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第22話 小さな違和感

翌朝、五人は再びダンジョンへ入った。


昨日通った上層は、もう探索する場所というより通り道に近い。ロディオが先を見ながら進み、何度か魔物を避ける。戦っても時間のかからない相手ばかりだった。


中層へ入ってからもしばらくは昨日の道を使い、その先からまだ歩いていない通路へ入った。


少し進んだところで、ロディオが止まる。


「何かいる」


前方の暗がりから、重い足音が聞こえてきた。


ゆっくりと姿を現したものを見て、エイルの足が止まった。


四本脚。


分厚い外皮。


長い尾。


「……これ」


ルシエラも覚えていた。


「前のダンジョンにいた……」


アーマードレイク。


以前見た個体より多少小さく見える。


それでも、見間違えるはずのない姿だった。


ロディオが後ろを見る。


「戻る道は空いてる」


メルディアはアーマードレイクを見たまま言った。


「戦えると思う」


クラウスも少し考える。


「危なくなったら戻れます」


エイルが四人を見る。


「やってみる?」


全員が頷いた。


「《光と闇の祝福》!」


ルシエラの声と同時に、アーマードレイクが地面を蹴った。


速くはない。


だが、一歩が重い。


前脚が振り下ろされる。


エイルは正面から受けず、横へ避けた。


床が鳴る。


その横を抜けながら剣を振る。


刃が外皮を滑った。


「やっぱり硬い!」


前と同じ感触だった。


力を込めただけでは通らない。


アーマードレイクが向きを変える。


エイルも構え直す。


「《ブレイク》!」


剣を外皮へ叩き込んだ。


乾いた音。


表面に亀裂が入る。


「入った!」


その横からロディオが走り込む。


狙うのは外皮ではない。


前脚の付け根。


短剣を入れ、すぐ離れる。


アーマードレイクがロディオへ向く。


「メルディア!」


「見えてる」


《フレイムランス》。


炎の槍が、エイルの作った亀裂へ突き刺さった。


アーマードレイクが大きく身体を揺らす。


それでも倒れない。


首が持ち上がった。


喉の奥。


白い光。


エイルとロディオが同時に動いた。


「撃たせるな!」


ロディオが横から脚へ切り込む。


エイルも傷の入った側へ踏み込んだ。


アーマードレイクの身体が傾く。


放たれた光は五人から逸れ、頭上へ走った。


天井が砕ける。


石が落ちてきた。


ルシエラが反射的に上を見る。


「また天井が……!」


「今回は落とさないから!」


エイルが叫ぶ。


アーマードレイクが態勢を戻そうとする。


だが、ロディオが脚へ張りついている。


エイルがもう一度《ブレイク》。


外皮が大きく割れた。


「メルディア!」


二発目の《フレイムランス》。


炎が傷の奥へ入った。


アーマードレイクが崩れる。


それでも頭を持ち上げようとしたところへ、エイルが踏み込んだ。


剣を振り下ろす。


巨体が完全に床へ落ちた。


しばらく待つ。


動かない。


ロディオが近づき、短剣を下ろした。


「……倒した?」


メルディアが見ている。


「倒した」


五人の間に、少し遅れて息が戻った。


ルシエラが天井を見る。


今回は亀裂こそ入っているものの、崩れてはいない。


「今度は天井、落とさなくて済みましたね」


エイルが剣を拭きながら答える。


「それが普通だからな」


「前回がおかしかった」


メルディアが言った。


誰も否定しなかった。


◇


さらに奥へ進んだところで、今度は低い唸り声が複数聞こえた。


暗がりから現れたのは、細身の四足獣だった。


ケイブハウンド。


一体。


二体。


さらに後ろから出てくる。


「六」


ロディオが数える。


群れが一斉に走り出した。


正面には来ない。


二体がエイルへ向かい、残りが左右へ広がる。


「抜ける気だ!」


エイルが一体へ剣を振る。


避けられた。


追えば、反対側が後ろへ入る。


エイルは追わなかった。


剣を大きく引く。


「《薙ぎ払い》!」


広い軌道で振り抜く。


先頭の一体が飛び退く。


その後ろの二体も進路を変えた。


一瞬、六体の動きが詰まる。


「今!」


ロディオが横へ回る。


メルディアの火球が一体へ当たる。


エイルも前へ出た。


一度流れを止めてしまえば、六体を同時に相手にする必要はなかった。


横へ抜けようとする個体をロディオが追う。


正面に残ったものをエイルが止める。


