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レジスタ ――感情なき防衛機構――




自動ドアが開くたびに、夜の冷たい空気が滑り込んでくる。


都市型省人店舗『サテライト・ミニ 22号店』。


そこは、有人店舗でありながらも、商品の管理や決済の大部分が壁面の自動射出デバイダーとカウンターのスマートデスクによって自動化された、半無人の空間だった。


だが、そのカウンターの奥には、マニュアル用の『人間の監視員』として立っている僕――新堂がいる。


決済端末のフリーズや、自動化システムが処理しきれない「イレギュラーな肉体を持つ客」への対応。それが僕の仕事だった。


深夜二時。


店の静寂を破って、一人の男がカウンターに歩み寄ってきた。衣服からは重い酒の匂いが漂い、足取りは覚慢だ。


男はカウンターのセンサープレートを睨みつけると、歪んだ声で何かを呟いた。


「えっ、何とおっしゃいましたか?」


店舗の自動集音マイクがどれだけノイズキャンセリングを効かせようと、彼の言葉は不明瞭な母音の塊にしか聞こえなかった。


正確を期そうと、僕は丁寧に聞き返した。


それが、何かのスイッチだった。


相手の形相が一変した。


天井の防犯カメラのレンズが、駆動音を立てて男の顔にフォーカスを合わせる。


狭い店内に、怒声と罵倒が響き渡った。


「三回も同じことを言わせるな!」


男はそう叫び、強化ガラスのカウンターを叩いた。


手元のオペレーションパネルには、男のバイタルを検知したシステムから【要警告客:興奮状態】の無機質なアラートが点滅している。


だが、僕の心の中にある真実は違っていた。


僕は三回「言わせた」のではない。


あなたの言葉が聞き取りにくかったから、スムーズな取引のために、三回「聞き返した」のだ。


その「伝える努力」の欠如を、なぜ受け手である僕が、暴力的な言葉を浴びることで肩代わりしなければならないのか。


システムは、こうした理不尽な暴力を「効率の損失」としか計算しない。


だが、僕にとっては違う。


不明瞭な言葉を確認する作業は、正確な確認であり、決して罵倒を甘んじて受けるための免罪符ではないのだ。


『これ以上のコミュニケーションは拒否します』

僕は心の内で、男との対話を完全に遮断した。


環境音(BGM)程度に相手の罵声を流しながら、一切の感情を排し、完璧に正確な動作で決済パネルのキーを叩いた。


指先ひとつ、視線ひとつ、ブレない。


お釣りも、出力されたレシートも、寸分違わぬ所作でトレイに供した。



それは「おもてなし」などという生ぬるいものではなかった。



不当な支配に屈しないための、僕なりの「絶縁状」だ。どれだけ怒鳴ろうが、僕という個人の尊厳は、お前の暴力では一ミリも削らせない。


「……ありがとうございました」


一言だけ添えて、僕は静かに、完璧な角度で一礼した。


荒々しい足音とともに男が去り、自動ドアが閉まる。


センサーのログから男のバイタルデータが消え、店内に元の静寂が戻る。


間もなく、次のお客様がカゴを置いた。


「大変ねえ、お兄さん」


穏やかな声に顔を上げると、そこにはいつもの日常があった。


僕が誇りをかけて守りたかったのは、この静かな空気の方だった。





次のお客様の決済が終わり、再び深夜の静けさが戻る。


自動給餌ドックに戻っていく清掃用のアームロボットが、キャスターの音を微かに響かせながら僕の後ろを通り過ぎていった。


彼らはただ、プログラムされたルートを巡回しているだけだ。


僕の手元では、ポスレジの液晶画面が、僕の打鍵速度と処理時間を淡々とスコア化している。

画面の隅で、小さなシステムメッセージが明滅した。


『本セッションにおける全動作ログの保存、および自動深層学習サーバーへの暗号化転送を完了しました』


画面の青い光を浴びながら、僕はふうと息を吐き、ネクタイを緩めた。


あの怒鳴り散らしていた男は、僕をただの「理不尽をぶつけていいサンドバッグ」だと思っていたのだろう。


だが、僕は彼に従事する奴隷ではない。


僕が提供するのは正確な労働であって、心を差し出す義務などないのだ。


感情を剥き出しにして怒声をあげる人間よりも、一切の動揺を見せずにレジを打ち切った僕の所作の方が、よほどこの機械たちに近かったかもしれない。


だが、最後に声をかけてくれた女性の優しさに救われるのもまた、僕が肉体と心を持つ人間だからだ。


僕が流したその場の空気の「ゆらぎ」を、この無機質なレジスタや、徘徊するアームロボットたちが理解することはないだろう。


彼らはただ、僕の完璧な動作データだけを吸い上げていく。


デスクの電源を落とすると、ポスレジの黒い画面に、僕自身の疲れた顔が鏡のように映り込んだ。


僕がレジ越しに死守した、小さな「人間のプライド」を、画面の向こうの暗闇だけが静かに見つめ返しているようだった。


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