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セレニアの物語  作者: さなか
第4章 第1幕 否定された存在

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16 開かれた部屋

 ソラミルの代わりなんてとても務まらない。でも、そうした方がいいなら、やっててもいい。もっと上手くやれるよう、頑張ってもいい。


(でも、俺とソラミルさんを会わせたい……それはどうやっても、無理だ……)


「ハンドレッド様……」


 呼びかけたものの、その先が続かなかった。

 ドレは俯いたままだった。


「……ありがとう、カッツォ。……もういい……」


「! 俺に見えてるのか?」


 すると、ドレは少し顔を上げた。カッツォを見つめ、唇を震わせる。


「すまない。私はまた……」


「いや、謝るのは俺だよ」


 張り詰めていた力が抜ける。安心はしたものの、同時に気まずくもある。

 だが、カッツォの言葉は遮られた。

 

「ソラミルとの約束は……たくさんあったんだ。勉強すること、いつか私から会いに行くこと、……お茶がある時は座っていること。……友人を、作ること」

 

 ドレの声が涙で途切れる。


「君に、そうなってもらいたいと思っているんだ。だから、ソラミルに会わせたかったんだ。……なのに、また迷惑をかけて、嫌な役までさせてしまった。きっとそれは、友人ではない。私が未熟で弱いから……だから、君が謝る必要はない」


「そんな……俺に気を遣ったりしてる場合じゃないだろ……」


(カルラ王妃、グライス領……。まだドレは知らないけど、知ったって辛いだけのことがたくさんあるのに……。ソラミルさんはきっとそれをわかってたんだ。でも、ドレがいつも何かをしようと思えるように……)


 約束は、そのためにあるのかもしれない。それなら友人を作るというのも、ソラミルは同じ思いで言ったのだろう。


(いや、俺みたいな庶民が、何考えてんだよ)


 一度だけ、いつもの癖で頭を掻いた。

 ソラミルなら自分になんと言ったのか。ドレにかける言葉なら思いつくのに、自分のことになると全く想像もつかない。


「俺でいいのかなあ……。けど、ドレもなんか色々考えて、まだ友人じゃないって思うんだろ。だからまあ……見習いだよな」


「見習い?」


「そうだよ。なんだって最初は見習いだ。俺はどんな人を友人って呼ぶのか知らないし、王子と友人になっていいのかもわからない。ドレはソラミルさんと友人だから、俺よりは詳しいと思うけど」


 ドレはしばらく呆然としていた。やがて、少し可笑しそうに息を漏らす。


「……なら、友人の見習いは私だ。カッツォは、見習いの見習いだな」


「はは、そうだな。それでいいよ。じゃあ俺が金の使い方を教えて、ドレは友人のやり方を教えるってことだ。一緒に勉強するって言ったし、ちょうどいいな」


「友人にやり方など……」


 しかし、ドレは言葉を飲み込んだ。


「……私が教えていると知ったら、ソラミルも驚く」

 


 梯子を降りた部屋は明るく、窓から差し込む光に目が眩む。


「大丈夫か?」


 降りて来たドレは、調子が悪そうだ。しばらく梯子に掴まって動かなかった。


「……母上は、ここから落ちそうになったことがあるらしい」


「落ち……」


 思わず口を噤み、屋根に乗っている小部屋を見上げる。


「ウィルマートンさんは、なんでそんな話……」


「きっと、生きていた母上の笑い話なんだ。……ウィルマートンの話もちゃんと聞いてやろうと思う。今まで、母上の話ができる相手がいなかったのかもしれない。でも……今は、時間がないから……」


 ドレは梯子にもたれかかったまま、ずるずるとしゃがみ込んだ。


「ドレ?」


「……平気だ。なんだか、目が回って」


「それは平気って言わないよ。ほら、掴まりな」


 カッツォはドレの前に背中を向けてしゃがむ。


「……?」


 ドレの腕を取り、自分の肩に回させる。ずり落ちないよう片手で支え、もう片方の手を膝裏に入れて立ち上がった。

 

「コーレリアさんか、ウィルマートンさんに診てもらうか……ミザリーに治してもらおう。シュロに聞いた方がいいのかな……」


 前にもドレを担いだことがあったが、自分の背が高くなった分、背負うのが楽だ。

 

