最終章
夏賀花火は強い。
それは傷付かないからではなく、傷付いていることを自覚できるから。
他者に理解されたいわけでもなく、他者に破壊されたいわけでもなく。
ただ、すんなりと自覚できるから。
そして、だからこそ、花火は嘘を吐かない。
他人にではなく自分自身に。
嘘を吐くことが出来ない。
それは花火の強さであり、紛うことなき美点である。
だけど、だからこそ花火は追い込まれた。
花火は嘘を吐けなかったのだ。
想い人、秋水落葉のことが好きではないという嘘も。
親友、春日井桜のことが嫌いだという嘘も。
そして自分はなんら傷付いていない、という嘘も。
気付かない振りは花火には出来ず、傷がない振りも花火には出来ず、それを放置することも花火には出来なかった。
逃げることすら花火には出来なかったのだ。
だから花火は屋上に向かったのだろう。
実際に自殺したのか、それとも途中で思い止まってしかし花火の記憶通り足を滑らせたのかは僕には解らない。
だけどきっと、花火にとって自殺は逃避などではなかった。
それは花火にとって決着だった。
親友が告白している光景。
恋する相手が告白されている風景。
親友が受け入れられた情景。
恋する相手が自分以外の誰かを受け入れた前景。
そして、親友の笑顔。
それらを見た花火に、もはや他の選択肢など残っていなかった。
だって花火には親しみを憎しみになど、愛しさを恨めしさになど決してできはしないのだから。
熱くて強くてまっすぐで無垢な花火には、大好きな人を嫌うことなんて決して出来はしないのだから。
ああだけど何故だろう。
僕はそんな花火に少しだけ怒っている。
花火と違って冷たくて弱くて歪んで汚れた僕は、嫉妬している。
なんでその二人なのだろう。
文字通り死ぬほど愛した人たちの中にどうして僕は居ないのだろう。
どうして花火は屋上から落ちる前に、僕のことを思い出してくれなかったのだろう。
どうして目の前に居る幼馴染は、僕以外を想って泣いているのだろう。
解っている。これは汚い感情だ。
どうしようもなく醜い物言いだ。
でも、言わせてくれ。
お前が生きたくないなんて、そんな身勝手なことを言うのなら。
僕にだって言わせてくれ、自分本位で利己的で自己中心的で我儘な僕の本音を。
「それでも僕は、お前に死んでほしくはないよ。花火」
言った。
僕は言った。
僕の想いの丈を。
「なんで、なんでそんなこと言うんだよ!雪人は解ってんのか?あたしがどんなに痛いか。どんなに苦しいか。」
僕の言葉を聞いた花火は、怒った。悲しそうに辛そうに。
生まれて初めて持った矛盾。解消の許されない葛藤。
それが花火を苦しめる。
それが花火を苦しめている。
だけど、僕は言う。
「解るよ。共感は出来ないけど、同情は出来ないけど、でも花火が今までにない程傷付いていることくらい僕には解る。」
だって僕は、誰よりも長く花火のことを見てきたから。
誰よりも傍で花火のことを見てきたから。
「それが解ってんなら、なんでそんな酷いこと言えるんだよ!」
酷いこと、花火にとって生きろと言うのはあまりに非常だ。
何故なら、花火にとって今死ぬことは他のどんな選択肢よりも正しくて、綺麗で、勇気ある。そんな選択なのだから。
だけど僕は花火に生きていて欲しい。死んでほしくない。
「だから、なんで?!」
理由は簡単だ。
本当は言いたくないんだけど。
僕か花火、どちらかが死ぬまでは絶対黙ってようと、認めまいと思ってたんだけど。
まあいっか、花火は今半分くらい死んでるんだし。
だから僕は言うことにした。
誰の為でもなく、間違っても花火の為なんかじゃなく、恥ずかしげもなく僕自身の為に。
僕は夏賀花火に生きて欲しい。それがたとえ本人の望まぬものだとしても。
だって僕は、
「僕は花火のことが好きだから。」
「な、にをいって」
「なにって、お前が訊いたんじゃないか。僕がお前に生きていてほしい理由は、僕がお前のことを好きだからだ。幼馴染としてじゃない。一人の男として。」
言ってやった。
僕の本心。
他人に、花火に、そして自分自身に嘘を吐き続けてきた僕の本当の想い。
奥底に仕舞い込んで蓋をして、誰からも、自分からも見えないようにしてきた、隠し続けてきた花火への想い。
弱くて愚かで歪んで醜くて不純でちっぽけで儚くて。
そして、大切な僕の宝物。
「な、なんで、そんなこと、今のあたしに、」
僕は構わず続ける。
僕の中に在るものをただただ出し尽くす様に。
ほんの少しの覚悟と大部分の羞恥を感じながら、それを何とか隠す様に。
「なあ花火。僕は、お前が好きになったような奴に、お前が愛したような奴らに、僕が勝てるとは思わないけど、それでもどうか僕で我慢してくれないか。」
