9 謝罪
トゥヴァリは夢を見ていた。
ルディではない自分の夢だった。
「行ってきます!」
父と母に元気に挨拶をして、外へ飛びだす。近くに住んでいるペルシュと、西の林へ行く約束だ。
「よお、トゥヴァリ」
悪戯仲間のレニスが声をかけてくる。
「ペルシュは先に行ったぜ! 早く行こう!」
そう言うなり、レニスは駆けだした。
トゥヴァリも負けじと走りだす。二人は息を弾ませながら、競争するように並んで林へ向かう。
西の林の、いつもの丸太の上に子どもたちが集まった。
「今日は林の奥まで行こう!」
ペルシュが目を輝かせて言うので、トゥヴァリは慌てて制した。
「だめだよ、母さんたちが心配する」
瞼がかすかに動いた。まだ薄い膜がかかったようにぼやけた視界が広がった。
トゥヴァリは体を起こした。朦朧とした意識の中で、さっき見ていた夢を思い出そうとしたが、遠くへ消えていってしまった。
代わりに、現実の感覚が押し寄せる。
「生きてる……?」
手が間違いなく思い通りに動くのを確認すると、自分の実験が成功したことを確信した。
「生きてる!」
トゥヴァリは飛び上がり、ベッドの上で飛び跳ねた。精霊がトゥヴァリの側に寄ってくる。
「おい、やったな! お前! ……おっと、今はもう食わなくて良い。たぶんもうちょっとで死ぬところだった。もっと上手くやらないといけないぞ」
ベッドから飛び降りたトゥヴァリは、隣の部屋のテーブルに突っ伏して寝ている人がいるのに気付いた。
金色の長い髪をした人だった。周りには、トゥヴァリが書いた本が積まれている。
「……誰だろう?」
トゥヴァリは精霊に聞く。精霊はトゥヴァリとその人の間を飛び回る。
「うーん……」
その人は目を覚ました。頭を持ち上げてトゥヴァリと目が合う。左頬に服の跡がついていた。
「トゥヴァリ!」
彼女が目を開いて叫んだので、トゥヴァリはたじろいだ。慌ててベッドの方に戻って隠れる。
「急に動いちゃだめ。気分はどう?」
「誰ですか? 何故、俺の家に?」
「私はハーヴァ。アイピレイスに呼ばれてきたのよ」
ハーヴァはゆっくり、優しい声で答えた。トゥヴァリは思った。
(賢人様だ! 道理で変わった服を着ている……)
すると、今度は玄関の扉が開いた。赤い帽子に赤い服、赤い靴の男が部屋に入り、トゥヴァリを見るなり大変に喜んだ。
「良かった、トゥヴァリ!うーん、君は、もう三か月も眠っていた。心配したんだよ」
アイピレイスはトゥヴァリを抱きしめようとした。トゥヴァリは恥ずかしくなって、アイピレイスを避けてしまった。
アイピレイスは広げた両腕の行き場に迷った後、
「何が起きたか、話してくれるね」
と、真面目な顔で言った。
三人はテーブルにつき、トゥヴァリは精霊と行った実験を二人に説明した。精霊が、人を死なせない程度に生気を食べることが可能であるという結果も。
「信じられない」とアイピレイスは言った。
「もちろん、結果はこの目で見ている。だが、私が驚いているのは、精霊が君の言う通りにそれを成し遂げたことだ」
ハーヴァと顔を見合わせる。
「……私たちが勝手に諦めていた、ということなの?」
「思えば我々は精霊王と話し合ったり、試行錯誤をすることなどなかった」
「……一方的に捕食してくる天敵が、話を聞いてくれるなんて思わないじゃない……」
二人が黙りこんだので、トゥヴァリも黙っていた。しばらくして、アイピレイスはぽつりと言った。
「今まで、多くの命を犠牲にしてしまった。もし早くそれに気づいていたら……こうなる前に……」
「仕方ないわ、昔のことを言ったって」
ハーヴァがアイピレイスの肩に手を置いて慰めた。ハーヴァ自身も沈痛な表情を浮かべている。
