女本人を掴んだら普通に動いた」


グラディオは一度だけ眉を寄せた。


「変わった技能だな」


「でしょう?」


ミゼリアが楽しそうに言う。


「だから、どこまで止められるのか見たくなった」


「それで今の傷か」


「そこはまだ」


ミゼリアは小さく笑った。


「水も風も全部出して、自分にも強化を重ねて、最後に《風走》も使った」


そこまで話したところで、ミゼリアの笑みが消える。


「踏み込む直前、聖女の胸元にあった緑色の石が光った」


「石?」


「首飾り。小さいやつ」


ミゼリアは自分の胸元を指した。


「光ったと思ったら、ものすごい衝撃が来た」


少し間が空く。


「そこから覚えてない」


グラディオは黙って聞いている。


「次に目を開けたら、知らない場所で倒れてた」


「どこだ」


「その時は分からなかった」


ミゼリアは少し目を細める。


「戻りながら地形を見て、やっと分かった。旧放牧地から二十キロくらい離れてた」


グラディオの眉が寄る。


「二十キロ?」


「うん。気づいた時にはそこ」


短い沈黙のあと、グラディオが言った。


「転移魔法か」


「でしょうね」


ミゼリアは自分の脇腹へ手を添える。


「ただ飛ばすだけじゃなくて、あの衝撃まで一緒に食らうようなやつだったみたいね」


「聖女か」


「そう思う」


ミゼリアは少し考える。


「でも、本人が使ったのか、あの首飾りだったのかまでは見てない。最後に光ったのがあれだったってだけ」


グラディオは一度頷いた。


ミゼリアは少し声を落として続けた。


「それで、旧放牧地まで戻った」


「三人とも死んでた」


その言葉で、部屋が静かになった。


「私が受けたのと似たような衝撃の跡も残ってた。あの魔法の余波でも食らったのかもしれない」


ミゼリアが少し視線を落とす。


「でも、それとは別に傷があった」


ミゼリアは顔を上げた。


「隊長は剣。もう一人は短剣。最後の一人は炎」


グラディオがミゼリアを見る。


「お前が飛ばされた後も戦ったか」


「そうでしょうね」


ミゼリアは小さく息を吐く。


「私はいなくなった。三人はあそこに残った。それで五人と続けて戦って、負けた」


グラディオはしばらく何も言わなかった。


「現場は調べたのか」


「少しだけ」


「少し?」


「リューベルの方から馬が何頭も来たの」


「人間か」


「たぶん調査隊。今の身体で会うのは嫌だったから、そこで離れた」


「ああ」


グラディオは短く答えた。


「それでいい」


ミゼリアが眉を上げる。


「そこは怒らないの?」


「なぜ怒る」


「逃げたから」


「その状態で人間と戦う方が問題だ」


「ああ」


ミゼリアが少し笑う。


「それもそうね」


しばらく沈黙が続いた。グラディオは今まで聞いた話を整理するように黙り込み、やがてミゼリアを見る。


「その五人で、気になるのは聖女か」


「今はね」


ミゼリアはすぐに答えた。


「ほかの四人も弱くはないけど、私がもう一回何も知らずに近づきたくないのは聖女の方」


「名前は」


「ルシエラ」


「そうか」


グラディオはそれだけ答えた。


ミゼリアが机の地図を見る。


「本来の方もちゃんと見てきたわよ」


「西か」


「そう。人も物も、大きな動きはなかった。細かいところは書いて出す」


「そうしろ」


ミゼリアが少し姿勢を変える。


その途端、脇腹に手が行った。


グラディオがそれを見る。


「三人を失った」


ミゼリアの表情から少し笑みが消える。


「うん」


「お前までその傷だ」


「……うん」


「そこまでして確かめる必要があったか」


ミゼリアはすぐには答えず、少し考えてから口を開いた。


「あの時は、見たかったのよ」


「結果は」


ミゼリアが自分の身体を見る。


「やりすぎたとは思ってる」


グラディオはそれ以上言わなかった。


グラディオが机の端にある呼び鈴を鳴らすと、少しして扉の外で足音が止まった。


「ロザリアを呼べ」


グラディオが告げる。


「ミゼリアを治療させる」


ミゼリアが顔を上げる。


「治療室でいいわよ」


「ロザリアに治してもらえ」


「そこまで?」


グラディオがミゼリアを見る。


「その状態で言うな」


ミゼリアも自分の身体を見る。


しばらくして、椅子へ深く座り直した。


「分かった」


少し間を置いて、ミゼリアが言った。


「ロザリア、怒るかな」


グラディオはもう机の書類へ視線を戻している。


「俺に聞くな」


ミゼリアは小さく息を吐いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし作品を楽しんでいただけていましたら、ブックマーク登録や★評価をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


これからも『聖女は敵にもバフを掛ける』をよろしくお願いいたします。

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