第93話「襲撃②」
◆
「覚醒者の方々は至急集まってください!」
駆け込んできた自衛隊員の顔は蒼白で、額には汗が浮かんでいた。
麗奈と一穂は顔を見合わせる。
「すぐに行きます」
麗奈が即座に立ち上がると、テントの中にいた他の覚醒者たちも次々と外へ出始めた。
物流センターの中央広場に向かうと、すでに数十人の覚醒者が集まっている。
竹田も佐藤も、先ほど会った覚醒者たちの姿もあった。
皆一様に緊張した面持ちで、ざわめきが広がっている。
「静粛に!」
迷彩服姿の隊長──壮年の自衛官が声を張り上げた。
その声には、戦場を知る者特有の重みがある。
「北北東より大型モンスターが接近中です。推定到達時間は約十五分。敵は巨大な多頭蛇型で、少なくとも全長二十メートルはあります」
覚醒者たちの間から小さな悲鳴が上がる。
──大型……それも二十メートルだなんて
麗奈の心臓が早鐘を打つ。
しかし同時に、腹の底から湧き上がってくる別の感情があった。
──チャンスだ
肉食獣が獲物を前にした時のような、飢えた衝動が全身を駆け巡る。
アーマード・ベアを召喚できる自分なら、きっと戦力になれるはずだ。
しかし──。
「三崎 麗奈さん」
隊長が麗奈の名前を呼んだ。
表情そうな複雑だった。
「君は避難所内部の防衛に回ってもらう」
「でも、私のアーマード・ベアは──」
「分かっている。君の召喚モンスターが強力なことは報告書で読んだ」
隊長は苦渋の表情を浮かべた。
葛藤が見て取れる。
「だからこそ、内部に残ってもらいたい。我々自衛隊が初動対応にあたる。覚醒者の皆さんには、第二波、第三波に備えて温存してもらう必要がある」
──なるほど、戦術的な判断か
麗奈は理解した。
しかし納得はできなかった。
「それに……」
隊長の声が一瞬だけ小さくなる。
「君は──君たちはまだ子供だ。まずは我々が対処すべきだ。我々の中にも覚醒者はいる」
麗奈は複雑な感情を抱く。
──守ろうとしてくれているのは嬉しいけれど
同時に苛立ちも募る。
──でも、私は子供じゃない
「あの一体だけとは思わない。恐らくは小型のモンスターも現れるだろう。我々は避難所内部の守りが手薄になることを懸念している。高い戦闘力を持つ覚醒者には、最後の砦として機能してもらいたい。万が一、我々が突破された時のためにな」
周囲の自衛隊員たちも頷いている。
麗奈はようやく理解した。
これは子供扱いではない。
彼らなりの矜持なのだ。
民間人である覚醒者を犠牲にする前に、まずは自衛隊員である自分たちが身を挺する。
それが彼らの流儀らしい。
「……分かりました」
麗奈は渋々ながら頷いた。
表面上は従順な少女を装いながら、内心では別の計算が働いている。
──今は従っておこう。でも、状況次第では……
「ありがとう。君の理解に感謝する」
隊長は安堵の表情を見せた後、他の覚醒者たちに向き直った。
「戦闘班は以下の配置につく。第一班は東側、第二班は北側。ただし、あくまで我々の支援に留めること。無理な突出は厳禁だ」
自衛隊員たちが素早く動き始める。
その動きには無駄がなく、練度の高さが見て取れた。
「俺たちがまず叩く。覚醒者の皆さんは、俺たちが倒れた時に頼む」
若い自衛隊員の一人が、覚醒者たちに向かってそう言った。
物流センター内は完全な混乱状態だった。
けたたましいサイレンの音が高い天井に反響し、割れたスピーカーから断続的に警報が流れ続ける。
「早く逃げろ!」
「子供はどこだ!」
大人たちの怒声が飛び交い、泣き叫ぶ子供の声があちこちから聞こえてくる。
人々は出口に殺到し、押し合いへし合いの状態になっていた。
「落ち着いてください! 順番に移動してください!」
自衛隊員たちが必死に誘導しようとするが、パニックに陥った群衆を制御するのは困難を極めている。
「麗奈ちゃん、大丈夫?」
一穂の震え声が背後から聞こえる。
振り返ると、デモンズアイを胸元に抱きしめた一穂が立っていた。
その顔は真っ青で、恐怖に震えている。
「一穂……」
麗奈は素早く表情を切り替えた。
意識して心配そうな少女の顔を作る。
「怖いよね。でも大丈夫、自衛隊の人たちがいるから」
──この子、本当に怯えてる
麗奈は冷静に一穂を観察した。
デモンズアイは主人の感情を反映してか、瞳孔を収縮させながら不安げに周囲を見回している。
──戦闘には使えないけど、情報収集には役立つ
そんな計算が一瞬で頭を巡る。
「デモちゃんで敵の様子を見てもらえる?」
麗奈が提案すると、一穂は震えながらも頷いた。
「う、うん……やってみる」
一穂がデモンズアイを窓際へ向ける。
巨大な目玉がゆっくりと膨張しバスケットボール大になると、瞳孔が大きく開いた。
「見える……すごく大きい……首が、一、二、三……五本──沢山ある!」
一穂の声が震える。
──巨大蛇、多頭……うーん、ギリシャ神話かなにかでそんな蛇がいたような
麗奈は情報を頭に刻み込む。
その時、自衛隊員たちが慌ただしく動き始めた。
迷彩服の集団が武器を手に、所定の位置へと走っていく。
金属音を立てながら、銃器や弾薬が運ばれていく。
「第一中隊、展開完了!」
「対戦車ミサイル、配置につきました!」
次々と報告が上がる。
「覚醒者は予備戦力として待機! 俺たちがやられたら頼む!」
若い隊員がそう叫びながら、最前線へと駆けていく。
麗奈は複雑な感情を抱きながら、その背中を見送った。
◆
「来る!」
誰かが叫んだ。
巨大蛇の一つの首が大きく口を開ける。
次の瞬間、緑色の液体が噴射された。
それは放物線を描いて飛来し、物流センターを囲うフェンスに激突した。
ジュウウウッという音と共に、フェンスが溶け始める。
「酸だ! 強酸性の毒液だ!」
自衛隊員の悲鳴が響く。
「対戦車ミサイル、発射!」
轟音と共に、複数のミサイルが巨大蛇へ向かって飛んでいく。
着弾。
爆発。
しかし──。
「効いてる! でも鱗が硬すぎる!」
ファーストコンタクトは芳しくはなさそうだ。
その時だった。
「麗奈ちゃん!」
一穂が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「練馬区の方からも、別のモンスターが来てる! デモちゃんが見つけた!」
──二正面作戦……!?
麗奈は思わず舌打ちする。
嫌なタイミングだった。
「どんなモンスター?」
「よくわからないけど……すごく硬そうな皮膚で、大きくて……銃が効いてない!」
一穂の説明は要領を得ないが、新手の脅威であることは間違いない。
物流センター内の空気が、さらに緊迫度を増していく。
自衛隊の指揮官たちが、慌ただしく戦力の再配置を検討している様子が見えた。
──もう、待ってなんかいられない
麗奈は決意を固めた。
自衛隊員たちがここまで身を挺して戦っているのだ。
今度は自分が──。
麗奈は拳を握りしめ、“意思”──闘志を込める。
淡く土色に光り出す麗奈の拳は、やがてブラウン・ダイヤモンドの様に煌めいた。