9章
「遅れてごめん。待ったか雪人?」
秋水先輩が行ってからすぐに花火が帰って来た。
「ん?どうしたんだ、怒ってんのか。」
押し黙る僕に花火は誤解したようだった。
「いや、別に怒ってないよ。そんなに待ってもないし。」
実際待ったのは十分程度だ。その程度で一々文句を言うほど僕の器は小さくない。
「ふーん、まいっか。帰ろうぜ。」
そう言い歩行し始めた、もとい飛行し始めた花火に対し「ああ、うん」と返事をしつつ僕は歩きだす。
つい先ほど会った人のことをこいつに言うつもりは、毛頭なかった。
寄り道せずまっすぐ家まで帰った僕たち二人は、家の前で別れた。
「今日は自分ちにいるよ。」
と、そう花火が言ったからだ。
僕も特に反対しなかったし、むしろ賛成した。
例え見えなくても、感じられなくても、こいつが本来一緒にいるべきなのは彼女を最も想っている両親の下なのだ。
明日も学校に行くと、そう言った花火に僕は溜息をしつつ、朝家の前での待ち合わせを約束した。
家に入る前、ふと上を見上げる。時間は午後五時丁度。
空はまだ青く、しかしほんの少しだけ赤味がかっていた。
今日は家族と晩御飯を食べた。
父と母とそれから僕と三人揃って食べるのは少し珍しい。両親共々帰ってくるのが遅いため、僕は一人で食べること多かった。
よく夏賀家にお邪魔になったりもした。
あるいは今日、仕事熱心な両親が早く帰って来たのは花火のことがあるのかもしれない。
母さんにとっては親友の娘が大変なことになったなわけで、花火のことは勿論空木さんのことも心配だろうし、父さんだって母さんほどではないにしろ一六年間以上、それこそ僕と花火以上にお隣さんで在り続けたのだ。
そんな人たちに何の感傷も湧かないなんてことはないだろう。
それに、花火の初恋は父さんらしいし・・・まあ、それは関係ないけど。
食卓で花火の話題はほとんどしなかった。
それでも、この人たちが花火のことについて何かしら考えているであろうことは何となく解ったし、二人だって僕が今現在花火のことを意識していることなどよく解っているのだろう。
誰が望んだわけでもなく、しかし重苦しい空気の中食事が進む。
あるいは明るい空気に耐えられないのかもしれない。
よく知る家のよく知る子供の惨事に対し自身が掛けた圧力、罪悪感という名の強制力。
だから別に、この状態がつらいわけじゃない。
苦しくないように自ら望んだ状態なのだから。
結局大した会話もなく、食事が終わった。
僕は頼まれもしないのに皿洗いを手伝うような殊勝な子供でもなく、だからさっさと自分の部屋に戻ろうとした。
「なあ、雪人。」
「何?父さん。」
「花火ちゃん、早く目を覚ますといいな。」
「うん、そうだね。そう思うよ。」
僕はそう言って部屋に戻った。
「しかし、実際の所なんにも解決なんてしてないんだよな。」
自分の部屋に入った僕は、ふとそう呟いた。
幽霊の花火が見えている僕はどこか安心というか、危機感が薄い部分があるんだよな。
でも、だけど、何も変わらない。
花火は今も病室で生死の境を彷徨っている。
明日死ぬかもしれないし、もしかしたら今既に死んでいるかもしれない。
何一つ解決なんてしていないし、何一つ好転なんてしていない。
何かしなきゃと、そう思った。そこに意味が伴うかなんて解らないけどそれでも、何かしなきゃと。
そんなことをつらつら考えていると「ピロン♪」と携帯が鳴った。
僕は珍しいなと思いつつ携帯を開く。
そこには一件、メールの通知が表示されていた。
送り手の名前は春日井桜。
件名 花火について
本文 夜分遅くににすみません。といってもまだ二十時だけどね。早速メールさせてもらいました。今、大丈夫かな?よろしければ昼間言っていた通り、花火の入院している病院名と病室、それに花火の状態など教えて頂けたら幸いです。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。
すげぇ!春日井さんからメール来た!すげぇ!
少し興奮してしまった僕だった。
気を取り直して、特に面白味もない最低限の必要事項だけを文章を打ち込んで送信するとすぐに返信が来た。
「ありがとう、早速明日行ってみるよ。」
そんなやり取りをした僕は、春日井さんについて気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
それは何かといえば、最近出回っている花火とは別口の噂のことである。
僕は聞いた。
「春日井さんって今彼氏いるの?」と。
ちょっと、いや結構ドキドキした。
これもまた返信は割とすぐやって来た。
彼女の返答はいたってシンプルなものだった。
「うん、いるよ。」
あーあ、聞かなきゃよかった。
しかし悲しいかな、後悔とは先には立たない物なのである。
僕はそのまま布団に突っ伏して、不貞寝した。
自分には嘘をつかないで生きていきたいものですが、実際のところ嘘をついたほうが楽だから自分を騙すんですよね。




