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第2話 聞いたことのない聖女

「……《光と闇の聖女》?」


ルシエラは、自分の前に浮かぶ文字をもう一度読み直した。


見間違いではない。


職業。


《光と闇の聖女》。


「聖女……なんですよね?」


思わず口にすると、向かいに座っていた神官が首を傾げた。


「もう一度、職業名を教えてもらえますか?」


「はい。《光と闇の聖女》と書いてあります」


「《光と闇の聖女》……」


神官は少し考え込んだ。


その反応を見て、ルシエラは不安になる。


「あの……何かおかしいんでしょうか?」


「いえ。少なくとも、職業が授けられていること自体に問題はありません」


「よかった……」


「ただ、私も初めて聞く名前です」


「え?」


安心したばかりだったルシエラが顔を上げる。


神官は机の上に置かれた記録を確認した。


「《聖女》ならもちろん知っています。しかし、《光と闇の聖女》という職業は……少なくとも、私が知る記録にはありませんね」


「そんなことってあるんですか?」


「ありますよ」


神官はそれほど驚いた様子もなく答えた。


「職業の中には、非常に珍しいものがあります。一般には特殊職と呼ばれています」


「特殊職?」


「はい。《勇者》《剣聖》《賢者》、それに通常の《聖女》などが有名ですね」


ルシエラも、その名前くらいなら聞いたことがあった。


物語に登場する英雄が持っていたり、歴史上の人物について語られる時に出てきたりする職業だ。


「では、私もそういう……すごく強い職業なんでしょうか?」


期待というより、戸惑いながら尋ねる。


神官は小さく笑った。


「特殊職だからといって、何でもできるわけではありませんよ」


「そうなんですか?」


「例えば《剣聖》は、剣を扱うことに非常に優れた職業です。しかし、剣以外のことまで何でも得意になるわけではありません。《賢者》は多くの魔法を扱えますが、前衛として剣を振るうための職業ではありません」


