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第十一話

セントラルの地下奥深く、常人であれば息をするのも困難なほどの瘴気が立ち込める最深部。 そこに鎮座する巨大な緑色の球体は、今や脈打つたびに周囲の空間を歪ませるほどの、強大な胎動を起こしていた。


その御前で、これまで「緑の怪物」として暗躍していた男――地の民の天才であり、全ての元凶であるタルタロスが、余裕の笑みを浮かべて語りかけていた。


「我が主よ。残念ながら、八将軍は全て敗れてしまったようです。……しかし、私の真の目的は既に果たされました」


タルタロスは、モニターに映し出される世界地図を見下ろしながら続ける。 「奴らが今いる『約束の地』から、このセントラルまでは、船や陸路を使えばどう急いでも一ヶ月半はかかる距離。さらに、この地下迷宮の最深部に辿り着くまでには、さらに時間を要するでしょう。奴らが到着する頃には、主の受肉は完全に終わっております」


タルタロスは、くくくっと喉の奥で笑った。 「奴らが空でも飛んでこない限り、全ては計画通り。セントラルから遠ざけるように布陣を敷いた私の策に、見事にはまってくれました。私は奴らが絶望の顔をして到着するまで、主の『誕生パーティー』の準備をゆっくりと進めるといたしましょう」


タルタロスが謁見の間を出ると、薄暗い通路の出口に、満身創痍の鎌切レンセツが正座で待っていた。


タルタロスは、見下すような冷酷な視線を投げかける。 「……この恥知らずが。よくもまあ、度重なる失態を演じておきながら、ノコノコと私の前に顔を出せたものよ。もうお前には微塵も期待しておらんわ」


すれ違いざま、タルタロスは吐き捨てるように言った。 「ただ、最後に少しでも私の役に立ちたいと願うのであれば……『蠱毒こどく』の儀でもやるのだな」


鎌切は無言のまま深く頭を下げ、悔しさにほぞを噛んだ。その唇から、緑色の血が床にポタポタと滴り落ちていた。


場所は変わり、約束の地の寺院。 激戦を終え、一息ついた七人の戦士たちは、再び天の主の御前に集まっていた。


『よくぞ、この集落を守ってくれました。今日はひどく疲れたでしょう。ゆっくりと休んでください』 天の主の優しい声が響く。


しかし、リチャードが焦燥感を露わにして一歩前に出た。 「お待ちください! 地の主が復活するまで時間がないとおっしゃったではないですか! ゆっくり休んでいる暇などありません。すぐにでも旅立ちたく思います!」


天の主は、その焦りを宥めるように、落ち着いた声で返した。 『皆、今日は心身共に疲れ果てています。急いては事を仕損じますよ。明日のために、今は休むのが「仕事」なのです』


その静かな迫力に、リチャードも、他の仲間たちも反論できず、それぞれ用意された部屋へと通されることになった。


その夜。メーテルの部屋には、集落の民たちが次々と訪れていた。 長は深々と頭を下げて集落を守ってくれた感謝を伝え、メーテルと年の近い若者たちは、恐縮しながら過去のいじめを謝罪した。中には、天の戦士として覚醒したメーテルに媚びへつらおうとする、下心を持った者もいた。


しかし、メーテルは静かに微笑み、落ち着いた声で答えた。 「私はただ、今私ができることをするしかできないのです。皆さんに、祝福を」 その一切の私心のない清らかな態度に、下心を持っていた訪問者たちは己の浅ましさを恥じ、逃げるように帰っていった。


一方、タケルの部屋。 タケルはベッドには横にならず、床で座禅を組み、静かに目を閉じていた。 (俺は……未熟だった) 心の底からそう思えた。心、技、体、その全てにおいて。 メーテルが奇跡のような力を発揮できたのは、きっと自分の未熟さや弱さを完全に理解し、受け入れた上で、誰かのために「自分のベストを尽くした」からだ。


(もう、未熟であることを恥じない。強ぶることも、怒りに任せることもやめる) タケルは深く息を吐き出す。 自分ができることを、ただ全力でやる。己のちっぽけなプライドを殺し、風の民のため、この世界で苦しむ人々のため、そして、背中を預けられる仲間のために、謙虚にこの力を振るう。


静かな夜の闇の中で、タケルの心に、これまでになく澄み切った一陣の風が吹いた。


翌朝。 迷いのない、覚悟を決めた顔つきの七人が、再び寺院に集結した。


『皆、準備は整いましたね』 天の主が静かに語りかける。 『最後の戦いに赴く前に、まずは皆様に、わずかながら力を与えましょう』


祭壇の前に、七つの光の球がフワリと現れ、それぞれが形を変えて実体化した。 タケルの前には、神々しい風のオーラを纏う『草薙のくさなぎのつるぎ』。 リチャードの前には、聖なる光を放つ長剣『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ』。 ヴィクトリアの前には、荒れ狂う波の意匠が施された『水龍の斧』。 ジョーの前には、灼熱の炎にも耐えうる深紅の『火鼠の手袋』。 カグヤの前には、両端に金の装飾が施された棍『如意棒にょいぼう』。 高橋の前には、なぜか布製の素朴な『私(天の主)のお守り』。 そしてメーテルの前には、美しい装飾が施された弓『梓弓あずさゆみ』。