「……俺も、五年前になんとかできていたら、ペルシュが死ぬことはなかったのにって思いました」
トゥヴァリも恐る恐る言った。三百年生きてきた人たちに自分の話を混ぜるのは場違いではないかと不安に思いながら。
しかし、ペルシュという名前を聞いて、ハーヴァはトゥヴァリの方へ体を向ける。
「私、あなたに謝らなければ」
アイピレイスが顔を上げ、
「ハーヴァ、それは……何でも知ることが良いこととは限らない。それは……」
トゥヴァリを見る。
「何ですか?」
トゥヴァリは家を飛びだし、あの日と同じ勢いで西の地区へ向かった。胸が破れそうに痛い。呼吸は乱れ、足先が熱を帯びる。
「はぁ……はぁ……っ!」
広場中に着き、息を整えながら辺りを見回す。人々が何事かと視線を向ける、その中にアーチの顔を見つけると、胸の奥がぎゅうと縮まった。
「あれ?トゥヴァリじゃないか!……どうしたんだい?」
アーチの声に、とっさに手の甲で目を擦る。赤く腫れた瞳、涙の跡は隠せない。
「……っ」
「どうしたんだ、トゥヴァリ。落ち着いて」
優しくされちゃだめだ。
この人には、赦されてしまう。
「レニスはどこですか?」
「今日は林の方に行ったよ」
トゥヴァリは西の林へ走った。落ち葉を蹴り飛ばしながら歩くレニスを見つけ、
「レニス!」
と声を絞りだす。
「あ! なんだ? お前……」
レニスはいつもの嫌みを浮かべる。だが、すぐに顔が曇る。苦いミズハ草を噛んだかのように。
トゥヴァリはその場に膝をつき、震える声で吐きだした。
「俺のせいだったんだ! 俺の……お前の言う通りだった!」
「な、何がだよ」
トゥヴァリの剣幕に、レニスは怯んで後ずさりした。すがりつこうとするトゥヴァリを、足で払う。
なおもすがりつき、叫ぶ。
「ペルシュが死んだのは、俺のせいだった! 俺を殴ってくれ、レニス! お前以外に俺を責められる奴はいない……っ!」
「ああ、やっとわかったかよ」
レニスは引きつった笑顔で、しかし言われた通りにトゥヴァリの顔を殴った。
痛みも何も感じなかった。これが罰なら、軽すぎる。虚しさと悲しみが一層増して、大粒の涙がただただ溢れ出た。
「ペルシュ……ごめんペルシュ……!ごめんなさい……っ」
「気持ち悪いな、くそが!」
レニスはトゥヴァリの胸ぐらを掴むと、もう一度思い切り顔を殴った。今度は視界が回り、殴られた目の脇も、地面に打ちつけた頭も痛かった。
「くそ!くそ!」
倒れたトゥヴァリを乱暴に起こし、レニスは言った。
「何でお前が大人になる! 何でお前だけ大人になる! ペルシュは死んだのに! どうしてペルシュが気に入るようなことばっかり、お前はするんだ! 俺には到底できないようなことばっかり、平気でするんだ……っ!」
レニスの声が震える。
「精霊の導きは俺とペルシュのはずだったんだぞ! お前が邪魔しなければ!」
「精霊の……、何?」
「導き……結婚相手だよ!」
「え??」
トゥヴァリはとても驚いた。――ペルシュは女の子だったのか。子どもの頃は誰が女で誰が男かなんて、意識して人を見ていなかった。
「何っだよ、お前……もしかして、男だと思ってたのか?」
レニスは鼻を啜りながら、噴きだして笑う。
「嫌になるぜ、お前に会う度に、俺の恨みなんて口先だけなんだって思い知らされて。なあ、お前が何で悪いのか、教えてくれよ。わかったんだろ? 俺だってずっと考えてたんだ……」
トゥヴァリは地面に転がっていた。頭はガンガンと痛かった。それでも、もっとレニスが自分を殴れば良かったのに、と思った。
もっと怒っていて、もっと恨んでいて、トゥヴァリを殺してしまえば良かったのに――そう、思った。




