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東京魔圏~この危険な東京で、僕はゴブリンを頼りに生き残る。最弱魔物かと思っていたけれど、実は最強でした  作者: 埴輪庭


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第57話 増幅

 ◆


 ──『ゴブリン・キャスターのスキルを解放しますか?』


 突如、三崎の視界に淡い緑色の文字が浮かんだ。


 その問いかけは頭の中に直接響くシステムめいた声だ。


 それに対し、三崎は是の意思を返す。


 すると、ゴブリン・キャスターの身体が緑色の光の粒子に覆われ──そして光幕をかき分けるようにして一人の壮年の男が現れた。


 ゴブリン・キャスターのしわの寄った皮膚は張りを帯び、曲がっていた腰がすっと伸びあがっている。


 ローブはそのままだが、妙に余り気味だった布地が今ではジャストサイズだ。


 正しく"若返った"と言えるような変貌ぶりだった。


 三崎の目にはさらに新たな情報が浮かぶ。


 ──『スキル "増幅" が解除されました』


 増幅──その効果は名前の通りなのだろう、三崎は迷わずそれを使う事を選択する。


 するとゴブリン・キャスターは杖をゆっくりと掲げて、その先端を頭上に向けた。


 杖全体が白い光を帯び、まるで蛍の様に淡く白い粒子が周囲へと拡散していく。


 緑がかった光の残滓が宙に踊るたび、微かに草木のような香りを伴って消えるのは、ゴブリンという種の持つ独特の魔力なのかもしれないと三崎は思う。


 荒廃したビルの谷間にはまだうっすらと硝煙が漂い、焦げた金属やコンクリートのにおいが鼻を刺している。


 灰色の空からは光が差し込まないため、戦場はどこか陰鬱な雰囲気に包まれていたが、この白い光と淡い緑の粒子が、わずかながらその暗闇を払っているようにも見えた。


 ◆


「なんだ……これ……」


 自衛隊員の一人が天を仰ぐようにして呆けた声を上げる。


 彼らの装備や衣服、その下の皮膚に白く輝く粉雪のような光の粒子が浸透していく。


「なんだか、体が熱いような……軽いような……」


 そんな言葉を口にする隊員たちは次の瞬間、目を見開いた。


 血管の中に沸騰した戦意が巡り、四肢の先端、脳の隅々まで行き渡る──そんな感覚だ。


「ぬ、ぐ……おおおォッ!!!」


 一人の隊員が雄たけびを上げて銃床で甲虫型モンスターを叩き潰した。


 本来ならば至近距離からの射撃でも傷をつけるのがやっとというほど頑健な外殻は、人間の手によって砕き潰される。


 またある隊員は反射神経全般が強化されたようで、蜂のような姿のモンスターから射出された針を首の振り一つで避けてみせた。


「大丈夫なのかなこれ……」


 もはやどちらがモンスターなのか分からないほどの変貌ぶりに、三崎はややたじろいでしまう。


 しかし、それは確かに増幅の効果なのだろうと三崎は納得する。


 最初に使ってみようと決断したときは、まさかこれほどの力を発揮するものだとは思わなかった。


 周囲で交わされる絶叫や轟音がさらに増幅した高揚感を刺激し、隊員たちの声には確かな手応えが宿っているように感じられる。


 ──あっちも凄そうだ


 ルー・ガル―も"増幅"の対象となっている様で、タイガー・ゴブリン以上の機敏さで戦場を縦横無尽に駆け巡っていた。


 三崎の目にはもはや白い影にしか見えないほどの速さだ。


 何か白い影がぱっと通ると、モンスターが切り裂かれて斃れているのだ。


 見る限りでは自衛隊員などには攻撃を仕掛けていないようで、一時的とはいえ味方だと思っても良いだろう。


「狼男は味方だ! 撃つなよ!」


 先ほど仲間を甲虫型モンスターに殺されたリーダー格の隊員が叫んだ。


 その叫びに呼応するように、周囲の隊員たちは応という短い言葉を返す。


 憎しみを抑えきれないような表情の者もいれば、獰猛な笑みを浮かべてモンスターを狩り立てる者もいる。


 ただ、中には今の自衛隊員たちでも手強い個体もおり、そういったモンスターはルー・ガル―が目ざとく仕留めていった。


 喉奥から低く唸り声を上げたかと思うと、白い軌跡を残して跳躍し、凶暴なモンスターの首を一瞬で切り裂く様は、見ている三崎すら背筋に冷たいものを覚えさせるほどだった。


 両者の間にはなんら意思疎通はないが、この場は共闘しようという双方の意思の一致があるようで、モンスターの群れは光の粒子を撒き散らして次々と消滅していった。


 やがて街路を埋め尽くしていた怪物たちが徐々に後退するように減り始めると、自衛隊員の面々はさらなる士気を得たのか声を張り上げて一気に押し返そうと攻勢に出る。


 ・

 ・

 ・


 三崎は雑多なモンスターの群れがじりじりと数を減らしていく様子に驚いた。


 ──魔石を沢山使っただけはあるなあ。ゴブリン・ジェネラルとかを呼ぶよりは消費も少ないけど


 まだまだ安心は出来ないものの、趨勢はこちらに傾いている──三崎はそう思った。


 足元には瓦礫が散乱し、折れた鉄骨や斜めに傾いた街灯が無惨に横たわっている。


 割れたガラス片やちぎれた配線が道を塞ぐように散らばっており、歩くだけでも危険な場所だったが、隊員たちは増幅の力も手伝ってか、それらを苦にせず跳び越えたり踏破したりしているようだ。