「なるほど……」


「《勇者》も独特ですね。特定の相手に非常に強い力を発揮するとされています」


神官はそこで一度区切った。


「基本職にはない、独自の能力を持っている。それが特殊職だと考えればいいでしょう」


「珍しいけど、何でもできるわけじゃないんですね」


「そういうことです」


ルシエラは改めて自分の職業名を見る。


《光と闇の聖女》。


名前だけでは、何が普通の聖女と違うのかよく分からない。


「使える技能も確認できますか?」


「はい」


職業名の下を見る。


いくつか表示されている項目の中から、まず目についたものを読み上げた。


「《光と闇の祝福》」


「祝福ですか。聖女らしいですね」


ルシエラは説明を読む。


「周囲に祝福を与えて、能力を高める……と書いてあります」


「それなら、仲間を支援するための技能でしょう」


「普通の聖女も使うんですか?」


「《祝福》という技能があります。名前は少し違いますが、近いものかもしれませんね」


ルシエラは少し安心した。


聞いたことのない職業だったが、やることまでまったく分からないわけではないらしい。


「もう一つあります」


「何ですか?」


「《絶対防御領域》」


神官の眉が少し動いた。


「絶対?」


「はい」


「ずいぶん大きく出ましたね」


「私がつけた名前じゃないですよ?」


「分かっています」


ルシエラは説明を読む。


「自分の周囲に防御領域を展開する……みたいです」


「防御技能ですか」


「それ以上は、あまり詳しく書いてありません」


「珍しい技能ではありますが、説明だけでは何とも言えませんね」


神官は少し考えてから続けた。


「実際に使いながら覚えていくことになるでしょう。技能というのは、説明を読んだだけでは分からないことも多いですから」


「はい」


「無理をせず、少しずつ確かめてください」


神官は記録用の紙に何かを書き加えた。


「《光と闇の聖女》についてはこちらでも記録しておきます」


「あの、何かしないといけないんでしょうか?」


「特には」


「そうなんですか?」


「神から授けられた職業なのでしょう?」


ルシエラは自分の表示を確認する。


「はい」


「なら、まずはそれで十分です。珍しいからといって、今日から急に何かが変わるわけではありませんよ」


「……よかった」


その言葉で、ようやく肩の力が抜けた。


神官が次の者を呼ぶ。


ルシエラは席を立った。


入れ替わるように、一人の少年が座る。


腰には、使い込まれた練習用らしい剣を下げていた。


「では、職業を確認してください」


「はい」


少年が表示を見る。


少しして、口元が緩んだ。


「《ファイター》です」


「おめでとうございます」


「よし」


小さく拳を握った。


ルシエラはそのまま通り過ぎようとして、少しだけ足を止めた。


ずいぶん嬉しそうだ。


少年も視線に気づいた。


目が合う。


「あ」


「すみません」


「いや」


少年は少し気まずそうに拳を下ろした。


「剣を使うつもりだったから。思った通りの職業で」


「そうなんですね」


「エイル」


「え?」


「俺の名前。エイル」


「あ、私はルシエラです」


「さっき聞こえてた。《光と闇の聖女》だっけ?」


「はい。でも、私もよく分からなくて」


「俺は《ファイター》だから、分かりやすいな」


エイルは腰の剣を見る。


「今までとやることもあんまり変わらなそうだ」


「いいなあ……」


「珍しい職業の方がいいんじゃないのか?」


「知らない職業って、ちょっと不安ですよ」


「それもそうか」


その後も職業授与は続いた。


「《メイジ》」


一人の少女が自分の職業を確認する。


神官が祝福の言葉を述べる横で、少女はすでに技能の説明を読み込んでいた。


「最初から使える魔法はこれだけ……職業レベルが上がれば増える?」


「基本的にはそうですね」


「増える条件は?」


「職業ごとに異なります」


「どの程度?」


「それも人によります」


少女の眉間に皺が寄った。


「曖昧」


「神から授けられるものですので……」


「神ならもっと詳しく書いてくれてもいいのに」


少し離れた場所で聞いていたルシエラは、思わず神官に同情した。


少女の名前はメルディアというらしい。


その次に職業を確認した青年は《プリースト》。


「よろしくお願いします」


神官へ丁寧に頭を下げている。


クラウス。


自分と似た支援系の職業だからか、ルシエラは少し親近感を覚えた。


最後の一人は《スカウト》だった。


「スカウトか」


ロディオと名乗った少年は、少し考えてから言った。


「まあ、合ってるか」


「不満ですか?」


「いや。じっとしてるより動いてる方が好きだし」


そう言って、すぐに立ち上がる。


五人とも職業授与を終えた頃には、かなり時間が経っていた。


神殿を出ると、外には同じように職業授与を終えた若者たちが集まっていた。


家業を継ぐ者。


兵士を目指す者。


魔法を学ぶ者。


その場で家族に職業を報告している者もいる。


ルシエラは少し離れた場所で立ち止まった。


職業は決まった。


問題は、これからだった。


《光と闇の聖女》。


聖女なのだから、人を助けることはできるのだろう。


それは嬉しい。


ただ、具体的に何をすればいいのかはまだ分からない。


「ルシエラ」


振り返る。


先ほどのエイルだった。


その後ろには、メルディアとクラウス、それにロディオもいる。


「どうしたんですか?」


「これから冒険者登録に行こうと思ってるんだけど」


