第15話 レベル0
冒険者組合の中は、修司が想像していたより明るかった。
正面には長い受付台があり、壁一面に依頼書が貼られている。右手は酒場になっているらしく、昼間から木杯を傾ける者もいた。
入った瞬間、いくつかの視線が修司とリゼへ向いた。
すぐに興味を失う者。
外套の奥を探るようにリゼを見る者。
修司の服やリュックへ目を留める者。
「見られてるな」
「反応するな」
リゼは小声で言い、空いている受付へ進んだ。
受付の女性は二十歳前後に見えた。頭から茶色い獣耳が出ている。
本物かどうか見てしまい、目が合った。
「何か?」
「いや、すみません」
「こちらでは珍しい種族なのだ」
リゼがすかさず補う。
女性は納得したように耳を一度動かした。
やはり本物だった。
「新規登録ですね。お名前を」
「シュウ」
「家名は?」
「ない」
神谷と名乗るべきか迷ったが、リゼとの打ち合わせ通りに答えた。
こちらで結衣が別の名を使っていたのなら、自分もまずは修司ではなくシュウでいい。
受付の女性が羊皮紙へ書き込む。
「出身地は」
「海の向こう」
「国名を伺っても?」
「……言葉が通じる国名ではないと思う」
嘘ではない。
受付の女性は少し首を傾げたが、リゼが仮入街証を見せると、それ以上は聞かなかった。
「では、鑑定を行います。こちらへ手を置いてください」
受付台の奥から、透明な板が運ばれてきた。
横幅は三十センチほど。石にも硝子にも見える。
銀色の台座には、見たことのない文字が刻まれていた。
「痛くない?」
「通常は」
「通常は?」
「手を置くだけです」
笑顔で言い直される。
隣では、リゼがわずかに視線を逸らした。
修司は嫌な予感を覚えながら、右手を透明な板へ乗せた。
冷たい。
板の奥に、白い光が灯る。
細い線が走り、文字らしきものを形作っていく。
「読めない」
「鑑定板の文字は、登録者にも意味が届くはずですが」
言われた途端、不思議と内容が頭へ入ってきた。
名前――シュウ。
種族――不明、人間。
位階――零。
職業――なし。
魔力――零。
技能――なし。
「……何もないな」
修司は率直に感想を口にした。
受付の女性は答えない。
もう一度、板へ顔を近づけている。
「位階零?」
近くにいた男が、表示を覗き込んだ。
「赤ん坊でも一はあるぞ」
酒場の方から笑いが起きる。
「しかも職なし、魔力なし、技能なしだ。どうやって森を越えてきた?」
「女に背負ってもらったんじゃないか」
別の笑い声が重なる。
修司は自分の腕を見た。
確かに剣は使えない。
魔法も知らない。
この世界の基準で何もないと言われれば、その通りかもしれなかった。
「異世界人だから、登録されてないだけじゃないか?」
「声が大きい」
リゼに足を踏まれた。
「痛っ」
「変わった土地という意味だ」
冷たい声で周囲へ言い直し、リゼは鑑定板へ目を向ける。
笑ってはいなかった。
「もう一度測れ」
「ですが」
「鑑定板の不調かもしれない」
受付の女性も同じことを考えていたらしい。
台座を調べ、奥から別の職員を呼んだ。
灰色の髪をした初老の男性が現れ、板の側面へ細い道具を差し込む。
「板に異常はない。もう一度、手を」
修司は言われた通りにした。
白い光。
同じ文字。
名前――シュウ。
種族――不明、人間。
位階――零。
職業――なし。
魔力――零。
技能――なし。
ただし今度は、最後に一瞬だけ板全体が黒く染まった。
光を吸い込んだような黒だった。
次の瞬間には元へ戻り、何事もなかったように透明になる。
「今のは?」
修司が聞く。
初老の職員は答えず、受付の女性へ目配せした。
「登録は可能だ。最低位の白札を発行しろ」
「はい」
「ちょっと待て」
リゼが低い声で呼び止める。
「何が出た」
「表示通りだ」
「なら、なぜ顔色が変わった」
職員はリゼの外套の奥を見た。
互いに、相手がただ者ではないと探っている。
やがて男は、周囲へ聞こえない声で言った。
「魔力零なら、鑑定板は光らない」
「では」
「光らせるだけの力が流れ込んだ。だが測定値は零のままだ」
「測れなかった?」
「分からん」
男は修司を見る。
「本当に魔力を持たないのか。それとも、この板が力として認識できない何かを持っているのか」
修司には、どちらでも大差なかった。
魔法を使う方法も知らず、戦えば素人だ。
「結局、今の俺に何ができる?」
「白札で受けられる依頼だけだ。採取、運搬、街中の手伝い。討伐は勧めん」
「なら、それでいい」
受付の女性が、白い金属札を差し出した。
名前と、零の数字だけが刻まれている。
修司はそれを受け取り、首へかけた。
酒場からは、まだ小さな笑い声が聞こえていた。
リゼだけは鑑定板を見つめ、何かを考えている。
「行こう」
修司が声をかけると、彼女はようやく視線を外した。
「気にするな。俺の世界では、レベルなんてなくても生きていけた」
「ここは、お前の世界ではない」
「知ってる。でも、数字が俺の全部でもないだろ」
修司は白札を服の下へ入れた。
零。
何も持たない数字。
それが弱さなのか、測れないという意味なのか。
この時の修司は、まだ深く考えていなかった。