僕は言った。
自虐に満ちて、嫉妬に染まって、諦観に塗れた、素直な素直な僕の気持ち。
そんな僕の言葉に、花火は恨みがましく言う。
「なんで、あたしは、汚く生きるくらいなら、間違いを抱えて生きるくらいなら、死のうって、死んでしまおうって、それが一番だって、なのになんで、なんでお前が、雪人が、それじゃああたしは、雪人にそんなこと言われたら、あたしは、辛いのに、痛いのに、間違ってるのに、汚いのに、逃げなのに、あたしは、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、死にたいのに、それなのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・死ねないじゃないか!」
そして、花火はわんわんと泣いた。
泣くように泣いた。
ちょっと前までとは違う。
どこまでも純粋で、どこまでもまっすぐで、そしてどこまでも綺麗な、そんな花火らしい涙だった。
そして泣き終わった頃、花火は消え始めた。
足元から上向きに、霧散していくように、透けていくように。
「お前、それ・・・」
僕は何とも情けない声を出してしまった。
「大丈夫だよ。あたしは死なない。お前のせいで死ねなくなっちまった。お前のへたれな告白のせいでな。」
やめてくれ、解ってる。
告白のセリフもこんな時にならないと本心も言えないことも、そもそも花火に告白しちゃったことも、どれをとっても恥ずかしさで死にそうだ。
「なあ、雪人。返事だけどさ。」
お、おう?!今言うんだ。いやまあ、引っ張られてもきついけど。
「あたしがちゃんと目を覚ましたら、その時もう一回告れ。そしたら返事してやる。」
泣きすぎたせいか、目を腫らし顔を赤くしながら花火は言った。
ていうか、引っ張られた?!ちょっと待って花火さん。僕死んじゃう。僕が死んじゃう。
「仕方ねえだろ。あたしが目を覚ました時、幽霊になってた間のこと忘れちゃってるかもしんねえし。」
それは、確かにそうだけど、そうなんだけど、なんだけれども。
「うだうだ言ってんじゃねえよ、男だろ。もし告ってこなかったらその時は・・・」
もう体もほとんど消えて後は顔だけという状態で、花火は最後にニカッと言った。
花火らしい、眩しいくらいに暖かい笑みで。
「今度こそ死んでやるからな」
そして花火は消えた。
心なしか傍にある花火の体に赤みが差したように感じる。
僕はほっと安心しながら最後の花火の言葉をなぞる。
「今度こそ死んでやる、か。それは困るな。」
それは、とてもとても困る。
だから仕方ない。
少しでもましな告白の言葉を僕は考えることにする。
十二月二十三日。
今日は二学期最後の日である。
早朝、僕は家の前で立っていた。
吐く息が白い。
スマホをいじる手が悴む。
「なにやってんだ、あいつ。」
僕は、寒い中僕に待ちぼうけを食らわせている幼馴染を恨みがましく思いながら空を見上げる。
夏休み明けの数日間。
花火が幽霊になった数日間。
結局僕がやったことといえば、振られて傷付いた女の子を口説くという最低な行為だったような気がするし、実際その通りだった。
まあでも、僕は最低かもしれないけど。
「ごめんごめん!待った?待ったよな。でもしょうがなかったんだ。外は寒くて寒くてな、そして布団の中は暖かかったんだ。仕方ねえよな?あたし悪くねえよな?だって布団の中は暖かかったんだもん。」
「いやいや、仕方なくなんかねえよ。お前のせいで僕の体と心がどれだけ冷え固まったと思ってるんだ。」
そう言って僕は花火の頬を両手で挟む。
僕の手はかなり冷え切っていたがその原因は花火にあるので一切躊躇しない。
「づ~め~だ~い~、やめろ~、は~な~せ~!」
まあでも、僕の前で、僕の隣で、花火が笑って生きてくれているのなら最低でも何でもいいやと、僕はそう思うのだった。
こんなことを言えば批判されるかもしれませんが、私は自殺が悪いこととは思いません。生きるのが無になるより怖く苦しいのであれば、そんな選択もなくはないのだと思います。
ただ、皆んなが皆んな自殺を駄目と言うのは、自殺で苦しむのは本人ではなく周りの皆んなだからではないでしょうか?
まあそんな自分の妄想は置いておいて、これが最終章でした。
元々、今回の告白のシーンが書きたくて始まったこの話ですが、そこそこの量になってしまいました。しかし、完全な一人称視点というのは暴走しやすいですが、その分書きやすくて楽しかったです。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
また、機会があればどうぞ宜しくお願いします。




