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セレニアの物語  作者: さなか
第3章 オーネット屋敷の精霊

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2 ヴァヘライザの絶望

2 ヴァヘライザの絶望

”「オーネット殿……! ここは? どうして? ファルトーソーは、アケリオは……!」

 目を覚ましたエッカーナ王女は大変興奮して、オーネットにつかみかかった。

「落ち着いて。すべて終わったんです……ファルトーソーは死にましたよ」

 王女はほっとして、またベッドに倒れた。

「なにが、あって……。ワイロフ、無事で良かった。アケリオは?」

 私は首を横に振った。王女は目を見開き、私と同じように首を振った。私もまだ、信じることができない。アケリオ様の、あんな……最期を。それを国に帰って話さなければならないと思うと、私の気分は重く海へ沈む。

 王女は自分を責めるように頭を抱え、赤毛を引きちぎりそうなほど強くつかみ、叫んだ。

「ヘイス・カフェトーは敵だった! 全部わたくしのせいだ! わたくしのせいで……アケリオ……カラット……ライザス……」

 王女は彼らの名を呼んだ。いつも美しい歌を聞かせる王女のものとは思えない呻き声に、思わず目を見張る。

 その様子を見てオーネットが、ヘイスが本当に誰よりも王女の味方であったことを話して聞かせた。

「ナバルが全部見ていました。ヘイスはあなたとオルミスを助けるために戦ったのです」

 王女の荒い呼吸が、だんだんと落ち着いていった。

 ヘイスは左肩をナイフで貫かれ、重傷だった。生きてはいるものの、友人の死に心を痛め、一度も起き上がってはこなかった。

「王女として、彼に感謝を伝えるべきです」

 私は王女に彼がいる場所を教えた。

 二人が共に、生きようとする気持ちを取り戻せるように。“


 夜にエディメル様を見守る仕事は、フィルマに任せることが許されていました。

 今日はレイドン様がお帰りになって少し興奮されたので、体調を崩されるかもしれません。ちょうど本をいただいたので、読みながら起きていることにしました。

 

 ヘイス・カフェトーはこの巨大大陸(サルトカティス)にファムリアを建国した王様です。

 ファルトーソー制圧に尽力したヘイス・カフェトーに、新しい国と第三王女エッカーナが与えられた。

 歴史の先生に教わったことはそれだけでしたが、この本にはもっと濃密に、二人が出会ったときにはもう恋をしあっていたように書かれていました。

 

(精霊の灯とは、どういうものなのでしょう。蝋燭を使わなくてもいいのでしょうか……)


 もったいないと思いながらも新しい蝋燭に火を移し、もう一度本を開きました。

 エッカーナ号事件のあと、襲撃計画を知ったメルキド王は力のある人々を集めて、ファルトーソーを制圧しました。イシュハーム・チルキアやドラギエル・ドーデミリオンといった英雄の名前も教わりました。ルペッサン兄弟も有名です。オーネット領の西にある国・南オルミスは、王族も有力者もすべてルペッサンという家名なのです。

  

“私たちが東の荒野から帰還すると、誰よりも先にエッカーナ王女が一行を出迎えた。ファルトーソーの者たちを捕縛してきた私たちをねぎらいつつも、エッカーナ王女は高い頭のてっぺんをさらに高くして、とても落ち着かない様子で行列を眺めていた。何だかそれが可愛らしくもおかしくなってきて、疲れがすっかり吹き飛ぶようだった。

「ヘイス殿ならあちらにおわしますぞ!」

 皆同じ気持ちだったようで、若い王女をからかう者もいた。エッカーナ王女は彼女自身の赤毛のように顔を真っ赤に染めて慌てふためき、足早に愛する青年の元に向かった。

 

 それから数日後、戦いの功労者であるドラギエル・ドーデミリオンが、かのナバル・パームシュカと結婚することになった。メルキド王の命を受け、祝いの品を運んだ。城下のはずれの新しい屋敷にはコカトの森のドーデミリオン家が総出で祝いに来ており、とても窮屈だった。

 新婚夫婦や若い恋人たちを見るのは良いものだ。

 宴会を端で眺めていた私のところに、オーネット・サキタリがやってきた。

 第一王女シルキディア様とルアン様に誕生した御子の話などをする。

「ベニヤ王妃は御子様の服を編むのに夢中になっておられる」

「ヴァヘライザ様を心配して、王妃様も具合を悪くされていたからな。気が紛れて良かった。王陛下なんて、もう引退してルワレーリオ諸島へ行くつもりでいるぞ、まったく」

「しかし、ヴァヘライザ様はますます塞ぎ込んでしまった。シルキディア様とエッカーナ様の幸せなご様子に、ヴァヘライザ様は心身を病まれてしまう。シルキディア様も気遣っておられるが、お疲れの色が浮かんでいる」

