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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第二章

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初めてのお茶会


ヴァルクス公爵家の門をくぐった瞬間、空気が変わる。


整えられた庭園。無駄のない石畳の配置。剪定された植木は一分の乱れもなく、静けさの中に統制された美だけが存在していた。


(……ここが、公爵家)


リナリアは一瞬だけ視線を巡らせ、すぐに前へと意識を戻す。案内された応接室には、すでにシルヴィオがいた。


書類に目を落としたまま、こちらを見ることもなく声だけが落ちる。


「来たか」


「お呼びいただき、ありがとうございます」


礼を取り、一歩進む。

そして、机の前に立つと、手にしていた束をそのまま空いていた場所に置いた。ぱさり、と封筒が重なる音が部屋に落ちる。整えられた招待状の山が、静かに広がった。


「……何だ、これは」


「お茶会の招待状です。先日の夜会後から今日にかけて届いたものになります。自分では判断し切れないので、全て持ってきました」


やっと顔を上げ、リナリアと目を合わせたシルヴィオは、それからわずかに息を吐いた。


「……予想以上だな。第一王子派が中心か」


「はい。公務に戻られる準備がお忙しいとは思ったのですが…申し訳ありません」


「構わん」


短く言い捨てながら、シルヴィオは次々と封を開けて確認していく。やがて数枚を選び、机の端へと滑らせた。


「これは外せない」


「これは様子見だが行く価値はある」


「……ここは早いな。情報を取りに来ている」


色とりどりの上質な封筒達はあっという間に姿を消した。やはり自分で悩まず、相談しておいて良かった。


「この辺りにしておけ。まずは様子見と、お前が慣れることが目的だ。最初から広げすぎるな。処理しきれなくなる」


「承知しました」


リナリアは素直に頷き、それを受け取った。その様子を見て、シルヴィオが視線を上げる。


「確認だが、情報を引き出す腕は落ちてないな?」


試すような声音。リナリアは、ほんのわずかに微笑んだ。自分の得意分野で、やっと戦うことが出来る。


「商会で何をしていたと思っているんですか?相手に気持ちよく話していただくことも、必要な情報だけ拾うことも、慣れております」


その言葉に、シルヴィオは何か言いたげに一瞬だけ目を細めた。リナリアがそれについて何か言う前に、シルヴィオはいつも通り簡潔に告げる。


「……なら問題ない。まずは身内と味方を固めろ。上手くやれ」


「はい。また、報告します」


それで方針は決まった。





柔らかな陽光が差し込む庭園。


白いクロスが敷かれたテーブル、整えられた茶器、控えめに飾られた花々。甘い焼き菓子の香りが、穏やかな空気に溶けている。


シルヴィオが選別したお茶会当日、リナリアは仕立てたばかりの淡い水色のドレスを身に纏っていた。


「リナリア様、本日はお越しいただきありがとうございます」


「お招きいただき光栄です」


穏やかな笑みで迎えたのは、第一王子派に属する令嬢の一人だった。優雅に礼を返し、席に着く。


集まっているのは四人ほどの令嬢たち。空気は柔らかく、敵意はない。

紅茶が注がれ、会話が自然に始まった。


「先日の夜会、本当に素敵でしたわ」


「ええ、あのダンス……とても印象的でしたの」


「ヴァルクス公爵と息ぴったりでしたわ!」


「緊張しておりまして、あまり記憶がなくて」


控えめに返すと、クスクスと柔らかい笑い声が広がる。学園に通わず、商会で働いていたリナリアにとって、同年代の令嬢たちと話すのは滅多にない経験だった。


「またまた」


「とてもそうは見えませんでしたわ」


軽やかなやり取りに場が和む。敵意のない空間に少しだけ張り詰めていた気持ちが緩みそうになる。


「そういえば、リナリア様は、これまであまり社交界にはお出になっていなかったとか」


さりげない問い。だが、探りの意図はある。リナリアは一拍置いて、柔らかく微笑んだ。絶対に聞かれるであろう問いだと思っていた。


「ええ。幼い頃から体が弱く、静養しておりました」


「まあ……」


「それはご無理もありませんわ」


「今はこの通り元気ですわ」


同情と気遣いが重なる。安心させるように、そして、令嬢たちの反応を見ながら、必要な分だけ言葉を選んでいく。


「体調が落ち着いてからは、家業を少し手伝っておりました」


「お家の?」


「ええ。領地や家の管理などを」


嘘ではない範囲に整えた言葉。令嬢たちは素直に受け取り、納得したように顔を見合わせて頷き合っている。


「素晴らしいですわ」


「ご療養中でも……」


評価はむしろ上がる。空気は崩れない。むしろ安定している。やがて会話は自然に別の話題へ移る。


「カメリア様の件、本当に残念でしたわ…」


「わたくし達は、カメリア様があのような事をするとは決して思っておりません」


「えぇ。ですが、あの男爵令嬢に味方する声が多く…」


「ご心配いただきありがとうございます」


リナリアは穏やかに微笑む。令嬢たちは不安なのだ。自分たちの中核にいたカメリアが、あのような形で失脚することになったことが。そして、自分たちは無関係であったと証明して、次はリナリアを中核にしようとしている。


「今はもう、姉も前を向いております」


「それは安心しましたわ」


噂話が断片的に流れていく。誰が、どこで、何を言ったか。あの時、証言していたのは誰か。それらをリナリアは静かに拾っていく。


(……十分)


無理に聞き出す必要はない。話す空気を壊さなければいい。学園の情報は、学園に通う者に聞くのが一番早い。


「ところで、リナリア様とシルヴィオ様のご婚約は、どのような経緯で?」


「やはり家同士のご縁で?」


「気になりますわ!」


リナリアは一瞬だけ瞬きをしてから、扇を口元に当て、少し照れくさそうに答える。


「家同士のご縁で、お話をいただきました」


「まあ……!」


「やはりそうでしたのね」


「お二人、とても自然でいらっしゃるので……」


「以前からご存じのように見えますもの」


恋の話題に、令嬢たちの表情が一気に華やぐ。下手な否定も、嘘も、必要ない。令嬢たちが求めているのは、リナリアから直接話を聞くこと。


「そう見えておりましたら、光栄です」


柔らかく返した。その一言で場はさらに穏やかになる。


(……これでいい)


この場は、敵地ではない。第一王子派の令嬢たちは、リナリアにとっては味方であり、貴重な情報源だ。そして、次につながる場所。


紅茶の香りと笑い声の中で、リナリアは静かに理解する。社交は、すでに始まっている。


そしてそれは、もう、後戻りしない領域に入っていた。



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