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セレニアの物語  作者: 和州さなか
第1章 アルソリオのトゥヴァリ

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オルマの朝(第1章13年後)

オルマの朝

「そうして、悪い賢人王ナリファネルを倒したトゥヴァリは、アルソリオの町の英雄になったんだ。トゥヴァリとペルシュの二人を乗せ、大精霊ナランサ様が踏んだ地面には道ができた。東の門からその道を辿っていくと、英雄が住む森に辿り着くんだよ」


 十二歳のオルマの話を聞いているのは、弟たちと妹たち。それから、同じ北地区に住む幼い子どもたち。


「私、森に行ってみたいな」

「トゥヴァリに会いたい!」

「そんなことより追いかけっこをしようよ」


 立ち上がり走り出す子どもたちを、オルマは追いかけた。止めようとしているのに、追いかけっこが始まったと勘違いした子どもたちは、好き勝手な方向へ散っていく。


「オルマが面倒を見てくれるから助かるわ」


 赤ん坊を抱いた母親たちが口を揃えて言った。


 アルソリオの朝。

 地区のみなが広場に集まり、食事の支度を始めている。大人の動きなどお構いなしに、子どもたちはちょこまかと走り回った。


「ルレッタ、待って!」


「きゃあ!」


 ルレッタは、精霊像の火を移していたリーヴァの足下をすり抜けた。驚いたリーヴァが落とした火は服に当たり、ぱっと燃え上がる。


「サイオン!危ない!」


「うわっ――」


 サイオンはオルマを振り返りながら走っていたので、井戸で水を汲んでいたミレットにぶつかった。ミレットは、そのまま井戸の中へ落ちてしまった。


「「助けてー!」」


 あちらから、こちらから、悲鳴が上がる。


「大変だ!」


 オルマは慌てて精霊を呼んだ。


「リーヴァの服の火を消して!」


 広場を漂っていた淡く白い光がひとつ、リーヴァへ飛んでいく。


「ミレットの怪我を治して!」


 もう一つの光が、井戸を囲む大人たちの頭上を越え、中へ吸いこまれるように飛んでいった。


「ミレットが怪我をしてるって、どうしてわかるんだ?」


「まだわからない。けど、高いところから落ちた人は大体いつも大怪我をしてる。願っておけば、本当に怪我をしていた時にすぐ治せるよ」


 その願いに応えて精霊が動いたのだから、ミレットが怪我をしていたのは間違いない。


「おーい!」


 井戸の中から、ミレットのくぐもった声が返ってきた。


「賢いオルマが生まれて良かったよ。アルソリオの新しい生活は、大変なことが多すぎる」


 自力で登ってきたミレットを引き上げながら、大人たちは言う。


「赤ん坊を育てたこともなかったし」

「こんなに泣くなんて知らなかった」

「私たちを眠らせないってことも」


 オルマは精霊に願った。

 目の下に大きなクマを作っている母親たちと、泣き叫ぶ赤ん坊たちが眠れるように。


 彼女たちと赤ん坊の瞼はすぐに重くなり、互いにもたれかかり合いながら、寝息を立て始める。オルマは赤ん坊が落っこちないように、籠の中にそっと寝かせた。


「火が食べ物だけじゃなく、私たちを焼くなんて」


 オルマは願った。リーヴァの、右足が丸出しになってしまった服を元に戻してくれるように。


「水に入っていると息ができない……ハーックション! あと、寒い!」


 ミレットのびしょ濡れの髪と服を乾かしてくれるように。


「我々には精霊が必要だ」

「町長の一家がいなきゃ暮らしていけない!」


 食事をしながら、人々は笑い合う。

 オルマは弟、妹たちと一緒に食べる。父は別の地区を見回っている。どこの地区も、同じような有様だからだ。


「ああ……今日も、大変だった……」


 弟妹たちを連れ帰ったオルマは、まだ朝だというのに、ばったりと床に倒れこんだ。



 

「大丈夫?オルマ」


 母、ラナがオルマに手を差し伸べた。

 もう一方の腕に抱かれているのは、生まれたばかりの妹エリン。今は機嫌が良いようで、大人しくしている。


「大丈夫……ふらふらしただけ」


 オルマは、心配をかけないように立ち上がり、部屋に入って椅子に座った。


「精霊にたくさん願いを叶えてもらったのね」


「どうしてみんな、上手くお願いできないんだろう」


「そうね。やっぱり、前のアルソリオを知っている大人には難しいのよ。願わなくても精霊がやってくれていたから」


「僕は、母さんと父さんの真似をしているだけだよ。母さんと父さんは、前の暮らしを知っているんでしょ?」


「私はね、あなたのおかげで頑張れたのよ。あなたの名前には新しいという意味があるんだもの。あなたを産んだばかりの頃はとても戸惑ったけれど、思ったわ。オルマを抱いているんだから、新しい生活をしなくちゃって」