 研究所を出て食堂へ向かうと、ミザリーとコーレリアが、ウィルマートンと共に朝食を終えたところだった。


「あ、ドレ君! どうしたの?」


 入った途端、二人に気付いたミザリーが立ち上がり、ドレに駆け寄った。イヴェットとシュロはいなかった。

 ミザリーがドレの肩に触れる。少しすると、ドレがもぞもぞと動いた。カッツォが手を離すと、背中から降りてそっぽを向いた。


「……礼を言う」


「ふふ、変なの。ありがとうって言えば良いのに」


「そっちだってそう言わずに、どういたしましてと言えばいいだろう」


「そうだね。どういたしまして!」


「……」


「ドレも、ありがとうって言わないとな」


「えっ?」


 ドレはとても驚いた様子でカッツォを見た。


「あ……ありがとう」


 葉擦れのような小声でドレが言うと、ミザリーは嬉しそうに微笑む。


「二人とも、朝食を食べないとね! パンがあるよ。ボクが焼いたんだ」


 ミザリーに手を引かれ、カッツォとドレはテーブルの席に着く。

  

「どうぞこちらでお待ちください、お食事を持って参りますので」


 ウィルマートンは席を立ち、一度食堂を出て行った。


「ちゃんと食べてなかったから、お腹が空いちゃったんだよ」


「なんだ。空腹だったというだけのことか」


「大事なことだよ、ドレ。人間、食べなきゃ死ぬんだからな」


 本当にそうなるところだったのだから、冗談では済まない。カッツォの真剣な表情に、ドレは少し怯む。


「わ、わかった」


「なんだか本当に、兄弟のようですね」


 二人の様子を見ていたコーレリアが、不思議がりつつ微笑む。「ね!」とミザリーが言った。


「兄弟?」


 カッツォとドレは顔を見合わせると、二人して腕を組み、顔をしかめた。

 

「どうしたの?」


「さすがに、王子と兄弟にはなれないよ」

「兄弟に関する約束は、なかったな……」


 否定する声が同時に揃う。


「背が違うからか? 俺が歳上だから?」

 

「それならソラミルだってそうだ。だが、友人だと言った」

 

「ソラミルさんが?」

 

「ああ。初めて塔に来た時に、僕はあなたの友人ですと」

 

「六年前だろ? よく覚えてるなあ、ドレ」

 

「……さっき、記憶を見たばかりだ」

 

「ああ、そうか。ごめん」


 話し合う二人を見ていたミザリーが、嬉しそうに両手を合わせた。

 

「わかった。二人は友達になったんだね」


 するとドレも嬉しそうに、少し意地の悪い顔をする。

 

「ミザリーにも本当のことが見抜けない時があるんだな。私たちがなったものは、友人の見習いだ」


「見習い?」

 

「なるほど、それも南オルミス独自の風習の一つですね。友人の見習い……おそらく王貴族側の文化でしょう。これも、秘密を共有する何某かの合図……」


 コーレリアが大真面目に考えているので、カッツォは苦笑いした。その横で「ふ」とドレが小さく笑う。


「……秘密を共有というのは、当たっているな」


 ウィルマートンが食事を運ぶ荷台を押して戻ってくる。どこにでもこの荷台はあるんだなあと、カッツォは感心した。

 木のボウルには、マワリとウンドキの根のスープ。籠には赤い実を乗せて焼いた平パンが入っている。

 

「それでね、ウィルマートンさんは本物の箱を探したことがあるんだって」

 

「ええ。十八年前、オーネット家の要請でアルストルの学者と協力し、狼王の箱捜索に参加しました。発見することは叶いませんでしたが……」


「オーネット家が、箱を探していたのか?」


 ドレが大きな声を上げる。


「先先代の当主エディメル様の遺言とのことでした。クローレア様がようやく亡くなり、当時は両国が協力できる状態でもあったので」


「クローレアって人は、エディメルさんの母親ですよね? そんなに最近まで生きてたんですか?」


「そうですね、亡くなられたのは三十年ほど前で、百十……何歳でしたか。ちょうど、カルラ様が王妃になられるという頃でした。やったわ! これで調査ができるわね、ウィル! と……。ああ、これはさすがにカルラ様への誤解を招いてしまいそうですね。なぜこのように仰られたかというと、クローレア様が生きている間は、“狼王の箱事件”を調べることはオーネット家に禁じられていたのです」


「そうなんだ。だからレイドンも見つけられなかったのかな?」


「はい。【精霊学】にも、レイドンが配慮して内容を削ったと見られる箇所がございます。彼はオーネット家の養子(ルディ)ですから、逆らって本物を探すというわけにはいかなかったでしょうね」


「そうだったのか……」


 ドレは落ち込んでいるようだった。

 

「探せる場所はすべて探しました。南オルミスの各地、オーネット、ファムリアの地方まで。北オルミスの協力もありましたが、見つかりませんでした」


「北オルミスにあるかもしれないんですか?」


 もしそうなら、絶対に間に合わない。


「クローレア様のお兄様が北オルミスでご結婚されていたので、そちらに運ばれたとも推察されるのです。ですが、本気で隠すなら、本筋であるサキタリ家や所有の島々……そう考えると、途方もありません」