後ろから魔法が飛ぶ。


最初の混乱を越えると、戦闘はそれほど長く続かなかった。


最後の一体が倒れる。


ロディオが短剣を振って血を落とした。


「速いのが何匹もいると面倒だな」


エイルが頷く。


「追いかけたら駄目だな」


「追うのは俺がやる」


「頼む」


その日の探索は、もう少し奥まで進んでから切り上げた。


◇


翌日。


今度は前日とは違う道を選んだ。


天井が低い。


ロディオが上を見る回数が増える。


その判断は正しかった。


「止まって」


全員が足を止める。


天井。


細い脚が動いた。


糸が垂れる。


「ポイズンスパイダー」


メルディアが言った直後。


一体が落ちた。


エイルの前ではない。


ルシエラのすぐ後ろだった。


ルシエラが振り返る。


蜘蛛が脚を伸ばす。


距離が近い。


「ルシエラ!」


ロディオが床を蹴った。


「《疾駆》!」


一気に距離を詰める。


ルシエラと蜘蛛の間へ滑り込む。


短剣。


蜘蛛が跳ねる。


同時に牙がロディオの腕を掠めた。


「っ」


「ロディオ!」


「先にこいつ!」


残りも天井から下りてくる。


エイルがルシエラの前へ。


メルディアが杖を向ける。


数自体は多くない。


一体ずつ地上へ落ちてくれば、対応できる。


ほどなく全て倒れた。


戦闘が終わった後。


クラウスがロディオの腕を見る。


傷の周囲が僅かに変色していた。


「毒ですね」


「やっぱり?」


「軽いものだと思います」


クラウスが杖を向ける。


「《キュア》」


光が傷を包む。


しばらくすると、変色が引いていった。


ロディオが腕を曲げる。


「平気」


「しばらく変わった感じがしたら言ってください」


「分かった」


ルシエラが少し安心したように息を吐いた。


◇


別の日。


細い亀裂の前で、エイルたちは足止めされていた。


小型の甲虫型魔物。


アイアンビートル。


硬い甲殻を持つ個体が、岩の割れ目から次々に出てくる。


一体を倒す。


その後ろから二体。


さらに奥で音がする。


ロディオが亀裂を見る。


「まだいる」


エイルが一体を斬る。


「何匹だ?」


「分からない」


メルディアは亀裂を見た。


「全部倒す必要ない」


杖を上げる。


「下がって」


全員が離れる。


「《フレイムウォール》」


亀裂の前に炎の壁が立った。


奥から出ようとしたアイアンビートルが止まる。


「出てる分だけ」


エイルが頷いた。


残っていた個体を五人で処理する。


炎の向こうではまだ音がしていたが、わざわざ相手をする必要はなかった。


ロディオが亀裂を見る。


「こういう使い方もあるんだな」


メルディアが答える。


「そのための魔法」


「知ってたなら早くやってよ」


「数が分からなかった」


「今も分かってないけど」


「だから塞いだ」


ロディオは少し考えた。


「なるほど」


◇


下層へ続く道を探しながら、中層を歩く日が続いた。


出会う魔物も、少しずつ変わっていく。


ある日は、曲がり角の先をロックゴーレムが塞いでいた。


岩でできた巨体。


動きは遅い。


一撃も大きい。


広い場所なら避けながら戦えばいい。


だが、その場所は左右に余裕が少なかった。


ロディオが壁際を見る。


「向こうへ回れそう」


メルディアも反対側を確認する。


エイルがゴーレムを見る。


「じゃあ俺がこっち向かせとく」


「無理に受けないでください」


クラウスが言う。


「分かってる」


ロディオとメルディアが動く。


ゴーレムもそちらへ向きを変えかけた。


「こっちだ!」


エイルが正面へ入る。


ゴーレムの腕が持ち上がる。


避ければ、また二人の方へ向く。


エイルが剣を構えた。


「一発止める!」


クラウスがすぐに杖を向ける。


「《プロテクション》!」


腕が振り下ろされた。


エイルは剣で受ける。


衝撃で足が床を滑った。


それでも倒れない。


その間にロディオが背後へ回る。


メルディアも射線を取った。


後ろから攻撃が入る。


ゴーレムが振り向こうとする。


エイルも追う。


一度崩れてからは早かった。


◇


ブラッドバットの群れが天井近くを飛び回った時は、メルディアが火球で高度を落とし、ロディオが落ちてきた個体を片付けた。


以前なら、飛び回る相手だけでもかなり時間を取られていただろう。


今は、誰が何をすればいいか迷う時間も短くなっている。


