意志の証明(第2章3ヶ月後)
オーネット殿がヘイスを伴って報告に来た。
謁見の間に王妃王女様もご同席ください、とワイロフが伝えに来た。
行きたい気持ちと、行きたくない気持ちが戦っている。
いつも会いたいと願い続け――
――会ってはならない、と願う。
そして、会ったとしても、王女として振る舞うだけ。
ヴァヘライザ姉様のように、伏せっていることにしようか。いや……姉様は、本当に伏せってしまっている。アキリに会いたくても、会える日は二度と来ない。
生きている。それだけで、十分なのだ……ヘイスがわたくしに願ってくれたように。
会ってどうしたらいいかわからない、などという理由で逃げるわけにはいかない。ヴァヘライザ姉様が立てない分、わたくしが国民の前に立たなければならないのだ。
自分を奮い立たせ、支度に向かう。
船の仕事など何もできない華やかな動きにくい服を着て、城下町でも美しいと評判の髪型とやらに整えられる。石を磨いて輝かせたものを首に巻き――
「なんだ。いつもより、着飾りすぎじゃないか?」
ロリー・トメイに、少し文句を言った。
「今日はとても良い報告があるそうですから、これぐらいはしなければなりませんよ」
「……そういうものか」
こういうことは苦手で、いつもロリーたちに任せっきりだ。
「最近はずっと、城も町も重々しい雰囲気ですから。オルミスが繁栄した国であることを、皆が思い出すようにいたしましょう」
「そうだな」
ロリーの言うことは理解した。
だが、支度を終えたシルキディア姉様は、それほど普段と変わりない。
「あら、そういうふうにしたらとっても可愛いわ、エッカーナ」
ふふ、と姉様は笑う。
「……?」
先程の話は、ロリー一人の考えなのか。シルキディア姉様はいつも華やかにしているから、違いがわからないのかもしれない。
謁見の間。
目を閉じて、深呼吸をする。
(わたくしは第三王女エッカーナ・オルミス)
王女はただ王の後ろに座り、部屋を眺めるだけ。
なのに、胸はそわそわしてしまう。
(そんなふうにしたって、何にもならない)
自分に言い聞かせる。
そしてまた、戻ってきた後に痛みが響くだけ――。
中に入るとオーネット殿が跪いていた。ヘイスが来ると聞いていたが、いないようだった。後ろに跪いているのは、見たことがない男だ。青みがかった黒髪に一瞬どきりとしたが、髪が短く、かなり上等な服を着ているからそれなりの名家の者だろう。
緊張をして、損をした。
(父様め。オーネット殿、わたくしの分のバナナもあるのだろうな?)
報告は本当に良いものだった。あの島への航路が確立すれば新しい食べ物が手に入るし、……皆の弔いにも行ける。
(あいつも行きたがるだろうか……)
そんなことをぼんやり、考えていると。
「まあ、お父様?」
「信じられない」
姉様と母様が、父様に責めるような声を上げた。
「?」
何か、父様が悪いことをしたようだ。オーネット殿はなぜか一瞬わたくしを見て、微笑んだ。
「べ……別に良いではないか、オーネットだったら」
「それで、少々気は早いのですが……戦いの準備でオルミスの民も緊張が続いておりますし、喜ばしい出来事も必要でしょう。必ず巨大大陸は見つかりますので、先に約束の褒美をいただきたいのですが」
「……他の物では?」
一体、何の話をしているのだろう。シルキディア姉様は口を尖らせているし、母様は呆れたご様子だ。わたくしは二人と父様をきょろきょろと見比べる。
「だめです。あと、その褒美はあの島に一番最初に到達した、このヘイス・カフェトーに譲りたく存じますが」
「――え?」
ヘイスが、どこに?
すると、オーネットの後ろで跪いていた男が立ち上がった。
「ほら。望むものは、自分で言いなさい」
オーネット殿に背中を押され、男が父様の前に出る。
(この男が、ヘイス……?)
前髪は短く、あらわになった顔。前ほど目つきが悪くない。背は少し伸びて、体格も良くなっている。
跪いて見えなかったが、名家の者が祝いの席に着てくるような、上等で華やかな飾りがついたものだった。
まるで、今日のわたくしと同じだ。
ヘイスは真っ直ぐに父様を見ていた。
意志の強い灰色の瞳。
それだけは、変わらない。どんな格好をしていても、確かにヘイスだ。いつもより苦しい胸の疼きに、目を伏せる。
「どうか……俺に、第三王女エッカーナ様を」
……。
…………?