「そうですよね。港も所有がありますし、海を越えるのも容易い……」


 コーレリアが頷く横で、カッツォはふと気が付いた。

 

(……あれ? でも、箱はクローレアさんが隠したんじゃないんだよな……)


 偽物の箱の記憶では、鉱夫のような手をした初老の男に任せると言っていたはずだ。

 ウィルマートンはその男が隠したということを知らないようだった。なら、今ここで言うわけにはいかない。

 カッツォは、ドレがちゃんと十分な量を食べ終わるまで、隣で見張っていた。



 朝食を食べ終わると、ウィルマートンが皿を片付け、食堂を出て行った。荷台の音が聞こえなくなると、カッツォは小声で言った。


「……あのさ、本物の箱は、そんなたいそうな場所に隠されてないんじゃないかと思うんだ。箱を隠す場所を決めたのって、確か使用人だろ?」


「そうか、あの男……ガルシオという庭師だったな」


「庭師?」


「手記に書かれていた。だが、隠せる場所が高が知れているというのなら、それこそ十八年前に見つかっていてもおかしくないのに……」

 

「庭師でしたら、土に埋めることもできるでしょうし、その上に何かを植えてしまうことだってできますよ」


「じゃあ、オーネットのどこかに?」


 何かを植えた、と聞いて思い浮かんだのは、ストラヴィルの瞳にも映るあの青い花畑だ。

 

「ねえ、箱を探した話って、ソラミル君は知ってたのかな?」


「そんな話は聞いたことがないが……」


 ドレは俯き、ミザリーに視線を向ける。


「……ソラミルも、私にすべてを話すわけではないからな」


 食堂が、しんと静かになる。

 カッツォは一つ思いついたことがあったが、それを言っていいか悩んだ。

 

「……記憶を見てみれば……」


 ドレがポツリと言い、不安そうな眼差しを向ける。

 考えていたことは同じだ。


「何の記憶を見るの?」


「私が持っている、ソラミルの記憶だ」


「それなら、関係あることを話したことがあるかわかるね。やってみようよ!」


「私も記憶というものを見てみたいのですが、いいですか?」


「みんなで見るなら大丈夫だろ。やってみよう、ドレ」


 みんなで記憶を見て、ぼんやりしているところを見られるのはまずい。借りている客室の、カッツォの部屋に移動した。

 ポケットからアンズィルの瞳を取り出す。コーレリアが緊張した面持ちで、じぃっと瞳を覗き込む。


「ソラミルが箱の在処に関係する話をしていた記憶があるなら、それを見せてくれ」


 

 

⚫︎



 塔の中の、ドレの部屋だ。

 机に置いた古そうな本。ぱりぱりと音を立てて頁をめくる子どもの手が見える。

 

「何を読んでいらっしゃるのですか?」


「古い本だ。上の部屋にあった」 

 

「何が書かれているんですか?」


「ファムリアがいかに南オルミスを軽んじているかということだ」


 怪訝そうなソラミルの顔が近付き、本を覗き込む。


「……建国時代の記録ですね。とても価値がある資料ですよ」


 頷き揺れた視界は、再び本に向く。


「ビネリ様の妻が、子を堕ろしては……これはどういう意味だ?」


「……子どもが生まれる前に、精霊に捧げてしまうことです」


「南の大崖に捨てている。ルミール王妃はそれを知り名付けた。これは?」


「“咎捨谷(とがすてだに)”ですが……こんな悍ましい出来事が由来だったのですね」


「谷底には、見つけてはならない物がたくさん落ちているそうですよ。怖いですねぇ」


 ダリウスが、こちらに向かって脅かすように目を見張った。ドレが、鬱陶しそうに手を払う。


「見つけてはならない物……」


「ソラミル?」


「いえ……。今、僕はみんなが探している物の場所がわかったかもしれません」


「探し物をされているんですか?」


「ええ、僕の家族が。ですが、探しようがないということもわかってしまいましたね……」

 


⚫︎



 景色が遠ざかり、いつものように戻ってくる。ドレが目を瞬き、ふう、と息を吐く。


「大丈夫か?」


「……戻ることばかり考えて、落ち着かなかった」


 ドレは寂しそうに笑う。


「すごいですね。まるで、私もあの場にいたかのようです」


 コーレリアはまだ呆然としている。


「ソラミル君ってこういう人だったんだね。ボクも会ってみたかったな」


「そうですね……」

 

「でも、ソラミル君がわかったこと、ボクにもわかったよ」


 ミザリーはそう言って胸を張り、カッツォも頷いた。

 

「まさか、隠したんじゃなくて捨てただなんて、思わないよなあ」


「……咎捨谷か……。本当に、そんな場所に……?」


 ドレはアンズィルの瞳に問いかけるように呟いた。

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