10 謝罪
トゥヴァリは夢を見ていた。
ルディではない自分の夢だった。
「行ってきます!」
両親に元気に挨拶をして、外へ飛びだす。近くに住んでいるペルシュと、西の林へ行く約束だ。
「よお、トゥヴァリ」
レニスが声をかけてくる。
「ペルシュは先に行ったぜ! 早く行こう!」
悪戯仲間のレニスは、そう言うなり駆けだした。
トゥヴァリも負けじと走りだす。二人は息を弾ませながら、競い合って林へ向かう。
西の林のいつもの倒木の上に、子どもたちが集まった。
「今日は林の奥まで行こう!」
ペルシュが目を輝かせて言った。トゥヴァリは慌ててその腕を掴んだ。
「だめだよ、母さんたちが心配する」
瞼を開けると、薄い膜がかかったようにぼやけた視界が広がった。何か良い夢を見ていたのに、思い出せなくなっていく。
トゥヴァリは体を起こした。
「生きてる……?」
手が思い通りに動く。
「生きてる!」
トゥヴァリは立ち上がった。精霊がトゥヴァリの側に寄ってくる。
「おい、やったな! お前! ……おっと、今はもう食わなくて良い。たぶんもうちょっとで死ぬところだった。もっと上手くやらないといけないぞ」
隣の部屋へ行くと、テーブルに突っ伏して寝ている人がいた。
金色の長い髪で顔が隠れている。周りには、トゥヴァリが書いた本が積まれている。
「……誰だろう?」
トゥヴァリは精霊に聞く。精霊はトゥヴァリとその人の間を飛び回る。
「うーん……」
その人が目を覚ました。頭を持ち上げると、髪がさらさらと落ちていく。トゥヴァリと目が合う。碧色の瞳だ。左頬に、服の跡がついていた。
「トゥヴァリ!」
彼女が目を見開いて叫んだので、トゥヴァリはたじろいだ。慌ててベッドの部屋に戻る。
「急に動いちゃだめ。気分はどう?」
「誰ですか? なぜ俺の家に?」
「私はハーヴァ。医者よ。アイピレイスに呼ばれてきたの」
ハーヴァはゆっくり、優しい声で答えた。トゥヴァリは思った。
(賢人様だ! 道理で変わった服を着ている……)
すると、今度は玄関の扉が開いた。アイピレイスが部屋に入ってきて、トゥヴァリを見るなり大変に喜んだ。
「良かった、トゥヴァリ! うーん、君は、もう一週間も眠っていた。心配したんだよ」
アイピレイスはトゥヴァリを抱きしめようとした。トゥヴァリは恥ずかしくなって、アイピレイスを避けてしまった。
アイピレイスは広げた両腕の行き場に迷った後、「何が起きたか、話してくれるだろうね」と、真面目な顔で言った。
三人はテーブルにつき、トゥヴァリは精霊と試したことを二人に説明した。精霊が、人を死なせない程度に生気を食べることができるということも。
「信じられない」とアイピレイスは言った。
「もちろん、結果はこの目で見ている。だが、私が驚いているのは、精霊が君の言う通りにそれを成し遂げたことだ」
ハーヴァと顔を見合わせる。
「……私たちが勝手に諦めていたということなの?」
「思えば我々は食われることについて、精霊王と話し合ったり、試行錯誤をすることなどなかった」
「一方的に捕食してくる天敵が、話を聞いてくれるなんて思わないじゃない」
二人が黙りこんだので、トゥヴァリも黙っていた。しばらくして、アイピレイスはぽつりと言った。
「今まで、多くの命を犠牲にしてしまった。もし早くそれに気づいていたら……こうなる前に……」
「仕方ないわ、昔のことを言ったって」
ハーヴァがアイピレイスの肩に手を置いて慰めた。ハーヴァ自身も沈痛な表情を浮かべている。
「俺も、九年前になんとかできていたら、ペルシュが死ぬことはなかったのにって思いました」
トゥヴァリも恐る恐る言った。三百年生きてきた人たちに自分の話を混ぜるのは場違いではないかと不安に思いながら。
しかし、ペルシュという名前を聞いて、ハーヴァはトゥヴァリの方へ体を向ける。
「私、あなたに謝らなければいけないことがあるの」
