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姉が悪役令嬢にされたので、商人の妹が嘘を暴きます  作者: ゆきだるま
第一章

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姉が悪役令嬢にされた日


その日、港に持ち込まれた小麦は、明らかに外れだった。


潮の匂いがいつもより強い。

積み上げられた麻袋の隙間から、湿った穀物のにおいがじわりと滲む。

空はどんよりと曇り、今にも雨が落ちてきそうだった。


「……聞いていた話と、随分状態が違いますね」


私は積荷の一番上にあった麻袋を開け、小麦をひと掬いする。指先に絡みつく感触を確かめてから、ゆっくりと顔を上げた。


「見積もりは、あくまで良品前提のはずです」


「さてな。細かい条件なんて付けてなかったと思うが?」


男が肩をすくめる。

手の中の小麦を払って、わずかに首を傾げる。


「では、改めて見積もりを」


「……俺たちがこのまま商品を持ち帰れないことを分かってて言ってやがるな」


日に焼けた商人が、あからさまに顔をしかめる。


「えぇ。湿気ているし、保管も甘い。今ならまだ加工でどうにかなる。加工費を考えれば、三割は引いて頂きます」


「……三割は——」


「では二割五分で。これが限界です」


ぴたり、と言い切る。

わざと強気の数字を出してから、一段落とす。

食いつかせるための常套手段だ。

相手の目が揺れた。


「……チッ、持ってけ」


「ありがとうございます。次は状態のいい品、期待してますね」


にこりと笑うと、商人は露骨に舌打ちした。


いい取引だった。

少し傷んだ小麦でも、乾燥と加工で十分売り物になる。こういう“価値を落とされた品”を拾うのが、私の仕事だ。





商会に戻ると、空気が妙にざわついていた。

帳簿をめくる音や荷運びの掛け声に混じって、落ち着かない気配が広がっている。


「リナリア様、お耳に入れたいことが」


自席に戻った途端、部下のエルンが珍しく慌てた様子で近寄ってきた。


「どうしたの」


帳簿を机に置き、顔だけを向ける。

エルンは周囲を気にするように一瞬視線を巡らせ、それから声を潜めた。


「……カメリア様のことで」


その名前が出た瞬間、手が止まる。

ぱら、と帳簿の端がめくれた。


「続けて」


自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「学園で……ご婚約者のレオン様が、カメリア様の非道を告発されたと」


一瞬、意味を理解するのに間が空く。


「……非道?」


「下級貴族の令嬢への嫌がらせや物品の破損……複数の証言が出ているそうです」


——ありえない。

お姉様が誰かを傷つける?

そんな姿が、想像できない。


「……それで?お姉様は?」


短く促す。

エルンは一瞬言葉を選び、それから続けた。


「その場で……婚約破棄が宣言されたと」


「……は?」


低く声が漏れる。


「さらに現在は、カメリア様は屋敷で謹慎処分に。外部との接触も制限されているようです」


随分と、手際がいい。

告発、証言、婚約破棄、そして謹慎。

まるで最初から、その形に落ちるように組まれていたみたいに。


「レオン様お一人で告発を?」


「最近噂になっていた男爵令嬢が関わっている可能性があると報告が」


やっぱり、か。

噂は、すでに耳にしていた。

姉の婚約者であるレオン・ヴァルクスが、別の令嬢と親しくしているという話。


「告発の内容を、もっと詳しく」


「香水とドレスの破損、それから嫌がらせの証言が複数……」


「証言者の名前、経緯、全部調べて」


周囲の喧騒に紛れるように、小声で指示を重ねる。


「承知しました」


ゆっくりと椅子に腰を下ろす。

香水もドレスも、流通が限られている品だ。

ましてや貴族が扱う物となれば、仕入れ先はさらに絞られる。

業者、輸送経路、納品記録。

どこか一つでも辿れば、必ず“線”は見える。


机の上の帳簿には、揺るぎない数字が並んでいる。

そこに嘘はない。


「金には、必ず“流れ”がある」


ぽつりと落ちる言葉。

指先で机を、とん、と叩いた。


「エルン」


「はい」


「最優先事項よ。どんな小さなことでも報告して。通常業務はこちらで調整する」


中途半端は意味がない。やるなら、徹底的に。

エルンは静かに頷いた。

エルンは商会の部下であると同時に、私が直接雇用している人間だ。だからこそ、動かし方はいくらでも調整できる。


「承知しました」


エルンが慌ただしく去っていくのを見届けて、窓の外に目を向ける。空は重く曇っている。

胸の奥に浮かぶのは、お姉様の顔。

優しくて、正しくて。

誰よりも、人のために動いてしまう人。


だからこそ——こんな形で狙われる。


「……待ってて、カメリアお姉様」


誰にも届かない声で、そっと呟く。


「そんな嘘、全部暴いてあげるわ」


静かに言い切る。最愛の姉を守るために。

曇り空の向こうで、低く雷が鳴った。

それはまるで、始まりの合図みたいだった。

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