「お、おい、俺だけなんかショボくないか!?」高橋が眼鏡をズレさせながら突っ込むが、それはひとまず置かれた。


メーテルがおずおずと手を挙げた。 「あの……天の主様。私、弓なんて一度も使ったことがないんですけど……」


しかし、天の主はそれを完全に無視して、荘厳な声で話を続けた。 『それでは、皆をセントラルへ転送します。皆の健闘を祈ります。……天に、光あれ!』


「ちょっと、話を聞いて――!」 メーテルの悲鳴をかき消すように、視界が真っ白に染まった。


浮遊感の後、光が収まると、そこは湿気とカビの匂いが漂う、薄暗い石造りの地下道だった。 一ヶ月半の道程を、一瞬でゼロにしたのだ。


リチャードが真新しい天叢雲剣を構え、意気揚々と話す。 「騎士団長時代に把握している。この街の地下道は、全て最深部へと繋がっているはずだ。適当な入り口から、一気に下層へ向かおう!」


一行は、迷宮のような下水道を奥へ奥へと進んでいく。 当然、道中では巨大なゴキブリ型の怪人たちがカサカサと不快な音を立てて無数に襲いかかってきた。 「ひっ……! 虫は虫でも、ゴキブリは無理よ!」 女性陣(と高橋)が顔を引き攣らせて後退りする。あまり戦力になりそうにない。


しかし、ただ一人、カグヤだけは違った。いや、正確には彼女の中の「ミカ」が。 「おっしゃあ! カグヤは今、一ヶ月に一回の『動けない時』だからな! 今日はあたしが世話になるぜ!」 ミカは授かった如意棒をブンブンと振り回し、豪快に笑う。 「それにしても、害虫がうっとうしいねぇ! まとめて消毒してやるよ! 八卦陣・ッ!!」 炎と雷を巻き起こし、ミカは嬉々としてゴキブリ怪人たちをホームランしていく。


ゴキブリの群れを抜け、地下を彷徨うこと約二時間。 一行は、地下とは思えないほど広大な、ドーム状の空間に辿り着いた。


部屋の中央に、見覚えのある姿が立っていた。 八代将軍の最後の一人、鎌切だ。


鎌切は、重く、どこか悟ったような声で口を開いた。 「タケルよ。……一騎打ちをしよう」


タケルは一歩前に出ると、静かに草薙の剣を抜き、落ち着き払った声で返した。 「……わかった」


その声には、以前のような怒りも、気負いもなかった。自然体のタケルを見て、仲間たちは皆、無言でタケルの背中を見送った。


二人が構える。 ピタリと動きが止まる。静寂。ほんのわずかな時間だったが、それは無限にも思える濃密な時だった。


シュンッ!! 次の瞬間、二人の影が交差した。


「…………」 倒れたのは、地の戦士、鎌切だった。タケルの太刀筋は、見切ることすら不可能なほどに研ぎ澄まされていた。


鎌切が、薄れゆく意識の中で最後の声を絞り出す。 「見事だ……。貴様ら天の民は、わずかな時間でここまで成長するのか……。武人として、悔いはない」 しかし、鎌切の複眼が、妖しい光を放った。 「だが……私個人としては良くても、最後の八将軍として、ここで終わることは許されぬ! 最後の手段を使わせてもらうぞ!」


気がつくと、彼らの周りに七つの不気味な石の棺桶がせり上がっていた。 鎌切が絶叫する。 「蠱毒こどくッ!!」


その言葉と共に棺桶の蓋が吹き飛び、中から、これまで一行が倒してきた他の八代将軍たちの死体が浮かび上がった。 死体は空中でバラバラに砕け散り、周囲を飛び回り、そして中央で倒れている鎌切の元へと集束していく。


一瞬、空間全体が完全な闇に包まれた。 そして闇が晴れた時、そこには、八人の将軍全ての武器と特徴を繋ぎ合わせたような、巨大な異形の怪物――八将軍の集合体が立ちはだかっていた。


『グルルルオォォォォォッ!!』


凄まじいプレッシャー。しかし、七人の戦士たちの間に焦りはなかった。 「みんな、行くぞ!」


タケルの草薙の剣が巻き起こす神風が敵の動きを止め、高橋のサイボーグアーム(とお守りの謎パワー)が死角を突き、メーテルが不器用ながらも放った梓弓の一矢が植物を這わせて敵を縫い留める。 ヴィクトリアの水龍の斧とミカの如意棒が同時に炸裂し、ジョーの火鼠の手袋から放たれる業火が敵を包み込み、最後にリチャードの天叢雲剣から放たれた極太の光の刃が、怪物の急所を完全に貫いた。


完全無欠のチームワーク。七人の力を合わせた総攻撃の前に、八将軍の集合体は断末魔の叫びと共に崩壊し、完全に消滅した。


「よし……! まだ先があるぞ!」 タケルたちは息をつく暇もなく、タルタロスと地の主が待つ、さらなる深部へと駆け出していった。

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