アイピレイスが顔を上げる。
「ハーヴァ、それは……何でも知ることが良いこととは限らない。それは……」
二人とも眉間に皺を寄せ、悲しそうな顔でトゥヴァリを見る。その様子に、胸がざわつく。賢人様たちがトゥヴァリに謝ることなんて――。
「何ですか?」
「ペルシュって子が死んだのは私のせいなの。あの子をお仕置きした方がよかったかしらって口にしてしまったから」
「あなたのせい? どうしてあなたが?」
「精霊は賢人の願いを叶える。どんな願いでもね。結果、事故のようなことが起こることもある」
アイピレイスが首を振った。
「そんな……そんな! わざとじゃなかった。あの時、ペルシュはレニスと喧嘩をしていて、止めようとした俺が、勝手に怪我をしただけなのに!」
「私は息子が怪我をしたところしか見ていなかったわ。……誤解だったのね」
「息子……?」
トゥヴァリは眉をひそめ、ハーヴァを見つめた。
ハーヴァの話を聞いたトゥヴァリは、家を飛びだした。あの日と同じ勢いで西の地区へ向かった。手足に力が入らず、うまく走れない。胸が破れそうに痛い。
「はぁ……はぁ……っ!」
広場に着き、息を整えながら辺りを見回す。人々が何事かと視線を向ける。その中にアーチの顔を見つけると、胸の奥がぎゅうと縮んだ。
「あれ? トゥヴァリじゃないか! ……どうしたんだい?」
アーチの声に、とっさに目を擦ったが、涙の跡までは隠せなかった。
「何があったんだ、トゥヴァリ。落ち着いて」
優しくされちゃだめだ。
この人には、赦されてしまう。
「レニスはどこですか?」
「今日は林の方に行ったよ」
トゥヴァリはアーチが引き留める声を振り切り、西の林へ走った。落ち葉を蹴り飛ばしながら歩くレニスを見つけ、声を絞りだす。
「レニス!」
レニスは驚いたように振り返り、トゥヴァリを見て顔をしかめた。
その足元に膝をつき、トゥヴァリは涙混じりに叫んだ。
「俺のせいだったんだ! お前の言う通りだった……!」
「な、何がだよ」
トゥヴァリの剣幕に、レニスは後ずさりした。すがりつこうとするトゥヴァリを、足で払う。
なおもすがりつき、叫ぶ。
「ペルシュが死んだのは、俺のせいだった! ルディの、俺の……! 俺を殴ってくれ、レニス! お前以外に俺を責められる奴はいない……っ!」
「ああ、やっとわかったのかよ!」
レニスはトゥヴァリが言った通りに顔を殴った。
痛みも何も感じなかった。こんな罰では軽すぎる。虚しさと悲しみが一層増して、大粒の涙がただただ溢れ出た。
「俺のせいじゃないって、思いたかったんだ……。ごめん……ごめんペルシュ……! ごめんなさい……っ」
「気持ち悪いな、なんなんだよ!」
もう一度、拳が飛んでくる。今度は視界が回り、殴られた目の脇も、地面に打ちつけた頭も痛かった。
「何でお前が大人になる! 何でお前だけ大人になる! ペルシュは死んだのに! どうしてペルシュが気に入るようなことばっかり、お前はするんだ! 俺にはできないようなことばっかり、平気でするんだ……っ!」
怒りを吐き捨てると、倒れているトゥヴァリの胸ぐらを掴み、乱暴に引っ張り起こした。
「精霊の導きは俺とペルシュになるはずだったんだぞ! お前が邪魔しなければ!」
「……え?」
レニスが、何を言ってるのかわからない。
トゥヴァリの顔を見て、レニスは噴き出すように笑った。
「何だ、わかってなかったのかよ」
レニスはトゥヴァリを掴む手を離し、座り込んだ。
「嫌になるよ……お前に会う度に、俺の恨みなんて口先だけなんだって思い知らされて。なあ、お前が何で悪いのか、教えろよ。わかったんだろ? 俺だってずっと考えてたんだ」
トゥヴァリは地面に倒れた。頭はガンガンと痛かった。
見上げる空に、淡くて白い光がふわりと飛んできた。
「……治さなくていい」
トゥヴァリが呟くと、精霊は離れていった。