 三崎は自分の足元にも注意を払いつつ、ゴブリン・キャスターの方を振り返る。


 ゴブリン・キャスターは杖を掲げたまま、淡い光の粒子を放出し続けている。


 変貌した姿は壮年の男だが、どこか童顔の面影を残す表情は得体の知れない威厳を帯びているようにも見えた。


 ──あのままの姿だったら、こんな力を引き出すのは難しかったんだろうか……スキル解除で若返る事もあるんだな。


 三崎はそんなことをぼんやり考えていたが、ふと背後で爆音が響く。


 振り向けば付近のビルの最上階あたりが崩落し、コンクリートの塊が激しい音を立てて地面に転がり落ちていた。


 衝撃で砂埃が舞い上がり、視界の一部が白く濁る。


 その向こうにはまだモンスターの群れがうごめいている気配がある。


「こっちもまだ気が抜けないな……」


 三崎は呟いて、改めて周囲の状況を見回す。


 増幅された隊員たちは確かに力強いが、彼らとて不死身ではない。


 前線で興奮状態にある隊員ほど、負傷に気づかず攻め続ける危険もあるだろう。


 腕から血を流しながら笑みを浮かべている隊員の姿を見て、この“増幅”の危うさのようなものを感じる三崎。


 が、ここでスキルを解くわけにもいかない。


 幸いにも甲虫型や蜂型の大群はほぼ壊滅し、ルー・ガル―と隊員たちが協力して散発的に出現する個体を次々と仕留めているようだ。


 だが奥の方には硬そうな甲羅を持った大型の個体も複数見える。


 あるものは六本の脚でビルの壁面を縦横無尽に這い回り、あるものは肩ほどの高さをもつ鋭い角で仲間を守るように構えている。


 ──もし押し切れなかったら……ゴブリン・ジェネラルを呼ぶしかないか


 三崎はポケットの中に入った魔石を指先で触れながら考える。


 ゴブリン・ジェネラルの召喚は強力だが、それなりの魔石消費が必要だ。


 今は増幅スキルの維持にも魔石を使っているし、無闇に浪費はできない。


 ──最初からゴブリン・ジェネラルを出していたらもしかしたら数に押されていたかもしれないしなぁ


 東京が“こう”なってしまってから選択、選択の連続だ。


 どの選択にせよ命懸けで、三崎はふと気疲れのようなものを感じる。


 ──もし増幅の効果が切れたら、どうなるんだろう


 そんな不安もある。


 反動の様なものがあると思って良いかもしれない。


 けれど、今は前進あるのみだ。


 ふと視界の隅を白い影がかすめた。


 ルー・ガル―だ。


 口元には血が滲んでおり非常に恐ろしげだった。


 ただ、隊員への攻撃の気配はまったくない。


「やっぱり一時的に味方として動いてくれてるんだな」


 隊員たちは散開し瓦礫の山を乗り越えながら、慎重かつ大胆にモンスターを追い詰めていく。


 増幅された視界や反射神経が役立っているのか、廃墟の中でもその動きはまるで障害物がないかのように速い。


 ところどころで生じる轟音や爆音は、恐らく隊員側の火器やグレネードなどの使用によるものだろう。


 ふと見上げれば、灰色の空がますます暗さを増している気がした。


 もし雨が降り出してくれば事である。


「どうにか、今のうちに畳みかけたいところだけど……」


 三崎はぼそりとつぶやき、ゴブリン・キャスターの杖先を見つめる。


「……あと少し、持ちこたえてくれ」


 思わずそう祈るように口にした瞬間、遠方からの爆音が一際大きく響いた。


 見ると、先ほどから崩れかけていたビルの上階が完全に崩落し、大量の破片が雪崩のように舞い散っている。


 その瓦礫の中から、巨大な黒い虫の脚が伸びてきたのが見えた。


「大きい虫か。こっちまで来そうだな……」


 三崎の胸に冷たいものが走る。


 あの脚のサイズは、先ほどまでの甲虫型などとは比較にならない。


 隊員たちもすぐにそれに気づいたようで、口々に「注意しろ!!」「デカブツが来るぞ!」と叫んでいる。


「ここでゴブリン・ジェネラルを呼ぶか……」


 三崎は再び魔石を握る。


 しかし、一度ジェネラルを呼び出せば増幅への影響も懸念される。


 自衛隊員全員とゴブリン・ジェネラル一体、どちらが戦力になるのか? 


 いや、と三崎は思い直した。


 ゴブリン・ジェネラル一体と隊員数分の護衛対象が出来るということになる。


「よし、ここはゴブリン・キャスターに任せよう」


 そう決断し、三崎はジェネラルの召喚を一旦あきらめる。


 大型の虫が厄介だとしても、今の隊員たちとルー・ガル―の連携で何とかしなければならない。


「来るぞ!」


 どこかから隊員の一人が大声でそう叫ぶ。


 土煙がこちらへ向かってきていた。

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鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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