038 泥人形⑧
タイラー女史との会談が終わり、一同は行きの時と同じフルサイズバンでホテルへ送られた。
昨日泊まったのとは違う、サンタモニカ市内のホテル。
アメリカ研究所側からの要求は、日本のウィザード二人……瑞岐と飛騨のDNAサンプル。
見返りはアメリカ国内で配られる予定のウィザード人工受精卵を五十人分。
明言はしないものの、日本でもアメリカと同じ方法でウィザードを増やすよう圧力を受けた。
車中では誰ひとり喋ることはなかった。
重い沈黙の中、十五分ほどで車はホテルの駐車場に止まった。
車を降りると赤城が口を開く。
「この中で煙草を吸うのは……高山だけか。どうだ、高山。
ホテルの中は全面禁煙だ。少し冷えるが一服していかないか」
赤城はロングコートの懐から煙草とライターを取り出して、屋外の喫煙スペースを指さす。
カリフォルニア州は喫煙者に厳しい。
路上喫煙は勿論、建物の入り口から数メートル離れた喫煙所以外で煙草を吸おうものなら罰金だ。
日本を出発してから飛行機、ホテル、研究所まですべて禁煙だった。
予想外に強いられた禁煙に、隼翔が不満をこぼしていたのを赤城は知っていた。
隼翔以外の者は研究所内での二人の様子を思い出し、冷や汗を浮かべる。
しかし一同の心配とは裏腹に隼翔は冷静だった。
黙って頷くと、赤城の後について喫煙所へ向かった。
「大丈夫かな……」
二人が離れて行ってから、瑞岐が心配そうに班目を見た。
「……まあ、いくら高山少尉と言えど、赤城閣下を殴り飛ばすなんてことは……」
「無いって言いきれるか?」
「……心配になってきました」
かと言って、盗み聞きしに行く訳にもゆかず。
残された四人はすごすごとホテルに入って行くのだった。
ホテルの入り口から離れた場所に設けられた、屋外にぽつんと灰皿だけを配置しただけの喫煙所。
そこに着くと赤城はさっそく煙草に火を点ける。
「最近、初めて加熱式の電子タバコとやらを試したが、あれは不味いな。
やはり紙巻きには敵わん」
自分の分の煙草を咥え、隼翔にも煙草の箱を差し出し吸うように促す。
隼翔は赤城から煙草とライターを受け取ると、それに火を点けた。
ライターを赤城に返しながら呼びかける。
「……赤城のオッサン」
「上官になんて口をきく。馬鹿もんが」
窘めてはいるが、赤城の口調はそれほど怒気をはらんでいない。
「タイラーとかいうあの女、あいつの言う通りにするのか?
……日本でも。……瑞岐にも」
普段の隼翔らしからぬ覇気の無い小さな呟くような声だった。
赤城が息を吐くと、肺から出た煙がゆっくりと空へ立ち上る。
「そうなるだろうな。ウィザードに変わる新しい力が現れない限りは」
「でも、あんなのは絶対に間違ってる」
「なら高山。他にどんな方法がある」
「方法……?」
「お前はこの荒れた世界情勢の中、どうやって日本を守るつもりだ。
どうやって、あの未知なる力に対抗する気だ。
現状ウィザードに対抗できうるのはウィザードのみ」
隼翔の脳裏に八咫烏の見せた奇跡がよぎる。
恐らく自分は日本でも世界でも、ウィザードの奇跡をよく知っている部類の人間だ。
「世界がウィザードを求めるなら、日本もそうならざるを得ない。
平和を謳い武器を手放した者たちがどんな歴史を歩んだか、
知らない訳じゃあないだろう」
「…………」
「現状の最善と私の選んだ答えが、あれだ。
あくまでも選択するのは国民だ。
日本は民主主義。我々政治家は国民に『提案』をすることしかできん。
後は彼らが選んだものに了承の判を押すだけだ」
自嘲気味に赤城は笑う。
「例えそれが、自らの死刑執行のサインだったとしてもな」
再び大きく吐いた煙が空中を白く染める。
ほとんど吸わないまま、隼翔の手の中の煙草は灰と化した。
「もう一本吸うか?」
「いや、いい」
赤城から受け取った煙草を吸い終わると、吸殻を灰皿に押し付ける。
「そうか。私はもうしばらくここにいる。
班目に伝えておいてくれ」
背を向け立ち去ろうとする隼翔に、赤城は後ろから声をかけるのだった。




