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セレニアの物語  作者: さなか
第3章 オーネット屋敷の精霊

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終章 エディメルの愛


 狼王の箱についてレイドン様がお聞きになると、ケンシーは言いました。

 

『その通りよ。もちろん、エディメルが触れれば開くわ』


 エディメル様は嫌だと仰いました。


「治っていようが治っていまいが、もう関係ない! 実験なんてする必要がない」


「待ってくれ、エディメル。これは大精霊になるために必要な実験なんだ。ケンシーが入った箱を君が開けられるということは、性質が同じだという証明になる。性質が同じものの融合……大精霊化は必ず成功する」


「さながら、愛の試練。だな」


 イグニーズ様はいつものようにお笑いになりました。

 もう、エディメル様に人間でいて欲しいと願うのは、諦められたようでした。


 クローレア様のお考えで、実験は七日後に行われることになりました。というのも、ちょうどルワレーリオ諸島から来られるお医者様の御一家が、オーネット領にご滞在されることになっていたのです。

「その日と合わせた方が心配が減るから」と、クローレア様は仰いました。


 エディメル様はその七日を、人間として過ごす最後の日々と決意されました。

 朝は早くお目覚めになり、ケンシーとミシュワ畑をお散歩されました。

 お食事もたくさんお取りになりました。――体が健康かどうかの証明など、必要ないとご家族がわかるほどでした。

 夜はレイドン様とイグニーズ様と、お酒を飲みお騒ぎになりました。夜を明かし、朝方にお休みになった日もありました。

 ケンシーと夜をお過ごしになることは、避けられているように見えました。


 私はいつものようにお手伝いをし、決められた日にはクローレア様に日々のご報告をしました。

 

 


 

 愛の実験は次のように行われることになりました。


 朝、ケンシーを箱に入れ、蓋を閉じます。

 一度エディメル様が触れ、箱が開くことを確かめます。

 ケンシーを箱の中に入れたまま、エディメル様は三日を過ごされます。

 何も異常が起きなければ、ご病気が治っていること。

 三日後に箱が開けば、エディメル様とケンシーが大精霊になれるという証明になるということです。


 

 エディメル様はご納得されました。


「これから永遠を過ごすのだから、三日程度何の問題もない」


 クローレア様、レイドン様、イグニーズ様、エディメル様、そして私が立ち会う中、ケンシーが箱の中に入りました。他の人たちにはこの箱のことは秘密にしました。

 私たち以外で唯一知っているダニエル様は、お医者様のご家族がご到着され、他の使用人とそちらのご対応をされていました。


 エディメル様が箱に触れ、一度蓋を開けられました。

 軽々と開いた蓋の内側、黒い輝きが透けて見える姿は、煌めく星空を衣服に纏っているように見えました。


『愛しているわ、エディメル』


「大丈夫かケンシー。やっぱり三日は長すぎる」


『大丈夫よ。精霊には時間なんて関係がないのだもの』


 ケンシーはエディメル様に口付けをしたように見せ、箱の中へと戻りました。

 その箱が置かれたのはレイドン様の研究棟、友人同士三人が好き放題に過ごされるためのお部屋の、テーブルの上でした。

 

 当然、エディメル様のご体調は何も変化がありませんでした。

 一日目、はじめは箱の置いてある部屋で過ごされました。そわそわと落ち着かないご様子で、触れて箱を開けてしまうのに我慢出来なくなったのか、一刻もしないうちにご自分の部屋にお戻りになりました。

 お水を大きい器で欲しいと仰られたので、洗濯桶にご用意をしました。エディメル様はその水面に映るご自分の姿を絵に描かれました。精霊になったあとの御姿をご想像されたのでしょうか。


 二日目。エディメル様はレイドン様の研究棟に近付こうとなさいませんでした。

 お食事の後、クローレア様のお部屋に呼ばれ御家族の時間を過ごされました。クローレア様とダニエル様がお仕事をなさっている姿をエディメル様が見られるのは、初めてのことでした。南オルミスのあちこちのルペッサン家から手紙が届いており、お二人はその御返事を書かれていたそうです。


 何事もなく、あっという間に二日間は過ぎていきました。


 最後の日。

 エディメル様は落ち着いたご様子で一日を過ごされました。


「精霊がいないとあいつ、まともに見えるな」


「僕はああいう雰囲気がする人を見たことがあるよ。……精霊王に生気を捧げることを決めた人たちだ」


 レイドン様とイグニーズ様は、もうお止めになりません。クローレア様も、ダニエル様も。

 皆様はエディメル様の御意志を大切にされたのです。




 けれど、私だけは違いました。

 私には、まだ役割がありました。

 

 

 


 

「何をしているんだ、レラ……!」


 目を見開かれ部屋の奥へと後ずさっていかれるエディメル様に、一歩ずつ――絨毯の足触りを感じ、踏みしめながら近づきました。


「思慕ではありません。ですが、私もエディメル様への愛があるのです。オーネット家への御恩返しに、エディメル様の病をすべて治して差し上げたいのです」


「誰が……母か? イグニーズ? 従わなくていい、こんな……」


 私がエディメル様に何をしたのか――それは、他者に語る類のものではないこと――とだけ、記しておきましょう。



 次の日、エディメル様は箱に触れ、ケンシーを呼びました。一日中呼び続けましたが、蓋はぴくりとも動きませんでした。

 そしてその日以来――エディメル様は生涯二度と、箱を目にすることはありませんでした。



 内側にあるものを証明しなければならないのなら、騙すことはできません。

 開かないはずのものなら、外見を似せることは簡単だったのです。


 

 

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