「英雄トゥヴァリが名付けたんでしょ?」


 オルマはエリンをあやしながら、母を見上げる。すると、背後から低い声がした。


「そう。俺の親友のトゥヴァリがな」


「父さん!おかえり」


 父、レニスも疲れた様子で、オルマの隣に座った。


「顔色が悪いな、オルマ。生気を使いすぎじゃないか?」


「僕はまだ精霊に頼まないと無理なんだよ。父さんみたいに、自分の力で助けられたら良いんだけどね」


「俺からしたら、精霊を使いこなしているお前がすごいよ。まるでトゥヴァリみたいだ。もしかすると子どもってのは、名付け親にも似るのかもしれないな」


 レニスは、同じ金色をしたオルマの髪をくしゃくしゃと撫でた。


「オルマ、遊べないの?」

「寝てばっかり!」


 部屋を覗き込む、弟妹たちが言った。上からレナ、ジェニス、ラーニャ、ピレマ、エフィム。

 レニスは子どもたちのところへ行ってしゃがみこむ。


「レナ、ジェニス。お前たちがみんなと遊んであげなさい。オルマがラーニャくらいの頃には、もう二人の面倒を見てくれていたよ」

 

「えー、やだぁ。俺は西の林に行ってくる!」


 ジェニスが嫌がり、

 

「じゃあフェルと遊んでこよーっと!」


 レナも家を出ていったので次の妹が、


「じゃあ、ラーニャがピレマとエフィムの面倒を見るわ! 二人ともお利口にして」


 と、突然回ってきた姉役を嬉しそうに引き受けた。

 オルマは驚いて、胸を張っている妹に問いかける。


「ラーニャ、やってくれるの?」


「もちろん! ラーニャ、オルマみたいになるよ。おいで、ピルマ、エフィム!」


 ラーニャは二人の手をしっかりと繋ぐ。両親とオルマの三人は、「おお!」と目を見張る。エリンは大きなあくびをした。


「じゃあ僕は、散歩に行ってくる!」


 オルマは椅子から立ち上がり、大きな伸びをした。


「大丈夫か? 休んでいなくて」


「もう大丈夫だよ」


 本当に、体には十分元気が戻っていた。腕を振り回せるし、足も上げられる。それを両親に見せてから、再び町へと繰り出した。


「誰の面倒も見なくていいのは久しぶりだな。そうだ、あそこへ行ってみよう」


 オルマは鼻歌を歌いながら、まず、北地区の広場の大階段の上にある宮殿を目指していた。小さい弟たちを連れては登れない、大階段。上っていると、上からマリオットが駆け下りてきた。


「やあ!」


「やあ、マリオット」


 どうしてそんなに急いでいるの?と聞く暇もなく、軽い挨拶を交わして、すれ違う。しばらく階段を上っていると、今度は下から上がってきたマリオットが、オルマを追い抜いていった。


「マリオット、何してるの?」


 また下って来た彼女に、オルマは聞いた。


「階段を上り下りしているんだよ」


「どうして?」


「楽しいから?」


 マリオットはそう言って、また駆け下りて行く。

 上にある宮殿の広場には、他の同年代の子どもたちが集まっていた。


「あっ、オルマがきた。珍しいな」


 最上段に座りこんでいた、トロームが言った。その声で、木の下で本を読んでいたエルシナが顔を上げる。

 

「小さい子たちはどうしたの?」

 

「ラーニャが面倒を見てくれるって。みんなは何をしているの?」


「別に何も」

「もう走り回って遊ぶ年じゃないしね」


 双子のカドゥアとセドゥアが笑う。


「私は本を読んでる」


 オルマはエルシナのところへ行って、本を覗きこんだ。


「絵が色々書いてあるね」

 

「字の読み方の本。最近、少し覚えてきたよ。アイピレイス様が、読み方を知るのは良いことだって」


「すごいね、エルシナ。僕にも教えて」


「良いよ。私が覚えてからね」


 すると、頭上から不機嫌そうな声がした。


「はっ、やめろよ、賢いオルマ。今度は字を覚えて? お前も父親みたいに偉そうにするつもりだな」


「ファルマス!」


 名前を呼んでも、枝の上に寝転がったまま顔を見せもしない。


「久しぶり! 僕、またファルマスと遊びたいと思ってたんだ」


「遊ぶ? 追いかけっこをするのか? いつまでも赤ちゃんだな、オルマ」


 彼は、ようやく体を起こしてオルマを見た。父の姉の息子ファルマスは、いとこで一歳年上だ。オルマと同じ金髪で、鼻の形も少し似ている。


「俺は今、自由に過ごしてる。何かしようなんて言って、邪魔をするな」


「ファルマスって、いっつもこうなの」


 エリシナはうんざりしたように言った。


「この木は私のお気に入りなのに。あっちに行こう」


「僕、他にも行きたいところがあるんだ。またね、エリシナ。ファルマス、みんなも」


 そう言って、オルマは大階段に向かって行った。


「来たと思ったら行っちゃった」

「オルマって、何かしてないと気が済まないんだね」


 双子の言葉に、トロームは頷いた。トロームは最上段から下にある宮殿の広場を見渡していて、大階段を降りたオルマが東地区へ向かって歩いていくのが見えていた。




 

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