037 泥人形⑦
瑞岐は隣でオロオロしながら隼翔を見上げる。
止めるべきなのか。それとも……。
隼翔は憤りを押さえきれず、声を荒げる。
「そりゃ、あの女共のやってることは虫唾が走るような外道だ!
でもな、てめえらがやってることだって……」
「高山」
先程よりも大きく厳しい声が一喝する。
「今は感情的な話をする時間ではない。大人しく最後まで聞け。
終わったら私がいくらでもお前の相手をしてやる」
「……ッ!」
その場にいる日本人全員を震え上がらせる鬼の元帥・赤城の叱責が、隼翔を制する。
流石の隼翔も黙り、舌打ちをしてから不機嫌そうに椅子に座りなおした。
「うちの部下がすまなかったな、タイラー女史」
隼翔に突き付けた厳しい声とは打って変わって、穏やかな声で赤城はタイラーに非礼を詫びる。
「とんでもございません。確かに、国内からも高山少尉のような意見は出てきますもの」
「現在の倫理観では、まあ。そうなるでしょうな」
「ですが、価値観など地域や時代で変わるもの。
ウィザードに対抗する術がウィザードでしかない現状、
国防の観点からも一人でも多くのウィザードを確保しなければならない」
日本を例にしてみる。
まず、瑞岐の『八咫烏』。
八咫烏は戦闘機に変化し魔力の弾で攻撃をする。その姿や弾は既存の如何なるレーダーでも捕捉できないため、迎撃システムが通用しない。
そして、飛騨の『神風』。
銃火器による攻撃や弾道ミサイル、そして魔力の弾を無力化する風を巻き起こす。
日本本土に直接乗り込んで破壊工作を行われるでもない限り、あらゆる攻撃から神風は日本を護る。
それらの力を、敵性勢力が持っていたとしたら。
ウィザード無き軍隊では、それらの攻撃に太刀打ちする術が無い。
それが如何に危険なことか。
武器を持った相手に、丸腰で挑むようなものだ。抑止力無くして平和を得た国は無い。
軍人たる隼翔や瑞岐も、それは身に染みてわかっている。
わかっているが、腑に落ちない。
ウィザードは、あくまでも人間なのだ。
人間を、物のように『造り出す』ことの異常さは、理解できても納得はできない。
「これからアメリカ合衆国と、その同盟国が進めるべき
ウィザードの増産体制を、我々研究所は提案致します。
先ほどご覧いただいたアメリカ国内の精子バンクらと提携して、
希望者がより確実にウィザードの誕生させる為の措置。
ウィザード男性の精子と、母体となるごく
一般的な女性の卵子との受精ではなく、
最もウィザード誕生の確立が高い方法で。
ウィザード同士の精子と卵子による人工授精卵による妊娠。
そして、胎児の段階でのDNA検査によるウィザード能力の有無を判別すること。
これらを可能にしたいと考えております」
あまりにも冷酷な内容を冷静に述べる彼女に、隼翔は自分でも知らずに心の内を声に出していた。
「血の繋がりも何もない子供を産めって言うのか」
それを聞いてタイラーは再度、隼翔を瞳に映した。
彼女は隼翔に向かって、美しく優しく聖母の如く慈悲深い笑みを浮かべる。
「人工受精卵での妊娠は、あくまでも国民の自由意志により選択されることです」
その笑顔は、隼翔にとっては『仮面』にしか見えなかった。
言いようのない恐怖のような感情は、隼翔だけでなく、瑞岐もまた感じていた。
「……あの、胎児の段階でのDNA検査って、
それで能力に目覚めることがないってわかったら、どうなるんですか?」
おずおずと手を上げ、瑞岐も疑問を口にした。
タイラーは変わらぬ仮面の笑顔で、優しい声で瑞岐に答える。
「保護者が希望するよう適切に処置致します。
そのまま出産を希望するのであれば、通常の出産と同じように。
堕胎を望むのであれば、費用は国が持ちます」
ウィザードの才能に恵まれなければ、堕胎する。
そしてまた次の可能性に賭ける。
そのような人間の『処理』まで保証するというのか。
「……てめえらのやることは、
エンジェルたちのやってることと、何が違うんだよ……」
俯いて小さく呟く隼翔に、隣にいた瑞岐だけがその言葉を聞いた。
机の上で握りしめた隼翔の拳が微かに震えているのは、怒りのせいか。
怯えのせいか。
哀しみのせいか。
たぶん、隼翔も、自分と同じことを思っているのだろう。
瑞岐もまた、膝の上で組んだ両手にじっとりと汗が滲むのを感じていた。