「まあ」と、隣でシルキディア姉様が両手で頬を押さえる。
「どういうことなの、オーネット?」
母様が怪訝そうに言う。
「細かいことは、ワイロフに聞かれるのがよろしいかと」
「……そう。そういうこと……あなた、どうなの? エッカーナ?」
と、母様がわたくしに言った。
(どう、とは?)
困って、シルキディア姉様を見る。
「あなた、結婚するの? ヘイス・カフェトーと!」
姉様が、わたくしに囁く。
「……結婚」
ヘイスを見る。以前のような長い前髪がないので、隠れる場所がなくて困っているような、そんな表情だった。
その様子は――たまらなく、愛おしい。
「わたくしが?」
「褒美には、あなたが欲しいのですって! ヘイス殿は」
ほうけているわたくしに呆れたのか、姉様が親切に教えてくれた。
「お前がいいと言うなら、だぞ。もちろん。な?」
父様はわたくしと、姉様母様に向かって言った。
わたくしの顔を、皆が覗き込む。
「いいです……」
わけがわからないまま、呆然と答える。
ヘイスが長く息を吐くのが聞こえた。
「では……ヘイス・カフェトー、オルミスへの献身に報い、褒美に第三王女エッカーナとの婚約を許すこととする」
「感謝致します」
と、ヘイスが言った……。
その後、どうしてか、姉様に連れられて母様と父様がワイロフに詰め寄るようにして、謁見の間を出て行った。オーネット殿もその後をついて行き、扉を閉めた。
なぜか華やかな装いのわたくしと、同じような格好のヘイスが取り残され、今ここが一体何の場所なのか、わからなくなる。
(もしかして、ロリーは知って……)
「……」
話しかけようとするが、声が出ない。言葉も出ない。
オルミスのために働いてくれていることの感謝や、労い。困っていることはないか、傷は痛まないか、元気でやっているか、オルミスの暮らしはどうか……。
それより、どうして髪がそんなに短いのか。
なんでそんな服を着ているのか。そんなことばかり、気にかかる。
そのとき、ふと思い出した。
「さっき、王女様と言った」
突っ立っていたヘイスが、眉間に皺を寄せる。
「前に、お前がそう言っているのを聞くことはないと言っていたが、聞いたな、さっき。ふふ」
ヘイスに勝った気がして、笑いがこぼれてしまう。
ずっと不機嫌そうだったヘイスが、呆れて言った。
「……怒らないのか。オーネットに利用されたんだぞ」
「お前は怒っているのか。珍しいな」
「北の町の内情を知ってるのは俺だけだ。戦うやつらが俺の言うことを聞く必要があるだろ。だから王女と結婚させるんだ。利用されたのはお前だ、エッカーナ」
「……」
エッカーナ、と。
(なんだ……普通に話すんじゃないか……)
涙が、こぼれる。
ヘイスは目を丸くした。
「嫌なら、早く言え。今からだって無かったことにできる」
「違う」
外に行こうとするヘイスの腕をつかみ、引き留める。
「嬉しいだけだ……」
涙が出てこなければいいのに、止められない。ヘイスがどんな顔をしているか、わからない。
ヘイスはわたくしの手を取り、降ろさせた。また拒まれるのか、と胸が痛んだ。
それでもわたくしは嬉しい。どんな理由であれ、またヘイスと話せるのなら。
しかし、ヘイスはわたくしを自分の方へ引き寄せ。
「なら、泣くな。……間違えたかと思った」
突然、抱き上げた。
「なっ、何を……」
「暴れるな、落とす」
すぐに足が地面に降ろされる。
「……本当か、確かめた。俺の手に入ったのかどうか」
「!」
ヘイスは、微妙な顔をしている。どちらつかずの結果だったと、思っているようだ。
「ばかだな」と、また涙が出てきてしまう。
「それなら、わたくしが望んだものだって、手に入った」
涙を拭い、ヘイスの手を取る。
自分の願いだけを叶えようとしない手を。
振り払われず、しっかりと握り返される。
あの日奪われたものを、取り返せはしないけれど。
「今度こそ、守ろう――二人で、オルミスを」
挿絵はAI生成で出来るだけイメージに近づけたものです。