 もう三年も塞ぎこんだままの王女のことは、城下町の噂にもならなくなっていた。

「医者を呼んでも治るまい。悲しみは生気が失われる、最も重い病だ」

 メルキド王はヴァヘライザ王女を連れて行くつもりでいるらしい。おそらく、アケリオの墓を見せ区切りをつけさせようとしているのだろう。”


(確か、トムス・ルペッサンと結婚したのがこのヴァヘライザ王女のはず……)


 また、教わっていないことが。

 気になって、物語を読み進めました。


”ヘイスとエッカーナ王女が何とも言えない悲痛な表情をして戻ってきた。てっきりあの事件を思い出してのことだと思ったのだが、それを見た私たち、王家の方々の表情もおそらく同じであっただろう。

「なぜ皆、私に嘘をつくの。アケリオは生きてたのに」

 ヴァヘライザ王女はトムス・ルペッサンの服にしがみついて、離さなかった。彼は髪の色と目の色しか、同じではないというのに。“


 その後には、メルキド王がトムス・ルペッサンに頼んでヴァヘライザ王女と結婚してもらったことが書かれていました。そんな、人を誰かの代わりにするような結婚があるのでしょうか。それも精霊の導きだと言うのでしょうか。




 

 お屋敷の廊下でレイドン様をお見かけし、私は声をかけました。

 

「レイドン様」


「やあ、レラ」


「あの本、大変興味深く読ませていただきました。特にトムス・ルペッサンとヴァヘライザ王女のお話が驚きました」


「わかるよ。北オルミスでは、ヴァヘライザ王女とトムス・ルペッサンはとても穏やかで仲睦まじい夫妻だったので有名なんだ。その最期は子孫の語り草になっていてね、ヴァヘライザ王女は六十歳くらいで亡くなったんだけど、死の間際トムス・ルペッサンにありがとうと言ったそうだよ。それが何を意味するか……その本を読んだ後だと、わかる気がしないかい?」


「……それは……とても、可哀想ですね……」


 私は悲しくなりました。昨夜、ヴァヘライザ王女という人を知ったつもりでいたのです。しかし、レイドン様のお話によってまたその人物像は覆りました。そばにいた人が本を残しても、子孫が伝え続けても、私がヴァヘライザ王女に実際に会ったとしても、すべてを理解することはできないのかもしれません。

 

「でも……ワイロフ・トメイは、本当のことを書いたのでしょうか?」


「なぜ、そう思うのかな?」


「なんだか、信じられません。喜んでいる、悲しんでいる、恋をしている……歴史の重大な資料であるはずなのに、そんなことばかりが書かれていましたので……」


「そうなんだよ……僕はね、歴史を変えた出来事って、誰かの願いが叶えられたってことだと思ってるんだ。オルミスに危害を与えるファルトーソーの意志も強かったけれど、オルミスの一つとなった意志の強さがこの戦いを圧勝に導いたんだ!

 それで感情の話だけど、意志と感情とは大きな関係があるって昨夜フィルマが言っていたよね。感情は、意志を強くすることも揺らがせることもできる。感情の記載があることによって、さらに時代の理解が進む! あの本はワイロフ・トメイの視点で書かれているから、すべてが真実だというわけではないだろうけれどね。しかし、オルミスとファムリアの建国についてこんなに細かいことが書かれた手記は他にないよ。現在という結果から見て誰の願いが叶ったかを紐解くことで精霊の力を使う条件が――」


 レイドン様は、もう呼吸をするのも惜しいというように言葉を紡いでおられます。そのうち、私が圧倒されていることにお気づきになり、咳払いをされました。


「んん……読んでくれて嬉しいよ。こうして内容について話せる相手がいると、本を読むのはもっと楽しい。そういえば、エディメルもあの本を読みたいそうなんだ。今度、貸してやってくれるかい」


 レイドン様は、珈琲の木を植える許可をクローレア様にいただきに行くところだと仰いました。レイドン様と別れた私は自室に戻り、本を持ってエディメル様のお部屋に向かいました。

 お支度の前にお渡しすると、『ありがとう、レラ』とフィルマが言いました。


「今日は部屋で食事にするよ。母には、具合が悪いわけじゃないと伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 この日、エディメル様は夢中になって本を読まれました。私が昼のお食事をお持ちしたとき、お部屋の中からため息が聞こえてきました。


「レイドンが、この小説を気に入るかもと言った意味がわかったよ」


『でも今のあなたは悲しみであふれているわ、エディメル』


「そうだよ。ヴァヘライザ王女の絶望……愛する相手と結ばれない悲しみ……」


 エディメル様は、フィルマに手を伸ばします。その姿は、アケリオ・ケワイスの幻影に触れようとするヴァヘライザ王女のように見えました。

 

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