エイルが三人を見る。


「みんな同じだった」


「冒険者……」


ルシエラも考えていた選択肢の一つだった。


職業を得たばかりの若者が、実戦経験を積む方法としては珍しくない。


「ルシエラは?」


「私も、少し考えていました」


「じゃあ一緒に行かない?」


「え?」


ロディオが横から口を挟む。


「どうせ登録したら、最初は仲間を探すことになるだろ」


「もう仲間なんですか?」


「まだ違う」


「ですよね」


「だから今から決めればいい」


話が早い。


メルディアがルシエラを見る。


「《光と闇の聖女》」


「はい?」


「技能、どんなの?」


「祝福と、防御の技能があります」


「回復は?」


ルシエラは表示を確認した。


聖女系として扱える技能の中に、簡単な治療技能もある。


「少しならできるみたいです」


「なら役割は被らない」


メルディアがクラウスを見る。


クラウスは苦笑した。


「僕は回復を中心にすればいいですね」


「それに祝福があるなら、戦闘支援もできる」


「ちょっと待ってください」


ルシエラが口を挟む。


四人が見る。


「もう私が入ることになってませんか?」


「嫌だった?」


エイルが聞いた。


「いえ、嫌というわけでは……」


「なら本人に決めてもらおう」


クラウスが穏やかに言った。


「珍しい職業だからといって、それだけで誘われても困るでしょう」


「それは……はい」


ルシエラは少しだけクラウスを見た。


言われてみれば、自分でもまだ何ができるのか分かっていない。


そんな状態で期待されても困る。


「俺は単純に、人数がいた方がいいと思っただけだけどな」


ロディオが言う。


「ファイター、メイジ、プリースト、スカウト。そこに聖女。悪くないだろ」


「前衛がエイル一人ですよ」


メルディアが言った。


「そこは俺が敵を先に見つければいい」


「解決してない」


「無茶しなきゃ何とかなる」


「その考え方が無茶」


「お前、さっきから細かいな」


「必要な確認」


エイルが二人の間に入る。


「まだ最初なんだから、危ない依頼を受けなきゃいいだろ」


「それなら賛成」


クラウスも頷く。


「最初は自分たちに何ができるか確かめた方がいいと思います」


ルシエラは四人を見る。


全員、今日職業を授かったばかり。


自分だけではなかった。


誰もまだ、自分の職業を完全に理解しているわけではない。


「……私でもいいんですか?」


「俺たちも新人だよ」


エイルが答える。


その言葉に、ルシエラは少し笑った。


「それもそうですね」


「じゃあ?」


「はい。お願いします」


ロディオが手を叩いた。


「決まり」


「まだ登録してませんけど」


クラウスが言う。


「あ」


「先に行きましょうか」


五人は揃って冒険者ギルドへ向かった。


登録の手続きそのものは、それほど難しいものではなかった。


名前。


年齢。


授かった職業。


使える技能。


簡単な確認を終えると、五人は正式に新人冒険者として登録された。


受付の女性が五人の記録を見る。


「《ファイター》《メイジ》《プリースト》《スカウト》……」


そこで一度止まった。


「《光と闇の聖女》?」


また聞かれた。


ルシエラは少し慣れてきた。


「はい」


「珍しい職業?」


「たぶん……」


「神殿では何と?」


「特殊職だろうと言われました。でも、神官様も知らないそうです」


受付の女性は少し考えた後、記録をそのまま書き写した。


「じゃあ、そのまま登録しておきますね」


「いいんですか?」


「職業が正式に表示されているなら、こちらで変える理由もありませんから」


神官と似たような答えだった。


「最初のうちは、自分たちの力量に合った依頼を選んでください。職業を授かったからといって、すぐ一人前になったわけではありません」


「はい」


エイルが代表して答える。


五人は依頼が貼られた掲示板へ向かった。


ロディオが早速、一枚を指差した。


「これなんかどうだ?」


「魔物討伐」


メルディアが読む。


「いきなり?」


「低級って書いてある」


「低級でも魔物は魔物です」


クラウスが言う。


エイルはその隣の依頼を見る。


「こっちは?」


ルシエラも覗き込んだ。


街の外での採取依頼。


対象となる薬草の説明と、その周辺に現れる低級魔物への注意書きがある。


「これなら、採取が中心みたいですね」


「魔物が出る可能性もある」


メルディアが言う。


「技能を試すならちょうどいい」


ロディオが頷いた。


「逃げても依頼そのものは失敗しないしな」


エイルが全員を見る。


「これにする?」


誰からも反対はなかった。


ルシエラも頷く。


初めての依頼。


初めての仲間。


そして、自分でもまだよく分かっていない職業。


それでも、一人で何をすればいいのか悩んでいた時よりは、少し気持ちが軽くなっていた。


「じゃあ、明日」


エイルが言った。


「この五人で行こう」


「はい」


ルシエラは答えた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もし作品を楽しんでいただけていましたら、ブックマーク登録や★評価をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


これからも『聖女は敵にもバフを掛ける』をよろしくお願いいたします。

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