別の日には、細身のマナリザード三体と遭遇した。


口元に魔力が集まるのを見て、ロディオが声を飛ばす。


「撃つ!」


全員が岩陰へ入る。


青白い魔力弾が通路を走った。


エイルは次の一発が来る前に遮蔽物を使って距離を詰める。


近づいてしまえば、長くはかからなかった。


さらに何日か後。


またアーマードレイクが現れた。


「またか」


エイルが剣を抜く。


ロディオはもう驚かなかった。


「前と同じでいい?」


「たぶん」


メルディアが杖を構える。


戦闘が始まる。


最初の一体より動きが鈍かったこともある。


何より、五人の方がもう戦い方を知っていた。


エイルが外皮を《ブレイク》で割る。


ロディオが脚を狙う。


メルディアが開いた場所へ火炎を入れる。


前ほど時間はかからなかった。


倒れたアーマードレイクを見て、ロディオが言う。


「最初より早かったな」


エイルが剣を収める。


「慣れたんだろ」


メルディアは倒れた個体を見る。


「それだけじゃないかも」


「何?」


「別に」


ロディオが首を傾げたが、メルディアはもう先を見ていた。


◇


潜って、戻って、休み、装備を整えてまた潜る。


同じ中層でも、最初に来た頃とは歩き方が変わっていた。硬い相手には硬い相手へのやり方を使い、速ければ追い回さずに動ける場所を減らす。数が多ければ全部を同時に相手にせず、飛ぶなら落とし、遠くから撃ってくるなら遮蔽物を使う。


一度経験した相手なら、次はその分だけ早く動けた。


持ち帰るものも増えた。魔石、外皮、甲殻、牙、毒袋、それに途中で採取した素材。宿代や食事代、消耗品、武器や防具の手入れに使っても、手元には残った。


同じ頃、ギルドには中層についての報告が少しずつ増えていた。


魔物の動きが妙に速かった日もあれば、一撃が普段より重かったという話もある。冒険者側からも、剣を振った勢いが強すぎた、魔法の威力がいつもと違った、という報告が出ていた。


しかも、次に同じ場所へ行っても再現しない。報告された場所も一か所ではなかった。


五人が素材を持ち込んだ日にも、受付で一人の冒険者が話していた。


「昨日、急に速くなったんだ。少し進んでから出た同じ奴は普通だった」


「同じ魔物ですか?」


「同じ種類だよ。場所も近い」


職員が記録へ書き足す。


ルシエラが少し気になったようにそちらを見た。


「何か起きてるんでしょうか」


エイルも聞こえてきた話を思い返す。


「前にも似た話してる人いたな」


ロディオが頷く。


「中層でしょ?」


メルディアは少し考えた。


「私たちが会う魔物も、同じ種類で差が大きい時がある」


クラウスが受付の記録を見る。


「ギルドも調べ始めているようですね」


ルシエラはダンジョンの方角を見た。


「大きなことにならなければいいですけど」


探索はそのまま続いた。


ロディオが宿で眺めている時間は、硬貨よりも書き足した地図の方が長かった。


「この辺、まだ繋がってないんだよな」


エイルが覗き込む。


「明日そっち?」


「行けそうなら」


メルディアも横から見る。


「こっちの方が下がってる」


「じゃあ次はそこだな」


◇


その道を進んだのは、さらに後だった。


途中の戦闘は、もう長引かなかった。


やがてロディオが足を止める。


「……これ」


前方では、石造りの通路がはっきりと下へ向かっていた。昨日まで見てきた緩い傾斜とは違い、その先からは冷たい空気が流れてくる。


ロディオが少しだけ下り、すぐ戻った。


「かなり続いてる」


エイルも先を見る。まだ歩けるし、全員に怪我もない。メルディアにも魔法を使う余裕は残っていた。


クラウスが言った。


「今日はここまでにしませんか?」


エイルも頷く。


「俺もそう思う」


ロディオが下を見る。


「次?」


「次」


「分かった」


ルシエラも頷いた。


「一度戻ってからにしましょう」


五人は来た道へ向きを変える。


歩き出して少ししてから、エイルが聞いた。


「あれ、下層かな」


メルディアが答える。


「まだ分からない」


「下に行ってるじゃん」


ロディオが言う。


「地形の話ならそう」


「じゃあ下じゃん」


「階層の話」


「そこ分ける必要ある?」


メルディアは少し考えた。


「ある」


ロディオがエイルを見る。


「あるらしい」


エイルは笑った。


次に来た時は、あの先へ行く。


中層へ入った最初の日より、その判断に迷いはなかった。


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